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第4章 騎士の忠義
9 忠臣①
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ベッドの隅で膝立ちしているエフィミアの体からは、傷を覆う包帯まですべて剥ぎとられていた。扉に近い側のベッドの柱で前のめりの上半身を支えていると思いきや、よく見れば傷から剥がした包帯で両腕をきつく縛りつけられている。
その後ろで着衣を乱して体を密着させているルーファンスが身じろぎすると、彼女は裸の背を反らせて呻きに似た喘ぎを漏らした。その乱れた呼吸音が体を熱くさせるような湿りを帯びていて、おののきがアレクスの項から下肢へと這いおりていく。
縛められて抵抗できぬエフィミアの肩越しに、ルーファンスが視線を寄越してきた。光の映っていない眼差しが笑みの形をしていて、アレクスは息をんでますます身を強張らせた。
「もう済むから、扉を閉めて少し待っていて」
ルーファンスの静かな命令が真っ直ぐ耳朶に届き、アレクスは急に体の強張りが解けて、後ろ手に勢いよく扉を閉めた。淫猥な室内のありさまを、他の誰にも見せるわけにはいかない。
ただ目の前でなにがなされているか理解はできても、この場へなぜ呼ばれたのか、なにをすべきなのか、アレクスの思考は混乱してまるで判断ができなかった。廊下からの光が断たれて怪しい暗さを増した室内で、扉を押さえた姿勢のまま立ち尽くす。
ベッドの上でルーファンスが腰を前後させ、エフィミアの肢体が無抵抗に大きく揺れた。限られた光源によって極めて濃い陰影で浮かび上がる柔肉の躍動は、悪い夢かと疑うほど現実感なく艶めかしい。
律動的なベッドの軋みと淫らな水音が高くなる。不意に、涙で腫れたエフィミアの目とアレクスの視線が真っ直ぐに合った。ぶれる息の合間に、エフィミアがか細く叫び出す。
「いやっ……あぁっ! 見ないで、アレクス……見ないでっ」
名前を呼ばれ、静止していたアレクスの中でやっと、彼女を救わねばという感情が動き出した。ところが彼より一瞬はやく、ルーファンスが声を発した。
「わたしは、もっと見てもらうべきだと思うな。ほら、アレクスも見たろう――」
ルーファンスは背後からエフィミアの両の乳房を鷲づかんだ。繋げたままの腰を強く押し出して、前のめる上半身を力尽くで引き起こす。
明確にアレクスへ見せつける意図をもって、ルーファンスは突き出させたエフィミアの胸を焦らし煽る手つきで揉みしだいた。
「んやぁ、あっ、んんっ」
両腕を拘束されている彼女の顔が苦しげに歪む。二つの膨らみが左右に押し開くようにこねられると、その間に走る深い爪痕が引き攣れて、塞がる前の傷から血が再び滲み出した。三日月型の痣を分断している薄赤い線を、ルーファンスの指先がなぞる。
「ひどいものだよね。せっかくの竜王の印をこんなに台なしにしてしまって……彼女はなにも分かっていないっ」
それが懲罰であるかのようにルーファンスが腰を叩きつけ、エフィミアが悲鳴をあげる。ついにアレクスも耐えきれず叫んだ。
「陛下! おやめください、陛下っ――やめろ!」
アレクスは初めて、ルーファンスに向けて強い否定の言葉を放った。
臣下の言葉づかいを捨て去った叫びに、ルーファンスの目が大きくなった。信じられぬものでも見るような眼差しがつかの間アレクスを凝視し、直後、険しく歪む。その碧眼で揺れた光は、怒りの火でなく、哀しげな涙の膜であるようだった。
しかしルーファンスは止まらなかった。むしろ追い打ちをかけるごとく急速に荒々しさを増し、乱暴に攻め立てられるエフィミアの悲鳴がむせび泣きへと変わっていく。
これがただの悪漢相手であったなら、きっとアレクスは殴り殺すことも厭わずとっくに彼女を救い出していた。だが、そこにいるのは我が王である――その一点がなにより重く彼を縛り、判断と行動を鈍らせ躊躇させる。
