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第5章 竜の王国
2 正体
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急激に意識が浮上し、アレクス・ブライアントは覚醒した。目を開くと、そこは自分の部屋ではなかった。それは分かっても、周囲は妙に薄暗く、視界になにかがあるのは見えるが、それがなんなのかすぐに判別できない。
目が薄闇に慣れてきて、最初に視界に飛び込んだのは天井から垂れるいくつものつらら石だった。その天井から続く石灰質の壁面はごつごつとしていて、人の手の加わったようすはない。橙色をした小さな灯火がそこに濃い陰影を描き、不気味に揺らめいている。
かすかな水のせせらぎと吹き込む風の音が、壁に反響して聞こえた。
(ここは、どこだ……)
霞が掛かったようにはっきりしない意識の中で、アレクスはようやくその疑問に辿り着いた。記憶にある場所のような気がするが、どこだったかは思い出せない。
不意に、体に触れるものがあった。驚いたアレクスは反射的にそれを払いのけ、勢いよく跳ね起きた。
瞬間、腹部を激痛が走り抜け、アレクスは前のめりになって呻いた。体を貫く灼熱に、再び意識が遠のく。それでもなんとか痛みの波をやり過ごしながら、アレクスは自分の横に居座っている者を視認して、それが幼い少女であることに驚いた。
少女はいかにも人目を引く深緑色の髪をしていた。歳は十を過ぎるか否かくらいだろうか。突然アレクスが起き上がったことにびっくりしたのか、気の強そうな輝きを宿した黄色い瞳を大きく見開いている。
「お前、は……」
痛みに喘ぎながら、アレクスは言った。しかし少女はすくんだようにしばらく動かなかったかと思うと、無言のままいきなり機敏に立ち上がり、くるりとアレクスに背中を向けた。
「待て……っ」
アレクスは咄嗟に呼び止めたが、少女はそのまま薄闇にまぎれてあっという間に駆け去ってしまった。やがて、とことこと響く足音も聞こえなくなり、アレクスは少女を呼び止めようと伸ばしていた手を下ろした。
脱力するようにため息をついた。遅れて、自分が寝かされていたのが地面に厚く敷いた毛皮の上であることに気づいた。周りには油皿に芯をさしただけの灯火がいくつか並べられ、腹の傷には布が巻かれている。
アレクスはいまだに、自分の置かれている状況が理解できずにいた。意識を失う前までは王宮にいたはずだが、どうにも記憶がはっきりしない。しかも傷の痛みのせいか、いまいち思考が鈍っている。
ふと目をやったかたわらに、騎竜隊の制服である黒い上着がたたんで置いてあるのを見つけた。手にとって見れば、腹部に当たる部分の裂け目が綺麗に繕われている。アレクスは怪訝に目を細めた。
「もう目が覚めたのか」
若い男の声に、アレクスは弾かれるようにそちらを見た。薄闇の向こうから誰かがこちらに歩み寄ってくる気配がする。現れたのは、見覚えある白い髪の若者だった。
アレクスと歩幅二歩分の距離をとって立ち止まると、若者はどこか気のない表情で見下ろしてきた。
「急所をはずしていたとはいえ大した精神力だ」
アレクスは黙って白髪の若者の顔を見返していたが、やがてふっと息をもらした。わずかに顔を伏せ、彼には珍しいことに、くつくつと喉を鳴らして笑った。それでもすぐに笑いを収め、アレクスは低めた声で言った。
「そうか、あの白竜の声。どこかで聞いたと思ったら……お前だったか」
ナーガはなにも言わなかったが、アレクスは自嘲ぎみに口元を歪めたまま確信を持って続けた。
「すっかり騙されたな。竜王が人に化けるなんて話は聞いていない」
白髪の若者の姿を見た瞬間、アレクスはすべての状況を思い出した。アレクスは自ら主君を裏切り、その怒りを身に受けたのだ。そしておそらく、目の前にいる男に命を救われた。
ナーガは表情を崩すことなく、静かに言った。
「君は竜王の秘密をどこまで知っている」
ナーガを一瞥してから、アレクスは言った。
