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第5章 竜の王国
4 玉座
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風の抵抗を避けるようにアレクスは身を低くし、目を細めた。地上の景色は風と同じ速さで後ろへと流され、気を抜くと突風に体が持っていかれそうになる。
腹の傷がひどく疼くが、そんなことに構ってもいられなかった。ナーガは宣言通り、背に乗るアレクスへの気づかいを一切見せず、ローリア城に向かってひたすらに速度を上げ続けた。
(こっちは本調子じゃあないってのに)
苦笑のようなものを浮かべながら、アレクスは心の内で愚痴った。のぞむところだと言ったのは自分だが、それでもこれほど勝手に飛ばれるとかなり傷にひびく。かといって、この高さで振り落とされればそれこそ死に直結してしまう。
どうにか振り落とされまいと、アレクスはあらん限りの騎竜の知識と経験を駆使して白竜の背にしがみついた。
色づく山を越え、いくつもの町の上を飛び過ぎ、広い農耕地を抜けた。やがてはるか前方に、見慣れたローリア城の白い姿が見えてきた。
《ナッちゃん》
ずっと横を飛んでいた深緑色の小竜が、白竜に呼びかけながら前へと回り込んだ。
《あたし、先に行って少し見てくる》
《くれぐれもヴィナには気をつけて。わたしもすぐに行く》
《分かってる》
短いやりとりを終えると、緑竜は一気に加速した。そうして白竜との距離をとったかと思うと、前触れなく、空気に溶け込むように忽然と姿を消した。
以前に白竜が同じように姿を消すのを見たことはあったが、それでもやはりアレクスは驚き、緑竜が消えた辺りをしばらく見ていた。
「今のも竜王の力か?」
確認するようにアレクスが尋ねると、ナーガはちらとだけ目を動かして言った。
《そうだ。今のは粒子になって風にまぎれたんだ。力の使い方としては高度で多少の危険を伴うこともあるけれど、彼女はとても巧みだから心配はいらない》
「竜王にも得手、不得手があるのか」
《もちろん。わたしはどちらかといえば、さっきシュリがやったような繊細なのは苦手なんだ。人間より小さな体となると、短時間ならいいけれど、それ以上はなかなか。ときには自分の技量をわきまえずに、自滅する竜王もいるくらいだからね》
なるほどと思いながら、アレクスはなんとなく皮肉っぽく言った。
「そこは人も竜王も同じということか」
《そういうこと》
返すと同時に、ナーガは飛行速度を一気に上げた。
ローリア城はみるみる近くなり、その壮麗な姿を明らかにしていった。きらめくローラ川を背景に、その美しさを増している。
《どこで降りる?》
「正面の露台の上をできるだけ低く飛べ。止まらなくていい」
ナーガは一度、目だけでアレクスの方を見た。
《エフィを泣かすなよ》
低く言ったナーガが言外に言わんとするところを感じて、アレクスは同じように低く応えた。
「肝に銘じておく」
白竜の体がちょうど露台の上に差しかかり、アレクスはそのまま地上へと身をおどらせた。露台の上を転がるように受身をとったが、それなりの高さから飛び降りればやはり衝撃はあり、傷が疼いて呻いた。
それでもアレクスは素早く体を起こすと、仰天している衛士で一番近くにいる者の腰から流れる動作で剣を奪った。
「借りるぞ」
若い衛士はさらに仰天したようすで、剣を片手に露台から城内へと走り去ろうとするアレクスを見た。
「ブ、ブライアント殿!」
素っとん狂な声をあげる衛士を無視して、アレクスはそのまま宮殿の中へと駆け込んだ。
あとはすぐだった。入って少し行ったところにある宮殿の中央階段を上がり、その先にある一番大きな扉の向こう。そこにおそらく、目的の人物はいる。すれちがう人間など今は無視してしまえばいいから、辿り着くのにそれほど時間は要さない。
誰にも邪魔をさせる気はなかった。そのために剣を持ってきたのだ。