ルーファンスが急に動くのをやめて呻いた。線の細い背中に、痙攣したような震えが走る。ほぼ同時に、エフィミアの喉からもひときわ高い声が発せられる。
「あああっ」
肩を上下させて呼吸を整える時間を置いて、ルーファンスはエフィミアを突き放すような動作でおもむろに体を離した。エフィミアの裸身が崩れるようにベッドの柱へ寄りかかる。
「エフィ!」
途端に呪縛が解けたように体が動き出し、アレクスは無我夢中でエフィミアに駆け寄っていた。ベッドへ辿り着くなり、真っ先に彼女の両腕の縛めに手をかける。きつく締め上げられた包帯には幾重にも固い結び目が作られていて、必死に抵抗したのだろう痕跡も見てとれた。
苦労して縛め解くと、アレクスはなりふり構わずベッドに乗り上げ、ぐたりと寝具に倒れ込んだエフィミアを抱き寄せた。擦れて赤黒く鬱血した拘束の痕があまりに痛々しく、華奢な手首をそっとさすってやる。
「エフィ……なぜこんなことに」
呼びかけに反応して、閉じていたエフィミアの目蓋が持ち上がると、それだけで幾筋もしずくが落ちた。涙に厚く覆われた瞳がアレクスの姿をとらえるなり、縋るように彼の胸元へ額が押しつけられる。
「アレクス……アレクス」
「わたしはここにいる。大丈夫だ、エフィ」
アレクスは脱いだ上着で体を包んでやり、震えを止めるように抱き締める力を強めた。背中や肩をさすってなだめる内に、苦しげだったエフィミアの呼吸も徐々に落ち着きをとり戻してくる。
そうした二人の間に、低くめられた呟きが割って入った。
「……そんな風に呼んでいるんだ」
ハッとしてアレクスは顔をあげた。手を伸ばせば届くほど傍で、ルーファンスが萎えた性器を仕舞いもしないままひどく気だるげに座り込んでいた。じっと二人を見ている眼差しは、一段深く奥まったように昏い。
畏れからの逡巡を挟んで、アレクスは声を絞り出した。
「陛下……どうして彼女にこれほどの仕打ちを」
ルーファンスの眉が跳ねた。汗で頬に貼りついている金髪を鬱陶しげに剥がしながら、若年の王は不思議そうに首を傾げる。
「仕打ち? どの仕打ち? 彼女は死んでいないし、手足も折れていない。髪は切っても、耳や指が欠けたのではないのだから、伸びれば元に戻る。顔の痣も、火傷のように痕が残るものではないから、何日かすれば引くだろう。胸の傷は彼女が自分でつけたものだ。どれもとり返しがつかないようなひどい状態ではないのは、誰が見ても分かるだろう?」
舌が滑らかに回り始めると、ルーファンスの瞳にまた揺らぐ光が戻ってきた。まるで、おこないすべてに道理が通っているとばかりの主張が展開され、アレクスは唖然として言葉を失う。
アレクスが口を挟まないとみてか、興が乗ったようにルーファンスは続ける。
「彼女はあまりに無礼で不敬だから罰が必要だけれど、彼女が持っている心臓はわたしのものだから、とても扱いが難しいんだ。そうでなければ、さっさと辺境の駐屯兵に下賜なりしている。軍営で輪姦されることもなく、ここで王であるわたしの相手だけをしていればいいのだから特別待遇と言っていい――でも」
目を弓形に細めて、ルーファンスが楽しげにほほ笑む。
「アレクスが同じことをしたなら、わたしと君とで輪姦したことにはなるかもね。君に彼女の世話を命じたのは、わたしだから」
全身から血の気が引いていく音をアレクスは聞いた気がした。エフィミアを抱き締める指の先まで、みるみる冷たくなっていく。
お前はこちら側の人間だ――ルーファンスはなにがあったかすべて分かった上で、アレクスにそう言っているのだ。
従うべきは誰であるか。絶対の忠誠を誓った相手は誰であるか。間違えるな、と。
王命のままにエフィミアを攫って差し出し、この苦境を作り出したのがアレクスであることは自明だ。
今さら胸を痛めたところで首謀により近い立場で加担している以上、ルーファンスの言う通り、アレクスは彼女を救う側でなく閉じ込めて踏みにじる側にいる。
そんな関係でありながらアレクスとエフィミアが情を通じたのは、衝動的なものだったかもしれない。だとしても、互いを愛しく思い求める心が生まれていたからだ――本当に、そうだろうか。アレクスは急に確信が持てなくなった。