「千年の命を持ち、あらゆる生物の言葉を理解し、自然界のものをあやつる。そしてそれらの力の源は心臓であり、心臓を他の生き物に移すことでそのものと命を分かち、命を分けられたものも竜王の力を得る」
アレクスが一息に言うと、ナーガはわずかに首を傾けた。
「ヴィナが君たちに話したのはそれで全部?」
思わぬ人物の口から発せられた名前にアレクスは眉を寄せたが、今気にするべきはそこではないと判断して頷いた。
「わたしが聞いたのはこれで全部だ。違うのか?」
アレクスが問うと、ナーガは口元にうっすらと笑みのようなものを浮かべた。
「端的に言ってしまえば間違いはない。かといって、それほど単純なものでもない。君は、エフィが力を使うところを見たことがあるかい?」
アレクスはわずかに考える間をとった。
「いや」
「そういうことだ」
「なに?」
「力を手にしても、人がそれを使うことはできない」
驚きとともに、アレクスはナーガを見上げた。
「使えない? 竜王と同じ力が得られるんじゃあないのか」
「ものと話せなければ、竜王の力は使えない」
「どういうことだ」
わけが分からない、とアレクスが表情で訴えると、ナーガはあわれむように眼差しを細めた。
「竜王の力はものの形を変える力だ。ものと対話して形をゆるめ、力を注いで別の形へ導いて維持をさせる。力を使うには対象となるものと会話し、力を受け入れさせる必要がある。けれど人は、ものの言葉を言葉として認知することができない。だから人が竜王の力を使うことはできない」
ナーガはさらりと説明してみせたが、あまりに現実離れした内容にアレクスは眉を寄せた。
「竜王は生き物以外とも話ができるのか」
アレクスの確認に、ナーガは静かに答えた。
「できる。石でも、水でも、空気でも」
「そしてそれは、竜王の力によるものではないと?」
頷いて、ナーガは先の丸い石筍にもたれた。
「竜は生きている内に色々なものの言葉を覚える。特に竜王は命が長いから、それだけほかの竜より覚える言葉が増える。人が言語の違う土地に暮らすようになると、少なからずそこの言語を覚えるのと同じだ。言葉であると分かれば、いくらでも学びようはある」
「だが人は人以外の言葉を言葉であると理解できないから学びようがない。だからものと話すことはできず、竜王の力を使うのは不可能。と、そういうことか」
アレクスが言葉を繋げると、ナーガは感心したように眉を上げた。
「飲み込みが早いな。その通りだ」
「では今のお前のように、自身の形を変えることはできるのか」
ナーガは間をとったかと思うと、ため息をつくように言った。
「それも無理だ」
「なぜだ? 自分の体なら、話すこともないだろう」
疲れているのか、ナーガはまたひとつ息をついてから説明した。
「竜王が力を使うとき形を変えさせるそのものもそうだが、むしろそれを構成するものに語りかける。自身、ということは生き物だ。生き物となれば体の構成自体が複雑で、部位によってもまるで性質が変わってくる。竜王の力は形を変えることはできても、性質までは変えられない。性質の異なるそれら一つ一つに語りかける必要があるんだ。それに生き物はただでさえ力に対する反発が強い上、そのものの精神部分の影響も強く受ける。自分以外の生物にするより簡単とはいえ、人が自身の意思でそれだけのことはできない」
ナーガの話は、ただの人であるアレクスの理解を越えていた。実際にその身になってみなくては、分からないことなのだろう。それでもアレクスは、自身の中で整理をつけて納得した。
「つまり、竜王の力を手に入れたとしても人にはそれを使うすべがなく、結果として人が竜の心臓を得ても命が延びるだけ、ということか」
「そういうことになる」
アレクスは視線をナーガからはずして思案する間をとり、にわかに浮上した疑問を口にした。
「ヴィナはなぜ、そのことを話さなかったんだ」
「それは多分、人の欲を刺激するため。そして自分の正体を悟られないためだろうね」
正体、という言葉に、アレクスはナーガを見た。
「なんだと?」
アレクスの抑えた問いに、ナーガは淡々と答えた。
