追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第93話

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 夜明け前の冷気が、肺の奥まで刺さった。採掘道の脇から抜けた裂け目は人ひとりが通れる程度で、外へ出た瞬間、閉じた空間の匂いが一気に薄れる。

 助け出した七人は、全員が歩ける。だが足取りは重い。視線が泳いだままの者もいる。

「……水、飲ませてやりたい」

 リオナが小さく呟く。

「街まで我慢させる。ここで止まる方が危ない」

 ライトはそう言って、先頭に立った。ミリュウが低く鳴き、周囲を警戒する。

「ミリュ……」

「分かってる。まだ来る」

 アリアが最後尾に回り、剣を肩の高さに構えたまま歩く。フィーナは捕らわれていた者たちの間を縫うようにして、ふらつく者の背や腕にそっと触れた。触れられた者の呼吸が少しだけ整い、目の焦点が戻る。

「……ありがと、精霊、さん」

「ううん。ゆっくりでいい」

 フィーナの声は静かで、押しつけがない。だからこそ、疲れ切った者の心にすっと入る。

 裂け目から街道へ出るまでに、二つの小道を渡った。片方は獣道。もう片方は古い荷運び道で、轍が浅く残っている。最近通った痕跡だ。採掘道の内部だけじゃない。外の道も整えられている。

 ライトは立ち止まらない。歩きながら、頭の中で刻印の線をなぞった。輪の欠け、角の僅かな歪み、外周の二重線。意図のある形だ。これが集められた者の腕にある。末端の男にもある。

 背後で、石が転がる音がした。

 小さい。だが、今の列では紛れない。

 アリアが即座に言う。

「来たぞ」

 リオナが杖を持ち替え、フィーナが捕らわれていた者たちを内側へ寄せる。ライトは振り返り、剣を抜いた。

 木々の間から、影が三つ出た。軽装が二。弓が一。距離を取ったまま、矢を番える。

 矢は普通じゃない。鏃の根元に細い金具が巻かれ、淡い光が走っている。

「魔導矢ね」

 リオナが短く言う。

 矢が放たれた。

 狙いはライトではない。捕らわれていた者の足元だ。足を止めさせ、列を崩すつもり。

 ライトは踏み込む。

「《斬撃強化(大)》」

 刃が矢を叩き落とし、地面に刺さる前に弾く。金具が割れ、光が消えた。

 左右の軽装が同時に詰める。短剣。狙いは脇腹と喉。息の合った動きだ。

 ライトは一歩引かず、重心を落とす。

「《身体強化Lv3》」

 受けるのではなく、押し返す。短剣の軌道を剣でずらし、空いた側の肩へ柄を叩き込む。相手がよろけた瞬間、アリアが横から入り込む。

「甘ぇ!」

 刃が外套を裂き、血が飛んだ。軽装は退く。だが退き方が速い。踏み直して距離を取る。

 弓が二射目を放つ。今度はリオナを狙う。魔導士を潰せば、列の制御が落ちる。

 リオナは足を止めない。杖を振る。

「アイスカッター」

 氷の刃が矢の軌道を切り、鏃が回転して地面へ落ちる。弓が舌打ちした。

 軽装の一人が、地面に小さな筒を投げた。割れる音。白い粉が舞う。目潰しだ。

 ライトは粉の広がりを読む。風に乗せるつもりなら、先に流れを作る。なら、流れをずらす。

「《ウィンドLv2》」

 風が粉を横へ押しやり、捕らわれていた者たちへ届く前に散る。視界が残る。列は崩れない。

 弓が距離を取り直し、今度は矢を上へ向けた。落下角度でまとめて刺す気だ。

 ライトは嫌な予感の方向へ走る。弓の狙いは、列の中央。フィーナの近く。

 フィーナが気配に気づき、足を止めずに手を伸ばす。草が一斉に伸び、地面から束になって起き上がる。盾にするための壁だ。

 矢が降る。

 草に刺さり、何本かがすり抜ける。その一本が、捕らわれていた男の肩をかすめた。

「うっ……!」

 血がにじむ。

 ライトは即座に掌を返した。

「《ウォーターLv2》」

 水が薄く広がり、傷口を押さえるように流れる。止血というほど完璧ではない。だが、痛みで倒れるのを防ぐには足りる。男が歯を食いしばって頷いた。

「……動ける」

「動け。止まるな」

 ライトは弓へ向き直る。距離がある。詰める前にもう一手来る。

 弓が、今度は矢を番えず、腰の金具を引いた。弦に絡む細い鎖。罠だ。絡めて引き倒す。

 ライトは迷わず、地面を蹴る。

 鎖が飛ぶ。

 ライトは剣で受けず、掌を突き出した。

「《サンダーLv1》」

 紫の光が走り、鎖の金具を叩く。金具が弾け、鎖が力を失って地面に落ちた。弓が一瞬だけ動きを止める。そこへアリアが跳ぶ。獣人の脚は速い。距離を縮め、弓の腕を叩き落とす。