エフィミアから見れば、同じ蹂躙する側に立つルーファンスとアレクスのなにが違うというのか。
今とて、ルーファンスからエフィミアへの虐待を目の当たりにしながら、アレクスはやめさせる判断を躊躇してしまったというのに。
過去に自ら立てた固い誓いと、生じたばかりの不確かな情愛とが、二本の腕となってアレクスの首を締めていく。
「陛下、わたしは――」
「ただ申しわけないことに――」
苦悶の末にアレクスはやっと声を発したものの、ルーファンスが喋らせなかった。
「命じておきながら、彼女をどう世話しているかの把握をわたしは怠ってしまっていた。始めは彼女に訊こうとしたけれど言いたくないようだったから、君に来てもらったんだ」
アレクスは苦悶の中にありながら、さらに強い困惑に見舞われた。
エフィミアの状態は日々の報告に含まれているのだ。ルーファンスが改めてアレクスになにを要求しようとしているのか分からない――否、エフィミアを陵辱するさまをわざわざ見せつけてから言っているのだから、朧気に想像はついている。ただ、感情が理解を拒否している。
アレクスが口を閉ざしても、ルーファンスは一向に構うことはなかった。
「準備は済んだ。昨夜とまったく同じとはいかなかったけれど、条件としてはぼほ同じということで差し支えないだろう。さっそくやって見せてくれ、アレクス。わたしと交わったあとの彼女を、君がどう世話したのか」
そう言って瞳をきらめかせたルーファンスの笑顔は、なぜかひどく無邪気に見えた。
(罰したいのは……わたしか)
アレクスはようやく気づいた。ルーファンスはアレクスが王以外に心を傾けたことに静かに怒り、責めている。そしてエフィミアへの暴行の当事者にさせることで、立場を知らしめて忠誠心を試そうとしている。
「それは……」
咄嗟に言葉を絞り出そうとしても、アレクスはルーファンスの要求に返事をすることができなかった。
生涯をかけて君主へ忠誠を捧げてきたアレクスの心は、ルーファンスに逆らうことを拒絶している。しかし、これ以上エフィミアを辱めて傷つけるのも耐えられない。
板挟みの葛藤からアレクスが沈黙してしまうと、ルーファンスは美貌から笑みを消した。次に発した声も、ひどく冷めたものだった。
「嫌ならそれでもいいさ。わたしと彼女で続けるから、アレクスはそこで見ていて。その気になったら、場所を変わろう」
言うなり、ルーファンスはエフィミアの足首をつかんで強く引っ張った。アレクスの腕からエフィミアの体がすり抜ける。
「きゃああぁっ」
悲鳴に耳をつんざかれ、アレクスは反射的に奪い返すようにエフィミアを引き寄せて抱き直した。しかしルーファンスの手は離れず、意図せず引っ張り合う状態になり、足掻く内に上着が奪われて再び彼女の肌を隠すものが一糸もなくなる。
するとルーファンスは急に引っ張るでなく身を乗り出し、まるでアレクスの存在が見えてないかのようにエフィミアの体に手を這わせ始めた。持ち上げた脚の内側を撫でながら、アレクスに縋って逃げようとする彼女の細腰を捕まえて、背筋のくぼみを舐め上げる。
肌を吸われたエフィミアが腕の中で喘ぎ、アレクスはもはや平静でいられなくなった。
「陛下、わたしが――わたしがします。ご命令通りいたします。だからどうか、これ以上は……」
ルーファンスに刃向かわないままエフィミアを傷つけずに済む道がないならば、この場でアレクスが彼女を抱いて見せるのがもっともましに思えた。そうすれば少なくとも、彼女に無理がかからぬよう心配りをしてやれて、体に傷を増やすような暴力からは庇える。
身を切るような訴えを聞くなり、ルーファンスは秘部にまで触れようとしていた手をすぐさま引いた。そのままアレクスとエフィミアの抱き合う姿をくまなく視野に収められる距離まで、ベッドの上をわずかにあとずさる。
無言のままなルーファンスの唇にはほのかに笑みのような表情がみられたが、そこに込められた感情まではアレクスにも読みとれなかった。
