三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第4章 騎士の忠義

8 傷痕②

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 ルーファンスは両手でエフィミアを寝具に縫い留め、自身の優位を誇示するように見下ろした。視界の両端を、彼の肩から滑り落ちた金糸の髪がふさいだ。

「アレクスは王に絶対の忠誠を誓っている。だからアレクスを好きにできるのは王だけ。つまり、わたしだけなんだ。だから、わたしの物だ」
「彼は物じゃあないわ」

 震えを腹に押し込めて、エフィミアは声を絞り出した。

「アレクスには、自分で考えて行動する意思がある。あなただって分かるでしょう? 忠誠だとかそういうのはよく分からないけれど、アレクスがなにをするのか、どう行動するかを決められるのは彼自身だけよ」

 ルーファンスは冷めた眼差しを寄越した。

「なにも知らないくせに……アレクスに優しくしてもらってるからって、調子に乗るなよ。どうせ今だけなんだから。竜王の力さえ手に入れば君に用はない。いらなくなったらどうしようか。どうして欲しい? 君のことは嫌いだから、今度こそ殺そうか」

 新しい遊びを見つけた子供のように、ルーファンスは笑った。

「そういえば、まだ昨日の答えを聞いてなかったね。どう? 決まった? フラウとルベルとロサのどの山に火をつけたい?」

 エフィミアの中で昨夜の恐怖がよみがえり、ざわりと感情が逆巻いた。しかし感情の底は泡立つほど激しく波打っているのに、表面は自分でも驚くほどに静かだ。

 うなるように低めた声で、エフィミアは言った。

「そんなことさせない」
「それは決まってないってこと?」
「違うわ。あたしは始めから決めている。故郷の人には手を出させない。そのために、あたしはここにいるのよ」

 声を張るエフィミアを、ルーファンスはせせら笑った。

「君になにができるのさ。自力で部屋を出ることすらできないくせに。今の君は、わたしに力を提供する以外になにもできないんだから」

 ルーファンスが荒々しく唇を合わせてきて、エフィミアは反射的に抵抗した。体を突き放し、押さえつけて来る手を引きはがそうともがく。しかし離れるのは一瞬で、そのたびにルーファンスは角度を変えて執拗に口を押しつけてくる。

 閉じようとしたエフィミアの口を、ルーファンスは顎をつかんで強引に開かせた。エフィミアが苦痛にうめけば、彼の目が笑みの形に細まった。

 口を離して、ルーファンスはエフィミアを押さえつけたままくすくすと笑った。

「元気がいいな。昨日はあんなに泣いていたのに。痛めつけても、次の日には平気な顔をしている。どうしたらそんなふうになれるのかな。これも竜王の力?」
「関係ないわよ、そんなの」

 エフィミアは喘ぎながら目を怒らせた。

「あたしは、あなたになんか負けない」
「状況を考えなよ。わたしの一存で君をどうすることだってできるんだ。今だって君は、わたしの腕から逃げることすらできていない」

 小馬鹿にするように嘲笑い、ルーファンスは猫がじゃれつくようにエフィミアを寝具に押さえ込んだ。

「放してっ」
「やだね。それより教えて――アレクスは君のどこに触れた? 傷だけ?」

 突然の問いかけに、エフィミアは咄嗟に返す言葉を失った。見下ろす碧眼の奥を、暗いものが横切ったのが見えた。

「傷だけではないんだね」

 ルーファンスの声は今までになく低かった。どこか後ろめたい心地で、エフィミアは彼から目をそらした。顔に落ちてかかる彼の金髪が、頬をくすぐる。

「胸の傷を手当てしたのなら、きっとこの辺りには触れているかな」

 さらに低くめた声で囁き、ルーファンスはエフィミアの左の乳頭を強くつまんだ。

「やめてっ」

 エフィミアが拒絶を叫んで身をよじると、ルーファンスはあっさり胸から手を放した。けれどもその手がすぐさま下半身の方へと伸ばされて、手荒く寝衣の裾をたくし上げる。

「脚も手当てされているね」

 包帯の結び目を確かめながら太腿をさすり上げた手が、止まらずに脚のつけ根までのぼってくる。焦ったエフィミアが膝を立てて脚を閉じると、ルーファンスの手はなぜだかその場所を素通りした――かと思えば、寝衣の裾が胸下まで一気にまでまくり上げられる。