「彼女も竜王だ」
「分かるのか」
ナーガは肩をすくめてみせた。
「ヴィナとは旧い知り合いでね――六十年前に別離しているけれど――かれこれ百年ちょっとくらいのつき合いになるかな。今回の一件、君たちが少なからず竜王の秘密を知っていると分かって、裏になにかあるだろうとは思っていたが……まさか彼女が絡んでいるとは思わなかった」
人と竜王との時間感覚の違いにアレクスは一瞬ぎょっとした。ナーガの外見的な年齢はアレクスと大差ない印象だが、実際はどれだけの年月を生きてきたというのか。気にはなるが今はそんなことに気をとられている場合ではないと、アレクスはすぐに思い直した。
「お前たちはどういう関係だ。ただの知り合いというわけではないだろう」
「それは君の知らなくていいことだ」
間髪いれずにナーガがはっきりと返し、アレクスは黙った。
誰でも触れて欲しくない過去や内面を持っているものだ。きっと、人と同じように思考し行動する竜王も同じなのだろう。
さりとて、一連のできごとがナーガとヴィナの確執に端を発しているのだと思うと、なんともやりきれない感情がアレクスの中で生まれる。
「なぜ、エフィミアを巻き込んだ」
これは責任転嫁だ。そうはっきり自覚しながら、問いがアレクスの口をついた。
案の定、ナーガが皮肉っぽく鼻で笑った。
「君がそれを言うのか」
翡翠色の瞳に、アレクスを睨むような剣呑さがよぎる。数度のまばたきを挟んで、剣呑さは憂いを帯びた。
「生きたかったんだ。弱った体の中にあっては、心臓も弱る。あのときわたしが生き延びるには、動けなくなる前に若い健全な体に心臓へ移すのがもっとも早く確実だった。君たちが心臓を狙っているとは思っていなかったしね。そこにいたのが、エフィだった」
そしてそれほどの重傷を白竜に負わせたのはアレクスだ。ナーガは声にこそしなかったが、言外の響きと眼差しでそう告げていた。
責任と因果は双方にある。罪がないのは、エフィミアだけだ。
さて、と言いながら、ナーガは身を預けていた石筍から重そうに体を離した。
「もういいだろう。わたしはそろそろ行かせてもらう」
「どこに行く気だ」
アレクスが鋭く呼び止めると、ナーガは冷静な声音で答えた。
「エフィを助けに行く」
目が薄闇に慣れてきて、最初に視界に飛び込んだのは天井から垂れるいくつものつらら石だった。その天井から続く石灰質の壁面はごつごつとしていて、人の手の加わったようすはない。橙色をした小さな灯火がそこに濃い陰影を描き、不気味に揺らめいている。
かすかな水のせせらぎと吹き込む風の音が、壁に反響して聞こえた。
(ここは、どこだ……)
霞が掛かったようにはっきりしない意識の中で、アレクスはようやくその疑問に辿り着いた。記憶にある場所のような気がするが、どこだったかは思い出せない。
不意に、体に触れるものがあった。驚いたアレクスは反射的にそれを払いのけ、勢いよく跳ね起きた。
瞬間、腹部を激痛が走り抜け、アレクスは前のめりになって呻いた。体を貫く灼熱に、再び意識が遠のく。それでもなんとか痛みの波をやり過ごしながら、アレクスは自分の横に居座っている者を視認して、それが幼い少女であることに驚いた。
少女はいかにも人目を引く深緑色の髪をしていた。歳は十を過ぎるか否かくらいだろうか。突然アレクスが起き上がったことにびっくりしたのか、気の強そうな輝きを宿した黄色い瞳を大きく見開いている。
「お前、は……」
痛みに喘ぎながら、アレクスは言った。しかし少女はすくんだようにしばらく動かなかったかと思うと、無言のままいきなり機敏に立ち上がり、くるりとアレクスに背中を向けた。
「待て……っ」
アレクスは咄嗟に呼び止めたが、少女はそのまま薄闇にまぎれてあっという間に駆け去ってしまった。やがて、とことこと響く足音も聞こえなくなり、アレクスは少女を呼び止めようと伸ばしていた手を下ろした。
脱力するようにため息をついた。遅れて、自分が寝かされていたのが地面に厚く敷いた毛皮の上であることに気づいた。周りには油皿に芯をさしただけの灯火がいくつか並べられ、腹の傷には布が巻かれている。