 弓が地面に転がった。

 軽装の二人は、もう撤退の姿勢に入っている。目的は撃破ではなく、足止めと確認だ。こちらが護りながら動けるか。捕らわれていた者を守れるか。

 ライトは追わない。逃げる相手を追えば列が割れる。

 だが、逃がしたくないものがある。腕の刻印と、弓の矢の金具。どこから供給されているかの手掛かりだ。

 ライトは倒れた弓の男の腰袋を蹴り開け、中の小箱を引き抜いた。金具の予備が入っている。刻印と同じ輪の意匠が、蓋の裏に彫られていた。

「……これで十分だ」

 リオナが息を整えながら近づく。

「矢、厄介ね。街の外で使うならまだしも、門前で撃たれたら面倒」

「門まで一気に行く」

 アリアが舌打ちする。

「どいつもこいつも引き際だけは綺麗だな」

「綺麗に見えるだけ。逃げ道が用意されてる」

 ライトは淡々と言い、列へ戻った。捕らわれていた者たちの足取りはさっきより確かだ。フィーナの手当てと、気持ちの持ち直しが効いている。

 街の門が見えた頃、空はようやく明るくなり始めた。門番がこちらの人数に目を見開き、次いでミリュウに視線を留める。だが、今は詮索より先に緊急性が勝ったのだろう。ライトの顔を見て頷く。

「ギルドへ?」

「はい。急ぎます」

 ライトは言葉を短くし、門をくぐった。

 街の中は朝の匂いがする。焼きたてのパン、薪の煙、井戸へ向かう足音。いつも通りの景色が、逆に胸をざらつかせる。あの場所から人を運び、選別し、捨てる。そんなことが、この街の裏で起きている。

 ギルドの扉を押し開けた瞬間、ざわめきが一度だけ止まった。七人を連れた一団。血の匂い。煤と土の汚れ。それだけで、何があったか察する者は多い。

 ミィナが顔色を変えて駆け寄ってくる。

「ライトさん! 皆さん……!」

「保護した人がいます。奥へ通してください」

「はい、すぐに!」

 ミィナは周囲に指示を飛ばし、治療担当を呼び、空いている部屋を確保させる。その動きは早い。慣れているのが、嬉しくない。

 ライトはミィナに小箱を渡した。

「これも。魔導矢の金具です」

「分かりました。ギルドマスターにお渡しします」

 グランは既に奥で待っていた。扉を開ける前から、声が聞こえる。

「入れ」

 ライトが入ると、グランは捕らわれていた者たちを見て眉を寄せ、次いで腕の刻印に視線を落とした。机の上には地図と報告書が広がっている。夜明け前から動いていた顔だ。

「……連れて戻ったか」

「はい。七人です。全員、腕に同じ刻印があります」

 ライトは短く説明し、弓と金具、刻印の形、そして採掘道の奥の情報を伝えた。余計な推測は混ぜない。

 グランが頷く。

「よくやった。ここまで揃えば、こちらも動ける」

「奥の案内役の話も出ました。顔を隠した、命令だけ通すやつだと」

 グランの目が細くなる。

「……噂通りだな」

 リオナが口を開く。

「矢が厄介です。門前で使われたら混乱します」

「門番にも警戒を回す。だが、それだけでは足りん」

 グランは地図の川上を指で叩いた。

「次は、こちらが先に踏み込む。刻印の意味を抜き取る。案内役を押さえる。選別場は途中だと言っていた。なら、先がある」

 ライトは頷いた。

「俺たちが行きます」

 グランは即答しない。視線をライトの肩のミリュウへ移し、次いでフィーナ、アリア、リオナへ移す。それから短く言った。

「行かせる。ただし、条件がある」

「何ですか」

「保護した者たちの証言をまとめるまで、半日待て。焦るな。焦れば相手の形に嵌まる」

「分かりました」

 ライトは素直に頷いた。待つのは嫌いだが、今は理由がある。刻印の情報は武器になる。ここで取りこぼせば、助けた意味が薄れる。

 グランが机の端を叩く。

「それと、勇者パーティが街に入った。今朝だ」

 空気が変わる。リオナが目を細め、アリアが鼻で笑い、フィーナが静かに息を吐いた。

 ライトは表情を変えない。

「カイルたちですか」

「ああ。連中は連中のやり方で動く。ぶつかるな。だが、流されるな」

「はい」

 ライトは短く返した。

 ギルドを出る時、ミィナが小さく声をかける。

「ライトさん、皆さんの部屋を確保しました。休める時に休んでください」

「ありがとうございます」

 ライトは礼を言い、廊下の先で仲間たちに目を向けた。アリアは腕を回しながら頷き、リオナは杖を握り直し、フィーナは保護された者たちの様子を見に行く。

 ミリュウが肩で小さく鳴く。

「ミリュ」

「分かってる。半日だけだ」

 外の空は完全に明るい。だが、朝の光が差しても、あの刻印の黒さは消えない。消えないなら、消す方法を見つけるしかない。ライトは歩みを止めず、保護室へ向かった。
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