 予想できなかった動作にエフィミアがぎょっとしている一瞬に、彼女の真っ白な下腹へとルーファンスが掌を乗せた。

「教えて。アレクスは君のどこに、どう触れた?」

 下腹の低い位置を指の腹で強く押すようにさすられて、ぞっとしたものがエフィミアの下肢を震えさせる。

 まくり上げられた裾をどうにか引き下ろしながら、エフィミアは唇を噛んで顔を背けた。彼女が声を堪えて押し黙ってしまうと、ルーファンスの美貌から熱が引くように笑みが消ていく。

「答えろよ」

 寝衣の裾に手を差し入れたまま、ルーファンスは低音で問い詰める。それでもエフィミアが黙っていると、彼はひどく不快げに顔をしかめて奥歯を鳴らした。

 根比べのような静寂が漂った。だがそれもつかの間のことで、ルーファンスが鼻で笑うような息を漏らす。

「……まあいいや。君が答えないなら、本人に教えてもらおう」

 そう呟いてルーファンスが両手を引っ込めたので、エフィミアは目線だけで恐る恐るようすを窺い見た。身を起こしたルーファンスは、シャツの前を乱雑に留めながら扉に向かって叫んだ。

「誰かいるか!」

 すぐに、部屋の前に立っていたらしい衛士が返事をして扉を開いた。ベッドの上で着衣を乱している二人を見た衛士がその場でたじろぎ、エフィミアも慌てて両腕で胸を隠した。

 衛士は気まずげに床へ目線をやって声を上ずらせる。

「いかがなさいましたか」
「アレクス・ブライアントをここに呼べ。ただちにだ」

 ルーファンスが鋭く命じ、衛士は素早く御意を示してまるで逃げ出すように扉を閉める。

 再び二人きりになるなり、ルーファンスはエフィミアの方へと顔を戻した。その表情がたいへんに上機嫌なものだから、エフィミアの全身が不穏に粟立った。

 彼女の予感を裏づけるように、碧眼の中で火が灯ったような光が躍る。

「彼がくる前に、準備をしよう」


 ☫


 灯りを増やさせたばかりの竜舎でルーファンスから呼び出しを受け、アレクスは複雑に眉をひそめた。

 かたわらでは、愛騎セスが体を縮めて眠っている。セスの容態は呼吸の安定をとり戻して回復のきざしはあるものの、まだまだ予断はできず傍を離れるには不安がある。

 しかし、王の呼び出しを無視することはできない。

 変調があればすぐに知らせるよう部下に命じてこの場を任せ、アレクスは心苦しいまま竜舎を出た。

 駆け足に近い速度で、アレクスは西の塔へと急いだ。早く用件を済ませてセスのもとへ戻りたいのはもちろんのこと、呼び出された先がエフィミアの部屋であることも非常に気がかりだった。

 彼女の処遇についてルーファンスにかけ合う約束はしていたものの、セスの急病によりまだなにも働きかけができていない。傷だらけなエフィミアの姿を思い返して嫌な胸騒ぎを覚え、焦燥感に背を押されるまま最速で部屋へと駆けつける。

 見張りが戻るより早く着いたらしく、部屋の前は無人だった。どこで時間を食っているのかと見張りの衛士に対しちらと考えつつ、アレクスは扉を叩いて速やかに来訪を知らせた。

「ブライアントです」
「――入れ」

 数拍の溜めを挟んでルーファンスの声が返ってきた。アレクスは「失礼します」とだけ断って扉を開き部屋に足を踏み入れ――目に飛び込んできた光景に凍りついた。

 夜闇に満たされた室内で、最奥のベッド横に一つだけ灯がともされていた。その頼りなく揺らぐ光が照らすベッド上の人影へと瞳が釘づけられ、身動きできないまま全身の産毛がくまなく逆立つ。

 そこにあるのは、夜闇に白く浮かび上がるエフィミアの裸身と、その背後から両腕を回して体を寄せているルーファンスの姿だった。
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