ルーファンスの視線を全身で感じながら、アレクスはエフィミアの短い髪をそっと撫でた。
「……もう少しだけ耐えてくれ」
囁きかけると、腕の中からアレクスを見上げる顔がひどく哀しげに歪んだ。その表情を見ていたくなくて、なにか言いたげな彼女の唇が言葉を発する前にキスで塞いだ。
その後ろで着衣を乱して体を密着させているルーファンスが身じろぎすると、彼女は裸の背を反らせて呻きに似た喘ぎを漏らした。その乱れた呼吸音が体を熱くさせるような湿りを帯びていて、おののきがアレクスの項から下肢へと這いおりていく。
縛められて抵抗できぬエフィミアの肩越しに、ルーファンスが視線を寄越してきた。光の映っていない眼差しが笑みの形をしていて、アレクスは息をんでますます身を強張らせた。
「もう済むから、扉を閉めて少し待っていて」
ルーファンスの静かな命令が真っ直ぐ耳朶に届き、アレクスは急に体の強張りが解けて、後ろ手に勢いよく扉を閉めた。淫猥な室内のありさまを、他の誰にも見せるわけにはいかない。
ただ目の前でなにがなされているか理解はできても、この場へなぜ呼ばれたのか、なにをすべきなのか、アレクスの思考は混乱してまるで判断ができなかった。廊下からの光が断たれて怪しい暗さを増した室内で、扉を押さえた姿勢のまま立ち尽くす。
ベッドの上でルーファンスが腰を前後させ、エフィミアの肢体が無抵抗に大きく揺れた。限られた光源によって極めて濃い陰影で浮かび上がる柔肉の躍動は、悪い夢かと疑うほど現実感なく艶めかしい。
律動的なベッドの軋みと淫らな水音が高くなる。不意に、涙で腫れたエフィミアの目とアレクスの視線が真っ直ぐに合った。ぶれる息の合間に、エフィミアがか細く叫び出す。
「いやっ……あぁっ! 見ないで、アレクス……見ないでっ」
名前を呼ばれ、静止していたアレクスの中でやっと、彼女を救わねばという感情が動き出した。ところが彼より一瞬はやく、ルーファンスが声を発した。
「わたしは、もっと見てもらうべきだと思うな。ほら、アレクスも見たろう――」
ルーファンスは背後からエフィミアの両の乳房を鷲づかんだ。繋げたままの腰を強く押し出して、前のめる上半身を力尽くで引き起こす。
明確にアレクスへ見せつける意図をもって、ルーファンスは突き出させたエフィミアの胸を焦らし煽る手つきで揉みしだいた。
「んやぁ、あっ、んんっ」
両腕を拘束されている彼女の顔が苦しげに歪む。二つの膨らみが左右に押し開くようにこねられると、その間に走る深い爪痕が引き攣れて、塞がる前の傷から血が再び滲み出した。三日月型の痣を分断している薄赤い線を、ルーファンスの指先がなぞる。
「ひどいものだよね。せっかくの竜王の印をこんなに台なしにしてしまって……彼女はなにも分かっていないっ」
それが懲罰であるかのようにルーファンスが腰を叩きつけ、エフィミアが悲鳴をあげる。ついにアレクスも耐えきれず叫んだ。
「陛下! おやめください、陛下っ――やめろ!」
アレクスは初めて、ルーファンスに向けて強い否定の言葉を放った。
臣下の言葉づかいを捨て去った叫びに、ルーファンスの目が大きくなった。信じられぬものでも見るような眼差しがつかの間アレクスを凝視し、直後、険しく歪む。その碧眼で揺れた光は、怒りの火でなく、哀しげな涙の膜であるようだった。
しかしルーファンスは止まらなかった。むしろ追い打ちをかけるごとく急速に荒々しさを増し、乱暴に攻め立てられるエフィミアの悲鳴がむせび泣きへと変わっていく。
これがただの悪漢相手であったなら、きっとアレクスは殴り殺すことも厭わずとっくに彼女を救い出していた。だが、そこにいるのは我が王である――その一点がなにより重く彼を縛り、判断と行動を鈍らせ躊躇させる。
ルーファンスが急に動くのをやめて呻いた。線の細い背中に、痙攣したような震えが走る。ほぼ同時に、エフィミアの喉からもひときわ高い声が発せられる。
「あああっ」
肩を上下させて呼吸を整える時間を置いて、ルーファンスはエフィミアを突き放すような動作でおもむろに体を離した。エフィミアの裸身が崩れるようにベッドの柱へ寄りかかる。
