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アーデルハイド

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 イリスが来てから一月ほどが経った。
 イリスの身体は既に万全で、一緒に魔獣を狩るようにもなっていた。

 自分で言うように、イリスの剣技は一流だった。
 もちろん上には上がいるわけだが、少なくとも「一流」を名乗ってもいい。
 クラスB程度の魔獣であれば、単独討伐も可能だ。
 要は、上位パーティに比肩する腕前、ということだ。

 通常はクラスE以下が、単独討伐の可能なレベル。
 クラスDは、平均的なパーティの討伐対象。
 クラスCは、熟練パーティ。
 クラスBであれば、熟練パーティが苦戦するような魔獣だ。
 相応の経験と技術を積み上げたベテランが必要だ。

 クラスAは騎士団が動くレベルになる。
 このクラスを冒険者パーティで倒そうとすれば、頂点に近い実力者のパーティとなる。
 むしろ、もはやパーティではなく、レギオンと呼ばれる大規模パーティくらいだろう。

 その上にクラスS、そしてクラス・ゴッドがあるが、そうなると国家レベルの総力戦だ。
 過去にも、数えるほどしかいない。
 まあ、「いた」ということが重要なのだが。



 イリスを街に連れて行くことにした。
 こいつは身分証を持っていない。
 だから冒険者に登録し、身分証を発行する必要があった。

 俺の家にいる分には問題ないが、今後は街に行くことも多くなるだろうから。

 俺の家は、アルステア王国に近い。
 黒の森に接する、アーデルハイドの街へ向かった。



 「じゃあ、行くか」
 「主、歩いていくのか?」
 「ああ、今日は俺が担いで行くよ」
 「?」

 俺はイリスを肩に乗せ、重力子を操作する。
 身体が浮き、前に進み始める。

 「主、浮いているぞ!」
 
 無視してスピードを上げていく。

 「おい、ちょっと待ってくれ、主!」
 
 音速に近くなっていく。

 「待てって! あーるーじー!」

 と言っている間に着いた。
 イリスはぐったりしている。
 Gとかいろいろあるしなぁ。

 防護壁を乗り越えて入ってもいいのだが、イリスの顔を覚えてもらうためもあって、門番の所へ行く。

 門番は、最敬礼で俺を向かえた。

 「トラティーヤ様!」

 「ああ、今日は同居人を連れて来たんだ」
 「はっ! 同居人の方でありますか!」
 「うん、イリスというから、今後ともよろしく」
 「はっ!」

 イリスは、俺に抱えられたまま手を振った。
 口を開けばいろいろ出そうなので、喋れなかった。
 

 
 街に入り、俺は茶屋でイリスをシャンとさせる。

 「主、あれはないぞ」
 
 心底参っているようだ。
 しかし、剣士として高速機動をこなすイリスであるから、ここまでで堪えているのだ。

 ほんのりと甘い果実水は、イリスの神経を落ち着かせた。



 冒険者ギルドの前は、人だかりがあった。

 俺が近づくと、気付いた人垣が割れ、気付かない者は身体を叩かれて道を開ける。

 「アブソルート・シュアシュテールンク……」

 誰かが呟く。





 怒号が聞こえる。


 「ガキィ! 思い知ったか!」

 大柄の男が、獣人の少女を蹴り飛ばしたところだ。
 その前にも何度も殴られているのだろう。
 少女の顔の何箇所かから、血が滲んでいる。

 カウンターに吹き飛ばされた少女は、それでも立ち上がってナイフを構えた。

 「得物を抜いたからには、覚悟はいいんだな?」

 俺は男の尻を蹴飛ばした。
 男は少女の脇をすり抜けてカウンターに激突し、カウンターは吹っ飛ぶ。


 「最近は、こういうのがギルドの挨拶なのか?」

 俺は外に集まっている連中に聞いた。
 一斉に首を振る。

 ギルドの食堂でテーブルに座っている三人がいる。
 俺を脅えた目で見ている。

 俺は隅で震えているギルド職員に問い質した。

 「どういうことだ?」

 「はい、この冒険者ザウエルが、そこの少女を邪魔だと」
 「どういうことだ!」

 「はい、すみません。その少女が依頼受注のため、カウンターに申し込んでいました! ザウエルが邪魔だと殴り飛ばし、少女と争いになりました!」

 「ギルド長は?」
 「はい、ただいまギルド長会議で、」
 「呼んで来い」
 「はい!」

 「おい、そこの三人」
 「「「はい!」」」

 テーブルの三人が一斉に立ち上がる。
 
 「ザウエルのパーティだな」
 「「「はい!」」」

 「表に出ろ」
 「「「はい!」」」



 俺が「どけ」と言うと、人垣が大きく広がった。

 「イリス! この三人を叩きのめせ!」
 「分かった、主!」

 「おい、お前ら」
 「「「はい!」」」

 「あのエルフに勝てたら、見逃してやるぞ」
 「「「へ?」」」

 「気張れよ」
 「「「はい!」」」



 俺は獣人の少女のところへ行く。
 酷い傷だ。
 今は興奮して立っているが、すぐに気を失う。
 ほとんど命に関わるほど、痛めつけられていた。

 黒い体毛に大き目の三角の耳。
 子どもだから目が丸くて大きい。
 8歳くらいか。

 体毛は顔にはなく、上腕から先もない。
 足には太ももの外側に狭くある程度だ。
 服を着ているから見えないが、身体の前面にもないはずだ。
 背中も背骨に沿って尻尾まで。
 少女の腰には美しく長い漆黒の尻尾があった。
 今は緊張して上がっている。

 それにしても痩せている。
 ろくに食べていないことが分かる。
 身体も臭い。

 街で最底辺の生活をしているのだ。


 こんな子どもをあいつらは。


 「ハイ・ヒール」

 少女の傷は癒え、体力も多少は取り戻した。

 「え? え?」

 少女は驚いている。
 そして俺を見た。


 

 表に出ると、イリスは三人を叩き伏せていた。
 全員、手か足が間違った方向に曲がっている。
 全員、苦しそうに呻いている。

 「おい」
 返事がねぇ。

 「おい」
 「「「……」」」

 「あと一回だぞ。おい」
 「「「はい!」」」

 「あの獣人の女の子はかわいそうだ」
 「「「はい!」」」
 
 「お前ら、金を渡してやれよ」
 「「「……」」」


 「イリス、残りの手足も全部折れ」
 「は、我が主!」

 「待て、待ってくれ!」
 一人の戦士職らしい男が叫んだ。

 「いや、今のは待ったなしだから」
 「頼む、金は出す! これ以上やられたら、明日から喰っていけない!」

 男は有り金を出し、他の二人も全部差し出した。
 
 「ザウエルは持ってこねぇな」
 「そりゃ無理だろう」
 「あ?」
 戦士の男は呻きながら慌ててギルドに入り、ザウエルの金を差し出した。

 



 俺は少女に金を渡した。
 「あいつらが、悪かったってさ」
 少女がニッコリと笑った。

 
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