三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第3章 空虚の王

3 無邪気

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 まだ出会って何分も経っていない相手にキスをされると思っていなかったエフィミアは、一瞬なにをされたのか理解できなかった。その間にルーファンスの体重がのしかかり、背中が寝具に深く沈み込む。

 唇を割って滑り込んできたぬめりに舌のふちを撫でられて、エフィミアはやっと自分の置かれた状況を把握した。だが強く押さえつける腕は、容易く振り払えるものではなかった。

 ルーファンスは果実にかじりつくように角度を変えながら唇を吸い、口腔の奥まで舌を伸ばして舐め上げる。口の端からあふれるほど湧き出した唾液が頬に流れ、エフィミアは苦しさに呻いた。

「いや……っ!」

 首を振って唇が離れた一瞬、エフィミアは叫んだ。すると意外にもあっさりと、ルーファンスは唇と体を離した。

 エフィミアは咄嗟にベッドの端まで逃げるようにあとずさったが、彼はそちらを見ることもせずにベッドのふちに腰かけて味わうように口を動かしていた。

「なるほど、こういうことか」

 思わぬ恥辱に、エフィミアは顔を真っ赤にした。

「な、な……っ! なにするのよ、いきなり! なにもしないって、言ったくせにっ」

 ルーファンスはさっきとは打って変わって、なんとも気のない表情でエフィミアを見た。

初心うぶだなあ。別にこのくらいでそんなに驚くことないのに。まさか初めてだったとか?」

 エフィミアは思わず意地になった。

「そんなことないわよ」
「ならいいじゃない。今のはただの実験だよ」
「実験? 一体なんの?」

 わずかな間のあと、ルーファンスはニイッと口角を持ち上げた。

「竜王の力を取り入れる実験」

 彼はひとりで得心がいったとばかりに顔を輝かせた。それこそ、なにか新発見をした子供のように。

「皮膚からのはよく分からなかったけど、今のは分かった。皮膚からでも、触れる面積を広くすれば分かるようになるのかな――」

 ぶつぶつと呟く若者の顔を、エフィミアはぽかんとして見詰めた。

「……なんなの?」
「だから、竜王の力だって言ったろう?」
「竜王の力って?」
「竜王の心臓が発する、霊力のことだよ」

 答えながら、ルーファンスはエフィミアを見据えた。

「自然界のあらゆるものと通じる力。千年の命を与えるもの。それが今、君の中にある」

 すっかり豹変したルーファンスに、エフィミアは唖然とした。

 さっきまでのぞっとするほどの酷薄さはどこへ行ったのか、今、目の前にいるのは人目を盗んでやった実験――内容は置いておくとして――の結果に興奮する、ただの男の子だ。この彼を見て、王国の最高権力者だと分かる者が果たしているだろうか。

 エフィミアの呆れに気づかないようすで、ルーファンスは熱っぽく語り始めた。

「わたしはそれが欲しい。竜王の心臓を体に入れてしまうのが一番早いけれど、それができるのは持ち主の竜王だけだ。だから今は、君から力だけを分けてもらう。方法は簡単。君とわたしの体を繋げばいい。こうして――」

 ルーファンスは身を乗り出してエフィミアの裸足の足首をつかむと、玩具の人形にするようにぐいと引っ張り寄せた。

「きゃあ!」

 エフィミアは悲鳴をあげてひっくり返り、引きずられてまくれあがる寝衣の裾を慌てて押さえた。そこにまた、ルーファンスが覆い被さってくる。彼はエフィミアの手に自分の手を合わせた。

「皮膚と皮膚を合わせるだけでもいいんだ。髪でもいいな。ただし、間になにか――例えば服の生地とか――があると意味がない。直に繋がっていなければいけないんだ。触れる面積は、広ければ広いほどいい。でも一番効率がいいのは、体内を繋げてしまうこと。今実験したのがそれだ」

 ルーファンスはよほど機嫌がいいのか、エフィミアが訊いてもいないことまで饒舌に語った。

「竜王を手に入れるまでは、君には君の体の中を満たす竜王の力をわたしに提供してもらう――また来るよ」

 無邪気な顔のまま、ルーファンスは小鳥がついばむようなごく短い口づけをしてエフィミアから離れ、軽やかな足取りで部屋を出ていった。

 エフィミアは上半身を起こすと、ルーファンスが出て行った扉を呆気にとられたまま見詰めた。

 時間が経つにつれて冷静になると、今度は顔が熱くなり、怒りでわなわなと体が震えてきた。エフィミアは手近にあった枕を引っつかんで、思い切り扉に投げつけた。

「もうっ、なんなのよ!」

 相手がもっと大人ならいざ知らず、見るからに華奢で子供っぽい若者から一方的にあしらわれてしまったことに、エフィミアはなんとも屈辱的な気分になった。

 考えてみれば、今エフィミアが置かれている状況のすべての元凶は彼なのだ。平手の一発くらいくらわせてやればよかったと激しく後悔した。

(また来るって言っていたし、そのときにでも……)

 そう考えたところでエフィミアは、ルーファンスが始めに、今日はなにもしないと言っていたのを思い出した――“今日は”なにもしない。確かにそう言っていた。

 途端に背筋を悪寒が走り抜け、全身に鳥肌が立った。
 エフィミアは掛布をつかんで乱暴に頭まで引き被った。そして薄闇の中で、この場所からの脱出の算段を始めた。
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