アレクスはいまだに、自分の置かれている状況が理解できずにいた。意識を失う前までは王宮にいたはずだが、どうにも記憶がはっきりしない。しかも傷の痛みのせいか、いまいち思考が鈍っている。
ふと目をやったかたわらに、騎竜隊の制服である黒い上着がたたんで置いてあるのを見つけた。手にとって見れば、腹部に当たる部分の裂け目が綺麗に繕われている。アレクスは怪訝に目を細めた。
「もう目が覚めたのか」
若い男の声に、アレクスは弾かれるようにそちらを見た。薄闇の向こうから誰かがこちらに歩み寄ってくる気配がする。現れたのは、見覚えある白い髪の若者だった。
アレクスと歩幅二歩分の距離をとって立ち止まると、若者はどこか気のない表情で見下ろしてきた。
「急所をはずしていたとはいえ大した精神力だ」
アレクスは黙って白髪の若者の顔を見返していたが、やがてふっと息をもらした。わずかに顔を伏せ、彼には珍しいことに、くつくつと喉を鳴らして笑った。それでもすぐに笑いを収め、アレクスは低めた声で言った。
「そうか、あの白竜の声。どこかで聞いたと思ったら……お前だったか」
ナーガはなにも言わなかったが、アレクスは自嘲ぎみに口元を歪めたまま確信を持って続けた。
「すっかり騙されたな。竜王が人に化けるなんて話は聞いていない」
白髪の若者の姿を見た瞬間、アレクスはすべての状況を思い出した。アレクスは自ら主君を裏切り、その怒りを身に受けたのだ。そしておそらく、目の前にいる男に命を救われた。
ナーガは表情を崩すことなく、静かに言った。
「君は竜王の秘密をどこまで知っている」
ナーガを一瞥してから、アレクスは言った。
「千年の命を持ち、あらゆる生物の言葉を理解し、自然界のものをあやつる。そしてそれらの力の源は心臓であり、心臓を他の生き物に移すことでそのものと命を分かち、命を分けられたものも竜王の力を得る」
アレクスが一息に言うと、ナーガはわずかに首を傾けた。
「ヴィナが君たちに話したのはそれで全部?」
思わぬ人物の口から発せられた名前にアレクスは眉を寄せたが、今気にするべきはそこではないと判断して頷いた。
「わたしが聞いたのはこれで全部だ。違うのか?」
アレクスが問うと、ナーガは口元にうっすらと笑みのようなものを浮かべた。
「端的に言ってしまえば間違いはない。かといって、それほど単純なものでもない。君は、エフィが力を使うところを見たことがあるかい?」
アレクスはわずかに考える間をとった。
「いや」
「そういうことだ」
「なに?」
「力を手にしても、人がそれを使うことはできない」
驚きとともに、アレクスはナーガを見上げた。
「使えない? 竜王と同じ力が得られるんじゃあないのか」
「ものと話せなければ、竜王の力は使えない」
「どういうことだ」
わけが分からない、とアレクスが表情で訴えると、ナーガはあわれむように眼差しを細めた。
「竜王の力はものの形を変える力だ。ものと対話して形をゆるめ、力を注いで別の形へ導いて維持をさせる。力を使うには対象となるものと会話し、力を受け入れさせる必要がある。けれど人は、ものの言葉を言葉として認知することができない。だから人が竜王の力を使うことはできない」
ナーガはさらりと説明してみせたが、あまりに現実離れした内容にアレクスは眉を寄せた。
「竜王は生き物以外とも話ができるのか」
アレクスの確認に、ナーガは静かに答えた。
「できる。石でも、水でも、空気でも」
「そしてそれは、竜王の力によるものではないと?」
頷いて、ナーガは先の丸い石筍にもたれた。
「竜は生きている内に色々なものの言葉を覚える。特に竜王は命が長いから、それだけほかの竜より覚える言葉が増える。人が言語の違う土地に暮らすようになると、少なからずそこの言語を覚えるのと同じだ。言葉であると分かれば、いくらでも学びようはある」
「だが人は人以外の言葉を言葉であると理解できないから学びようがない。だからものと話すことはできず、竜王の力を使うのは不可能。と、そういうことか」
アレクスが言葉を繋げると、ナーガは感心したように眉を上げた。
