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皇紀、ドライブ。 横浜篇

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 土曜日の夜。
 俺は皇紀を誘ってドライブに出た。

 皇紀は大人しい優しい性格のため、普段はあまり話をしない。
 たまには男同士で外に出て、いろいろ話をしたかった。



 フェラーリで横浜の金沢の海に行く。

 「お前、柳が好きになったか?」
 俺は行きの車の中で、皇紀に聞く。


 「え、そんな……」
 皇紀は突然の質問に戸惑うが、否定はしねぇ。

 「別に誰を好きになったっていいんだぞ」
 「いえ、でも」

 「カァー! お前は煮え切らねぇ奴だなぁ! 柳は美人だしスタイルもいいし、楽しい奴だしな。いいじゃないか、あの女は」
 「そ、そうですね」

 「お前がドイツ語を勉強してるって言ったら驚いてたぞ」
 「そうなんですか?」
 皇紀の顔が少し明るくなる。



 「あいつは勉強は真面目で出きる奴だけどな。それ以外のことはあんまりなんだよ。今回はそういうことに気付いたようだな。お前たちのお蔭だ」
 「そうなら嬉しいです」

 「それで柳のどこがいいんだよぅ?」
 皇紀は抵抗したが、俺は無理矢理に聞く。

 「そうですね。顔がキレイなのと、あとは僕なんかにも優しいことですかね」
 年上お姉さんに憧れるガキそのものじゃねぇか。
 


 「オッパイはどうだよ?」
 「僕はそういうのは、あんまり」

 「花岡さんって大きいですよね」
 「ナニ!」

 「タカさんは大きいのがいいんですか?」
 「お前、ちゃんと反撃できる人間になってきたな!」
 俺たちは笑った。



 「別にどっちでもいいんだけどなぁ。緑子なんかは小さいじゃない」
 「そういえば」

 「でもあいつのことも大好きだしな」
 「そうですか」
 「響子なんか何にもねぇ!」
 「アハハハ!」



 車は横浜を抜ける。

 「でもなぁ、花岡さんのは「魔乳」と言ってなぁ」
 「なんですか、マニュウって?」
 「どんなチッパイ好きな奴でも、ロリコンでも、あの乳を見たら魅了されるというものなんだよ」
 「へぇー!」
 「お前も見れば分かる」
 「タカさんは見たんですね!」
 「攻撃するな!」
 
 男同士のくだらない会話はいい。
 まあ、俺は女相手でもエロ話をするが。





 「ちょっと海辺で軽く食べるか」
 「いいですね!」

 俺は横浜市内のスーパーを見つけ、車を停めて買い物をした。
 残ったら亜紀ちゃんたちにも食べさせようと、大量の焼き鳥やその他の惣菜を買い込む。
 出てくると、入り口脇に、花火の露天が出ていた。
 面白そうなので、それも大量に、というかほとんど買い占めた。

 「そんなに買って大丈夫なんですか?」
 「花火っていうのは嫌になるほどやるもんなんだよ」
 「そうなんですか」

 まあ、残るだろうけど、家でもできるしな。
 これも焼き鳥と一緒に土産だ。





 金沢文庫の海岸に着いた。
 皇紀に途中の寺の人形供養を見せて怖がらせようとしたが、門が閉まっていた。
 残念。


 夕涼みだろうか。
 結構子どもを連れた人たちがいて、花火なんかもやっている。
 カップルも多い。

 俺たちはレジャーシートを敷いて、しばらく夜の海を眺めた。


 「こういうのもいいですね」
 皇紀がしんみりと言う。
 こいつは大人しいが、感性は鋭い。




 「俺は昼の海は好きじゃないんだが、夜の海は好きなんだよな」
 「いいですよね」

 《昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか》(dass ich von Licht umgürtet bin. Ach, dass ich dunkel wäre und nächtig!  )


 「ニーチェの言葉だよなぁ。いいだろう!」
 「はい!」

 「ニーチェが言う昼の光というのは、神が人間のために用意したものだ。しかしニーチェは神が死んだことで、それ以外のものを求める必要があった。それが「夜」というものだ」



 俺たちはまた、ニーチェの話で盛り上がる。
 いつの間にか、多くの人が俺たちを囲んでいた。
 何人かがスマホで写真を撮ったり、動画で撮影してるらしい奴もいる。

 俺は一通り話して、周囲の人々に頭を下げた。

 「こんな場所ですいません。息子と話が夢中になってしまいまして」

 「いいえ! すばらしいお話でした!」
 みんなが良かったと言ってくれた。
 皇紀も子どもなのにすごかったとも褒めてもらう。
 俺は嬉しくなり、大量の花火をみなさんに配って一緒にやりましょうと誘った。
 焼き鳥などもみんなに配って、どんどん食べてくださいと言う。



 二十人近い、大人も子どもも、熟年夫婦も若いカップルも、高校生らしき男女もいた。
 みんなで花火大会をやった。
 
 俺は噴射式の花火を両手と口にくわえ、くるくると回った。
 みんなが拍手をしてくれる。
 皇紀が同じことをしたがるので、拳骨を喰らわした。
 みんなが笑う。



 一時間も、それぞれに楽しんでもらった。
 俺は高校生のカップルと仲良くなった。
 女の子の方が、看護師になりたいのだと聞いたからだ。

 「じゃあ、なったらうちの病院へ来いよ!」
 「ほんとですか!」
 俺は名刺を渡した。

 「試験とかあるけどな!」
 「えぇ、コネじゃ入れないんですか!」
 「あたりまえだ!」
 二人は笑って、女の子は絶対に面接に行くと言った。


 花火が全部終わり、集まった人たちが後片付けはやると言ってくれた。
 みんなが駐車場まで見送りに来てくれる。

 俺と皇紀がフェラーリに乗り込むと、みんな驚いていた。
 エンジンを暖気し、手を振って別れた。






 翌週の月曜日。
 一江から先週の報告と今週の予定を聞いた。

 「おう! 問題ないな」
 「はい、ところで」

 一江がスマホで俺に動画を見せる。
 スマホの小さな画面の中で、男が花火をくわえて楽しそうに舞っている。

 「……」

 「これって部長ですよね?」
 「お前、なんでそれを!」

 「大手投稿サイトで、「海辺でニーチェを語るフェラーリの男」という投稿を見つけました」
 「だから、なんでそんなものを」

 「部長、あれからずっと毎日ニーチェとかフェラーリとか検索してるんですよ! アレ、大変だったじゃないですか!」
 「そうか、すまん」

 「そうしたら昨日、投稿を見つけて。動画のURLも貼ってあったんです」
 「もしかして?」

 「そうですよ! 「フェラーリ・ダンディ」ともう繋がってますって!」

 「……」









 その夜。
 俺はうろうろしている皇紀の尻を蹴り、亜紀ちゃんに叱られた。
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