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好きな人
しおりを挟むテスト期間中、夕暮れに染まる、いつもより静かな校舎の中。ある一つの教室。数人で残って話をしている声の中。俺は、ある一つの言葉が耳から、頭から、離れなくなっていた。
「好きな人?居る。このクラスに。」
と、聞き間違えるはずがないモテ男、伊勢谷蒼の発言が。
忘れ物を取りに行ったタイミング。盗み聞きは良くないと分かっていながら、聞こえたのだ。そもそも、伊勢谷レベルだったら、好きな人なんて言ってないで告白すれば絶対大丈夫なんじゃないの?そう思いながらも、聞いていなかったフリで、教室の扉を開ける。
そのほんの少し前、絶妙なタイミングで、伊勢谷は、ある名前を告げる。
「きよみや。」
え、何?俺?いや、待て待て、落ち着け。清宮じゃなくて、きょみや。は!小宮さんか?
あー、噛んだのか。焦った。いや、というか、姉ちゃん?姉ちゃんの可能性もあるか?そうじゃん!俺たちが一年の時は、サッカー部のマネージャーだもんな。なるほど。
サッカー部のマネージャーということは、伊勢谷のマネージャーだもんな。うんうん。
「なあ、伊勢谷、手伝ってあげよっか?それ。」
聞き耳立ててたというより聞こえたんだもん。これは、俺が手伝うべき案件でしょ!
「え?」
「姉ちゃん。好きなんだろ?な?遠慮すんなって。」
「いや、あの。」
「任せろよ。」
この時の俺は、すっかり忘れていたのだ。伊勢谷の好きな人が、同じクラスだと言っていたことを。
「一緒に帰ろうぜ。」
そう誘って、伊勢谷と歩いている時、その事実を思い出した。また、突っ走ってしまったらしい。
「なあ、伊勢谷。ごめん。完全に俺の早とちりだよな。」
素直に非は認めるよ。だって、まじで勘違いも良いとこじゃん。
「まあ。」
「小宮さん。何が好きなんだろうな。」
ということは、伊勢谷の好きな人は、小宮さんだもんな。との結論に至り、協力の態勢に入る。
「え?小宮?」
と、最初こそは、不思議そうに伊勢谷は聞き返していたが、少ししたら、納得したように、俯いていた。
好きな人の話だもんな。あの、伊勢谷でも恥ずかしがったりするんだな。ふと、伊勢谷を盗み見ると、その瞳は少しだけ潤んでいる。え?泣くほど好きなんかな。ガチ惚れじゃん。頬は少しだけ紅い。きつく結んだ唇は、何かを堪えているようだ。
何だろ。好きだけど、話すの苦手だから話そうにも話せないとか?ふーん。可愛いとこあんじゃんね。伊勢谷も。
「小宮は、いちごミルクの飴が好きだよ。」
唐突に、そんなことを言い出した伊勢谷。
「え?そうなん?よく知ってんね。」
いや、当たり前だろ。伊勢谷は、小宮さんが好きなんだから。
「まあ、小学校から同じだから。」
「へえ、良いなあ。」
好きな人と小学校から同じとか。俺もそんな体験してみてえわ。
「そんなに良いもんじゃないよ。」
少し考えて、気づく。そうだよなあ。小学校からじゃ、あんまり意識してもらえないかもしれないし。
「確かにな。あんまり、良いことないかも。」
「あ、ごめん。俺の感想とか、どうでも良いな。」
「いや、別に良いけど。」
「清宮。アルバム見てく?」
「え?いいの?」
わざわざ、共有とかしてくれるタイプなんだな。良い奴。協力するからには、俺も頑張らねえと。
「ん。別に良いよ。」
笑った。あんまり、普段笑わねえのに。
笑うと、八重歯あんだなあ。俺、八重歯、好き。って、違う違う。今は、それじゃない。
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