「エフィ!」
途端に呪縛が解けたように体が動き出し、アレクスは無我夢中でエフィミアに駆け寄っていた。ベッドへ辿り着くなり、真っ先に彼女の両腕の縛めに手をかける。きつく締め上げられた包帯には幾重にも固い結び目が作られていて、必死に抵抗したのだろう痕跡も見てとれた。
苦労して縛め解くと、アレクスはなりふり構わずベッドに乗り上げ、ぐたりと寝具に倒れ込んだエフィミアを抱き寄せた。擦れて赤黒く鬱血した拘束の痕があまりに痛々しく、華奢な手首をそっとさすってやる。
「エフィ……なぜこんなことに」
呼びかけに反応して、閉じていたエフィミアの目蓋が持ち上がると、それだけで幾筋もしずくが落ちた。涙に厚く覆われた瞳がアレクスの姿をとらえるなり、縋るように彼の胸元へ額が押しつけられる。
「アレクス……アレクス」
「わたしはここにいる。大丈夫だ、エフィ」
アレクスは脱いだ上着で体を包んでやり、震えを止めるように抱き締める力を強めた。背中や肩をさすってなだめる内に、苦しげだったエフィミアの呼吸も徐々に落ち着きをとり戻してくる。
そうした二人の間に、低くめられた呟きが割って入った。
「……そんな風に呼んでいるんだ」
ハッとしてアレクスは顔をあげた。手を伸ばせば届くほど傍で、ルーファンスが萎えた性器を仕舞いもしないままひどく気だるげに座り込んでいた。じっと二人を見ている眼差しは、一段深く奥まったように昏い。
畏れからの逡巡を挟んで、アレクスは声を絞り出した。
「陛下……どうして彼女にこれほどの仕打ちを」
ルーファンスの眉が跳ねた。汗で頬に貼りついている金髪を鬱陶しげに剥がしながら、若年の王は不思議そうに首を傾げる。
「仕打ち? どの仕打ち? 彼女は死んでいないし、手足も折れていない。髪は切っても、耳や指が欠けたのではないのだから、伸びれば元に戻る。顔の痣も、火傷のように痕が残るものではないから、何日かすれば引くだろう。胸の傷は彼女が自分でつけたものだ。どれもとり返しがつかないようなひどい状態ではないのは、誰が見ても分かるだろう?」
舌が滑らかに回り始めると、ルーファンスの瞳にまた揺らぐ光が戻ってきた。まるで、おこないすべてに道理が通っているとばかりの主張が展開され、アレクスは唖然として言葉を失う。
アレクスが口を挟まないとみてか、興が乗ったようにルーファンスは続ける。
「彼女はあまりに無礼で不敬だから罰が必要だけれど、彼女が持っている心臓はわたしのものだから、とても扱いが難しいんだ。そうでなければ、さっさと辺境の駐屯兵に下賜なりしている。軍営で輪姦されることもなく、ここで王であるわたしの相手だけをしていればいいのだから特別待遇と言っていい――でも」
目を弓形に細めて、ルーファンスが楽しげにほほ笑む。
「アレクスが同じことをしたなら、わたしと君とで輪姦したことにはなるかもね。君に彼女の世話を命じたのは、わたしだから」
全身から血の気が引いていく音をアレクスは聞いた気がした。エフィミアを抱き締める指の先まで、みるみる冷たくなっていく。
お前はこちら側の人間だ――ルーファンスはなにがあったかすべて分かった上で、アレクスにそう言っているのだ。
従うべきは誰であるか。絶対の忠誠を誓った相手は誰であるか。間違えるな、と。
王命のままにエフィミアを攫って差し出し、この苦境を作り出したのがアレクスであることは自明だ。
今さら胸を痛めたところで首謀により近い立場で加担している以上、ルーファンスの言う通り、アレクスは彼女を救う側でなく閉じ込めて踏みにじる側にいる。
そんな関係でありながらアレクスとエフィミアが情を通じたのは、衝動的なものだったかもしれない。だとしても、互いを愛しく思い求める心が生まれていたからだ――本当に、そうだろうか。アレクスは急に確信が持てなくなった。
エフィミアから見れば、同じ蹂躙する側に立つルーファンスとアレクスのなにが違うというのか。
今とて、ルーファンスからエフィミアへの虐待を目の当たりにしながら、アレクスはやめさせる判断を躊躇してしまったというのに。