通路を進むにつれて人の姿が減っていることに、アレクスは途中で気づいた。だがそれも、今は関わりのないことだ。
アレクスは直感に従って宮殿内を駆け抜け、辿り着いた先の大扉をためらわず開いた。直感通り、目的の人物はいた。
壮大な宮殿内にあってもなお広い広間の最奧。一段高い位置に据えられた金の玉座に、若き美貌の王はその身を収めていた。
その姿にアレクスは違和感を覚え、すぐにそれが今まで彼が玉座に座っている姿をほとんど見ていないからだと気づいた。アレクスの記憶では、現王が玉座に座ったのは即位の儀式の中での一度切りだ。
王は王家の紋章――大きく広げた竜の翼を背にしていて、アレクスには彼が今まさにどこかへ飛び立たんとしているかのように見えた。
アレクスが後ろ手に大扉を閉めると、うつむき加減だった王がゆるゆると顔を上げた。そしてアレクスを視界に収めると、野花がほころぶようにほほ笑んだ。
「やっと、来てくれた」
ルーファンスは笑んだままゆるやかに立ち上がると、見詰めるアレクスの方へと優雅な動作で歩み寄ってきた。
「ずっと待ってたんだ。これで、やっと終わる」
アレクスはこちらへと近づいてくるルーファンスを見ていたが、ふとわずかに下へと視線を移した。
広間の床をを埋める絨毯に、大きな赤黒い染みがあった。その元となっただろう者は、目につく範囲には見当たらない。
「殺したのか?」
抑揚なく静かにアレクスが問うと、ルーファンスはくすりと笑った。
「うん。彼のこと嫌いだったし。それに……終わらせるのに、彼は邪魔だったから。彼がもっといい人だったら――父上みたいな人だったら、よかったのに」
アレクスが絨毯から視線をはずして改めてルーファンスを見ると、血染めの服を着た王は泣き笑いのような顔をしていた。
「人ってさ、どうしてこんなにうまくいかないんだろう。そうは思わない? どうしてわたしが、ここにいるんだろう」
ルーファンスは足を止め、無言のままのアレクスと真正面から向きあった。
「始めから、全部が間違ってたんだ。だから、全部を終わらせなきゃいけない――君も、終わらせてあげる」
金属のこすれ合う音が、高く響いた。
腹の傷がひどく疼くが、そんなことに構ってもいられなかった。ナーガは宣言通り、背に乗るアレクスへの気づかいを一切見せず、ローリア城に向かってひたすらに速度を上げ続けた。
(こっちは本調子じゃあないってのに)
苦笑のようなものを浮かべながら、アレクスは心の内で愚痴った。のぞむところだと言ったのは自分だが、それでもこれほど勝手に飛ばれるとかなり傷にひびく。かといって、この高さで振り落とされればそれこそ死に直結してしまう。
どうにか振り落とされまいと、アレクスはあらん限りの騎竜の知識と経験を駆使して白竜の背にしがみついた。
色づく山を越え、いくつもの町の上を飛び過ぎ、広い農耕地を抜けた。やがてはるか前方に、見慣れたローリア城の白い姿が見えてきた。
《ナッちゃん》
ずっと横を飛んでいた深緑色の小竜が、白竜に呼びかけながら前へと回り込んだ。
《あたし、先に行って少し見てくる》
《くれぐれもヴィナには気をつけて。わたしもすぐに行く》
《分かってる》
短いやりとりを終えると、緑竜は一気に加速した。そうして白竜との距離をとったかと思うと、前触れなく、空気に溶け込むように忽然と姿を消した。
以前に白竜が同じように姿を消すのを見たことはあったが、それでもやはりアレクスは驚き、緑竜が消えた辺りをしばらく見ていた。
「今のも竜王の力か?」
確認するようにアレクスが尋ねると、ナーガはちらとだけ目を動かして言った。
《そうだ。今のは粒子になって風にまぎれたんだ。力の使い方としては高度で多少の危険を伴うこともあるけれど、彼女はとても巧みだから心配はいらない》
「竜王にも得手、不得手があるのか」
《もちろん。わたしはどちらかといえば、さっきシュリがやったような繊細なのは苦手なんだ。人間より小さな体となると、短時間ならいいけれど、それ以上はなかなか。ときには自分の技量をわきまえずに、自滅する竜王もいるくらいだからね》
