追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第34話

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 洞窟の奥へ進むにつれ、空気が変わっていくのが分かった。

 熱はなく、代わりに湿り気を帯びた冷たさが肌にまとわりつく。足元の地面はところどころぬかるみ、踏みしめるたびに嫌な音を立てた。

「……嫌な感じだな」

 ライトは剣を構えたまま、歩調を落とす。

 グレイバルのいた空間とは明らかに違う。まるで別の場所に足を踏み入れたかのようだった。

 肩の上でミリュウが小さく鳴く。

「ミリュ……」

「分かってる。俺も同じこと思ってる」

 ミリュウの視線は、洞窟の奥ではなく、足元に向いていた。

 その意味が分かったのは、次の瞬間だった。

 ぬかるんだ地面が、動いた。

「……っ!」

 反射的に後ろへ跳ぶ。

 さっきまで地面だと思っていた場所が盛り上がり、黒ずんだ塊が姿を現す。粘液をまとった、異様な魔獣だった。

 胴体は岩のように重く、表面を覆う泥がゆっくりと流れ落ちている。目らしきものはなく、代わりに地面を震わせるような低い音を発していた。

「こんなの……聞いたことないぞ」

 剣を振る。

 刃は確かに当たった。だが、手応えがない。

 泥を斬った感触だけが残り、刃はすぐに粘液に絡め取られた。

「っ、重い……!」

 引き抜こうとした瞬間、地面から別の塊がせり上がる。

 二体目。

 さらに、その奥でも。

「……囲まれてるな」

 背中に冷たい汗が伝った。

 グレイバルとは違う。分かりやすい強さではなく、じわじわと追い詰めてくる嫌な相手だ。

 一体が、身体を歪ませる。

 次の瞬間、泥の塊が弾けるように飛び散った。

 ライトは咄嗟に腕で顔を庇う。

 冷たい衝撃。

 皮膚に触れた瞬間、焼けるような痛みが走った。

「……っ!」

 後ろへ下がると、腕に付着した泥が、じわじわと動いている。

 ただの泥じゃない。

 水のように流れ、石のように重く、そして――身体の動きを鈍らせる。

「厄介だな……!」

 剣を振るが、動きが重い。

 足元も同じだった。地面そのものが、敵の一部になっているような感覚。

 ミリュウが肩から跳び、ライトの胸元にしがみつく。

「ミュー!」

「大丈夫だ、離れるな」

 言いながら、ライトは息を整えた。

 力任せに斬っても意味がない。

 そう判断した瞬間、身体が自然と別の動きを選んでいた。

 剣を低く構え、足を引く。

 踏み込みではなく、引き寄せる。

 剣先で地面を削るように振ると、泥の流れが一瞬だけ乱れた。

 そこへ、足を踏み込む。

 ぬかるみを蹴り、敵の中心へ。

 剣を突き立てる。

 刃が、硬い感触に当たった。

「……中に、核がある!」

 確信と同時に、周囲の泥が一斉に蠢いた。

 逃げ場はない。

 ライトは剣を抜かず、そのまま体重をかける。

 同時に、腕に付着した泥の冷たさが、別の感覚へと変わっていくのを感じた。

 冷たい。

 だが、ただ冷たいだけじゃない。

 流れ。

 重さ。

 形。

 それらが、頭ではなく身体に染み込んでくる。

 剣を引き抜く。

 核が砕け、魔獣の身体が崩れ落ちた。

 一体目。

 だが、終わりじゃない。

 残る二体が、地面を盛り上げながら迫る。

 ライトは息を吸い、吐いた。

 腕を前に出す。

 意識するのは、さっき感じた“流れ”。

 足元の泥が、わずかに動いた。

「……来い」

 小さな変化。

 だが確かに、地面が言うことを聞いた。

 泥が盛り上がり、壁のように立ち上がる。

 魔獣の突進が、それにぶつかり、動きを止めた。

 完全じゃない。

 だが、十分だ。

 ライトは踏み込み、剣を振る。

 二体目、三体目。

 連続で核を断ち切る。

 洞窟に、静けさが戻った。

 ライトはその場に立ち尽くし、荒い息を吐いた。

「……今の、なんだ」

 腕を見る。

 さっきまで動きを鈍らせていた泥は、すでに乾き、剥がれ落ちていた。

 だが、感覚は残っている。

 水とも、土ともつかない、不思議な感触。

 ミリュウが胸元から顔を出し、小さく鳴いた。

「リュリュ」

「ああ……俺も驚いてる」

 偶然じゃない。

 さっきの一瞬、確かに“分かった”。

 この洞窟は、ただの通り道じゃない。

 何かが、ここで起きている。

 ライトは剣を握り直し、さらに奥へと視線を向けた。

 湿った空気の向こうで、まだ知らない気配が、静かに待っている。

 それを感じ取りながら、ライトは一歩、前へ進んだ。
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