過去に自ら立てた固い誓いと、生じたばかりの不確かな情愛とが、二本の腕となってアレクスの首を締めていく。
「陛下、わたしは――」
「ただ申しわけないことに――」
苦悶の末にアレクスはやっと声を発したものの、ルーファンスが喋らせなかった。
「命じておきながら、彼女をどう世話しているかの把握をわたしは怠ってしまっていた。始めは彼女に訊こうとしたけれど言いたくないようだったから、君に来てもらったんだ」
アレクスは苦悶の中にありながら、さらに強い困惑に見舞われた。
エフィミアの状態は日々の報告に含まれているのだ。ルーファンスが改めてアレクスになにを要求しようとしているのか分からない――否、エフィミアを陵辱するさまをわざわざ見せつけてから言っているのだから、朧気に想像はついている。ただ、感情が理解を拒否している。
アレクスが口を閉ざしても、ルーファンスは一向に構うことはなかった。
「準備は済んだ。昨夜とまったく同じとはいかなかったけれど、条件としてはぼほ同じということで差し支えないだろう。さっそくやって見せてくれ、アレクス。わたしと交わったあとの彼女を、君がどう世話したのか」
そう言って瞳をきらめかせたルーファンスの笑顔は、なぜかひどく無邪気に見えた。
(罰したいのは……わたしか)
アレクスはようやく気づいた。ルーファンスはアレクスが王以外に心を傾けたことに静かに怒り、責めている。そしてエフィミアへの暴行の当事者にさせることで、立場を知らしめて忠誠心を試そうとしている。
「それは……」
咄嗟に言葉を絞り出そうとしても、アレクスはルーファンスの要求に返事をすることができなかった。
生涯をかけて君主へ忠誠を捧げてきたアレクスの心は、ルーファンスに逆らうことを拒絶している。しかし、これ以上エフィミアを辱めて傷つけるのも耐えられない。
板挟みの葛藤からアレクスが沈黙してしまうと、ルーファンスは美貌から笑みを消した。次に発した声も、ひどく冷めたものだった。
「嫌ならそれでもいいさ。わたしと彼女で続けるから、アレクスはそこで見ていて。その気になったら、場所を変わろう」
言うなり、ルーファンスはエフィミアの足首をつかんで強く引っ張った。アレクスの腕からエフィミアの体がすり抜ける。
「きゃああぁっ」
悲鳴に耳をつんざかれ、アレクスは反射的に奪い返すようにエフィミアを引き寄せて抱き直した。しかしルーファンスの手は離れず、意図せず引っ張り合う状態になり、足掻く内に上着が奪われて再び彼女の肌を隠すものが一糸もなくなる。
するとルーファンスは急に引っ張るでなく身を乗り出し、まるでアレクスの存在が見えてないかのようにエフィミアの体に手を這わせ始めた。持ち上げた脚の内側を撫でながら、アレクスに縋って逃げようとする彼女の細腰を捕まえて、背筋のくぼみを舐め上げる。
肌を吸われたエフィミアが腕の中で喘ぎ、アレクスはもはや平静でいられなくなった。
「陛下、わたしが――わたしがします。ご命令通りいたします。だからどうか、これ以上は……」
ルーファンスに刃向かわないままエフィミアを傷つけずに済む道がないならば、この場でアレクスが彼女を抱いて見せるのがもっともましに思えた。そうすれば少なくとも、彼女に無理がかからぬよう心配りをしてやれて、体に傷を増やすような暴力からは庇える。
身を切るような訴えを聞くなり、ルーファンスは秘部にまで触れようとしていた手をすぐさま引いた。そのままアレクスとエフィミアの抱き合う姿をくまなく視野に収められる距離まで、ベッドの上をわずかにあとずさる。
無言のままなルーファンスの唇にはほのかに笑みのような表情がみられたが、そこに込められた感情まではアレクスにも読みとれなかった。
ルーファンスの視線を全身で感じながら、アレクスはエフィミアの短い髪をそっと撫でた。
「……もう少しだけ耐えてくれ」
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