追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第79話

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 国境街アレインの上層区は、朝の光を受けて静まり返っていた。石畳は丁寧に磨かれ、建物の影は規則正しく並ぶ。冒険者の喧騒はここまで届かない。勇者パーティに与えられた宿舎は、街の中でも特別な位置にあった。

 カイルは窓辺に立ち、外を見下ろしていた。整えられた街並みの向こうで、巡回兵が交代する。動きは正確で、無駄がない。

「報告は以上だ」

 背後で、アルシアが書類を机に置いた。王都から届いた最新の指示書だ。封蝋はすでに割られ、内容は全員が把握している。

 カイルは振り返らない。

「魔獣の異常活性。街道沿いの被害。集落の被害。どれも局地的だな」

「そうね」アルシアが腕を組む。「数は多くない。でも、被害が散ってる」

 リデルが地図を広げ、指で印をなぞった。

「点で起きてる。線じゃない。だから補給線を断つ、ってやり方が通じない」

「誘導されてる?」アルシアが眉をひそめる。

「可能性はある」リデルは淡々と言った。「でも、露骨すぎる。わざと痕跡を残してる」

 カイルはようやくこちらを向いた。

「見せたい相手がいる、ってことか」

 沈黙が落ちる。

 勇者パーティは、情報を隠される立場ではない。国からの信頼も、権限もある。だが、それでも全てが見えているわけではない。

 グロウが腕を組んだまま低く言った。

「竜だろ」

 短い言葉だったが、全員が理解した。

「例の冒険者」アルシアが続ける。「ライト。竜を連れてる」

「可能性は高い」リデルは頷く。「だが、目的が一致しない。魔獣被害を出せば、調査が入る。目立つ」

「目立たせたいんじゃない?」アルシアが言う。「竜を」

 カイルはしばらく考え、首を横に振った。

「違う。竜だけなら、もっと直接的に来る」

 彼は机に置かれた別の報告書を手に取った。薄い紙束だが、内容は重い。

「集落外縁での戦闘報告。水を使う使い手。連携が取れている。撤退判断が早い」

 リデルが視線を上げる。

「傭兵でもない。盗賊でもない」

「訓練を受けている」グロウが言う。「しかも、命令系統がある」

 アルシアが口を開いた。

「組織?」

「可能性は高い」カイルは即答した。「だが、国の裏ではない。動きが荒い」

 荒い、という評価は意外だった。リデルが首を傾げる。

「荒い、のに統制は取れてる?」

「そうだ」カイルは言った。「だから現場任せだ。全体の設計が雑」

 アルシアは小さく息を吐いた。

「使い捨て前提か」

 その言葉に、誰も否定しなかった。

 リデルは地図を折り、別の資料を取り出す。

「もう一つ気になる点がある」

 彼女が示したのは、別件の依頼記録だった。

「最近、単独行動の冒険者が狙われている。共通点は少ない。でも、生存率が高い」

「生き残ってる?」アルシアが言った。

「逃げられている、が正確」リデルは答える。「致命打を与えない。確認だけして引いている」

 カイルは無言で聞いていたが、やがて言った。

「力量測定だな」

「誰の?」グロウが問う。

「全員だ」カイルは静かに言った。「竜を含めて。冒険者。街の対応。ギルドの動き」

 アルシアが眉を寄せる。

「ずいぶん大きく出たわね」

「だから荒い」カイルは言う。「大きく振るしかない立場だ」

 リデルが言葉を継ぐ。

「黒幕は、余裕がない」

 部屋の空気が、わずかに重くなった。

 カイルは窓の外へ視線を戻す。

「俺たちは、どう動く」

 その問いに、すぐ答えは出なかった。

 アルシアが考え込み、やがて言う。

「ライトを直接追う?」

「違う」カイルは即座に否定した。「それは向こうの望みだ」

「じゃあ、無視?」

「それも違う」

 リデルが言った。

「間に入る。接触点を潰す」

「接触点?」

「集落。街道。小規模依頼」リデルは淡々と列挙する。「黒幕は、そこを通して動いている」

 グロウが頷く。

「補給と情報の中継」

「そう」リデルは続ける。「ライト本人じゃない。周囲だ」

 カイルは少しだけ目を細めた。

「ライトは?」

「放置」リデルは即答した。「今は」

 アルシアが視線を向ける。

「後で問題にならない?」

「なる」リデルは答えた。「でも今じゃない」

 その判断に、カイルは何も言わなかった。

 勇者パーティとしての役割は、被害を抑えることだ。個人の動向に固執することではない。

「決まりだな」

 カイルは背を向け、剣を手に取った。

「街道沿いを押さえる。派手に動かず、静かに潰す」

 アルシアが微笑む。

「地味ね」

「地味でいい」カイルは言う。「目立つ役は、別にいる」

 誰のことか、名前は出なかった。

 だが全員が、同じ人物を思い浮かべていた。

 勇者パーティは動き出す。

 誰にも気づかれないように。

 そしてその選択が、後になって重く響くことを、この時点で知る者はいなかった。
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