なるほどと思いながら、アレクスはなんとなく皮肉っぽく言った。
「そこは人も竜王も同じということか」
《そういうこと》
返すと同時に、ナーガは飛行速度を一気に上げた。
ローリア城はみるみる近くなり、その壮麗な姿を明らかにしていった。きらめくローラ川を背景に、その美しさを増している。
《どこで降りる?》
「正面の露台の上をできるだけ低く飛べ。止まらなくていい」
ナーガは一度、目だけでアレクスの方を見た。
《エフィを泣かすなよ》
低く言ったナーガが言外に言わんとするところを感じて、アレクスは同じように低く応えた。
「肝に銘じておく」
白竜の体がちょうど露台の上に差しかかり、アレクスはそのまま地上へと身をおどらせた。露台の上を転がるように受身をとったが、それなりの高さから飛び降りればやはり衝撃はあり、傷が疼いて呻いた。
それでもアレクスは素早く体を起こすと、仰天している衛士で一番近くにいる者の腰から流れる動作で剣を奪った。
「借りるぞ」
若い衛士はさらに仰天したようすで、剣を片手に露台から城内へと走り去ろうとするアレクスを見た。
「ブ、ブライアント殿!」
素っとん狂な声をあげる衛士を無視して、アレクスはそのまま宮殿の中へと駆け込んだ。
あとはすぐだった。入って少し行ったところにある宮殿の中央階段を上がり、その先にある一番大きな扉の向こう。そこにおそらく、目的の人物はいる。すれちがう人間など今は無視してしまえばいいから、辿り着くのにそれほど時間は要さない。
誰にも邪魔をさせる気はなかった。そのために剣を持ってきたのだ。
通路を進むにつれて人の姿が減っていることに、アレクスは途中で気づいた。だがそれも、今は関わりのないことだ。
アレクスは直感に従って宮殿内を駆け抜け、辿り着いた先の大扉をためらわず開いた。直感通り、目的の人物はいた。
壮大な宮殿内にあってもなお広い広間の最奧。一段高い位置に据えられた金の玉座に、若き美貌の王はその身を収めていた。
その姿にアレクスは違和感を覚え、すぐにそれが今まで彼が玉座に座っている姿をほとんど見ていないからだと気づいた。アレクスの記憶では、現王が玉座に座ったのは即位の儀式の中での一度切りだ。
王は王家の紋章――大きく広げた竜の翼を背にしていて、アレクスには彼が今まさにどこかへ飛び立たんとしているかのように見えた。
アレクスが後ろ手に大扉を閉めると、うつむき加減だった王がゆるゆると顔を上げた。そしてアレクスを視界に収めると、野花がほころぶようにほほ笑んだ。
「やっと、来てくれた」
ルーファンスは笑んだままゆるやかに立ち上がると、見詰めるアレクスの方へと優雅な動作で歩み寄ってきた。
「ずっと待ってたんだ。これで、やっと終わる」
アレクスはこちらへと近づいてくるルーファンスを見ていたが、ふとわずかに下へと視線を移した。
広間の床をを埋める絨毯に、大きな赤黒い染みがあった。その元となっただろう者は、目につく範囲には見当たらない。
「殺したのか?」
抑揚なく静かにアレクスが問うと、ルーファンスはくすりと笑った。
「うん。彼のこと嫌いだったし。それに……終わらせるのに、彼は邪魔だったから。彼がもっといい人だったら――父上みたいな人だったら、よかったのに」
アレクスが絨毯から視線をはずして改めてルーファンスを見ると、血染めの服を着た王は泣き笑いのような顔をしていた。
「人ってさ、どうしてこんなにうまくいかないんだろう。そうは思わない? どうしてわたしが、ここにいるんだろう」
ルーファンスは足を止め、無言のままのアレクスと真正面から向きあった。
「始めから、全部が間違ってたんだ。だから、全部を終わらせなきゃいけない――君も、終わらせてあげる」
金属のこすれ合う音が、高く響いた。
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