「飲み込みが早いな。その通りだ」
「では今のお前のように、自身の形を変えることはできるのか」
ナーガは間をとったかと思うと、ため息をつくように言った。
「それも無理だ」
「なぜだ? 自分の体なら、話すこともないだろう」
疲れているのか、ナーガはまたひとつ息をついてから説明した。
「竜王が力を使うとき形を変えさせるそのものもそうだが、むしろそれを構成するものに語りかける。自身、ということは生き物だ。生き物となれば体の構成自体が複雑で、部位によってもまるで性質が変わってくる。竜王の力は形を変えることはできても、性質までは変えられない。性質の異なるそれら一つ一つに語りかける必要があるんだ。それに生き物はただでさえ力に対する反発が強い上、そのものの精神部分の影響も強く受ける。自分以外の生物にするより簡単とはいえ、人が自身の意思でそれだけのことはできない」
ナーガの話は、ただの人であるアレクスの理解を越えていた。実際にその身になってみなくては、分からないことなのだろう。それでもアレクスは、自身の中で整理をつけて納得した。
「つまり、竜王の力を手に入れたとしても人にはそれを使うすべがなく、結果として人が竜の心臓を得ても命が延びるだけ、ということか」
「そういうことになる」
アレクスは視線をナーガからはずして思案する間をとり、にわかに浮上した疑問を口にした。
「ヴィナはなぜ、そのことを話さなかったんだ」
「それは多分、人の欲を刺激するため。そして自分の正体を悟られないためだろうね」
正体、という言葉に、アレクスはナーガを見た。
「なんだと?」
アレクスの抑えた問いに、ナーガは淡々と答えた。
「彼女も竜王だ」
「分かるのか」
ナーガは肩をすくめてみせた。
「ヴィナとは旧い知り合いでね――六十年前に別離しているけれど――かれこれ百年ちょっとくらいのつき合いになるかな。今回の一件、君たちが少なからず竜王の秘密を知っていると分かって、裏になにかあるだろうとは思っていたが……まさか彼女が絡んでいるとは思わなかった」
人と竜王との時間感覚の違いにアレクスは一瞬ぎょっとした。ナーガの外見的な年齢はアレクスと大差ない印象だが、実際はどれだけの年月を生きてきたというのか。気にはなるが今はそんなことに気をとられている場合ではないと、アレクスはすぐに思い直した。
「お前たちはどういう関係だ。ただの知り合いというわけではないだろう」
「それは君の知らなくていいことだ」
間髪いれずにナーガがはっきりと返し、アレクスは黙った。
誰でも触れて欲しくない過去や内面を持っているものだ。きっと、人と同じように思考し行動する竜王も同じなのだろう。
さりとて、一連のできごとがナーガとヴィナの確執に端を発しているのだと思うと、なんともやりきれない感情がアレクスの中で生まれる。
「なぜ、エフィミアを巻き込んだ」
これは責任転嫁だ。そうはっきり自覚しながら、問いがアレクスの口をついた。
案の定、ナーガが皮肉っぽく鼻で笑った。
「君がそれを言うのか」
翡翠色の瞳に、アレクスを睨むような剣呑さがよぎる。数度のまばたきを挟んで、剣呑さは憂いを帯びた。
「生きたかったんだ。弱った体の中にあっては、心臓も弱る。あのときわたしが生き延びるには、動けなくなる前に若い健全な体に心臓へ移すのがもっとも早く確実だった。君たちが心臓を狙っているとは思っていなかったしね。そこにいたのが、エフィだった」
そしてそれほどの重傷を白竜に負わせたのはアレクスだ。ナーガは声にこそしなかったが、言外の響きと眼差しでそう告げていた。
責任と因果は双方にある。罪がないのは、エフィミアだけだ。
さて、と言いながら、ナーガは身を預けていた石筍から重そうに体を離した。
「もういいだろう。わたしはそろそろ行かせてもらう」
「どこに行く気だ」
アレクスが鋭く呼び止めると、ナーガは冷静な声音で答えた。
「エフィを助けに行く」
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