【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
70 / 276
第二部

20 エレナと晩餐会前の準備

しおりを挟む
 もう晩餐会に参加するための準備をしないといけない時間だ。
 参加予定のないわたしはハーブティーを飲みながらお兄様達の準備を眺める。

 殿下はあまり多くの従者を連れ回ったりしていないから、できることは自分でされる。
 今もウェードが上着を持って後ろに控えているけれど、自分のボタンは自分でしめ、付けた胸飾りシャボが曲がってないかお兄様とお互いに確認して、お兄様がふざけて殿下の胸飾りを斜めにしてみたり、それをランス様が呆れた顔して直したり、上着を着た時にお兄様の髪の毛が乱れたのに気がついた殿下が撫でつけるふりしてさっきの仕返しとばかりに余計に乱れさせたり、それをランス様が呆れた顔して直したり……

 えっ。なにここ。
 楽園なの?
 これが日常なの?
 永遠に見てられるんだけど。

 お茶が進む。

「ねぇ、ウェード。おかわりちょうだい」

 メリーに頼む気分で気軽に声をかけてウェードに冷ややかな視線を向けられる。

 やってしまった。
 ウェードはあくまでも殿下の侍従だ。
 
 主人である殿下のお着替えについてウェードのする事はほとんどないとはいえ、いまお茶を入れてもらおうなんてもってのほかだ。

 なにを言っても取り繕える気がしない。
 黙るしかない……

「ウェード、私とエレナに新しいお茶を入れてもらえないか」

 重苦しい雰囲気に気がついてくれたのか、着替えを終えた殿下が私の隣の席に腰を下ろして、ウェードに指示を出す。
 ウェードは何事もなかったように殿下とわたしの前に新しいお茶を出した。
 一口飲むとミントと柑橘の清廉な香りが通り抜ける。

 昼間の軍服みたいな正装も凛々しい王子様って感じで素敵だったけど、夜会の為に着飾った盛装は甘い雰囲気で、本当の本当におとぎ話の王子様みたい。

 ……お兄様があつらえたばかりの長上着ジュストコールも素敵だったけど、殿下のお召になっている象牙色アイボリー天鵞絨ビロードに金糸刺繍のジュストコールと胴着ジレのセットアップは繊細な刺繍がふんだんに施されていて、見ているだけでうっとりする。

「……ふぅ。さすが王室お抱えの針子が刺す刺繍は丁寧で細やかだわ。糸は一本取りだし、ロングステッチなのに私のショートステッチくらいの幅よ?」
「そうだね。エレナ。素敵な刺繍だけど周りから見るとレディらしからぬ振る舞いだから離れた方がいいと思うよ?」

 お兄様に言われてハッとする。

 豪奢な刺繍に目を奪われて、つい殿下の下腹部に顔を近づけていた。
 殿下はものすごーく気まずそうに顔を逸らして眉間を摘んでいる。

 良くない! エレナ、これは良くないわ!

「ごめんなさい」

 素直に謝って顔を離そうとした瞬間、ジレについている刺繍の入ったくるみボタンがひとつだけ違うのに目が止まる。

「ジレのくるみボタン、一つだけ違うわ」
「えっ。違う? ……全部同じにしか見えないじゃないか」

 お兄様はそう言って、わたしと反対側の殿下の隣に座って殿下のジレを覗き込む。

「お兄様。ちゃんと見て? 全然違うわ。ほら、糸の色が少しだけ違うし、他のボタンの刺繍のステッチ幅は均等だけど、一番上のボタンは少し針を刺す幅が不均等だわ」
「……それって、一番上のボタンだけ下手ってこと? 僕にはどれも丁寧に刺繍してるようにしか見えないけど……」
「違うわ。他のボタンは針の運びが均等で丁寧な仕事が職人の矜持を感じるけど、一番上のボタンは丁寧だけど温かみがあって想いを込めて刺しているのが伝わるわ。きっと御守りになる様に願いを込めているのね」

 わたしが自慢げに持論を展開するとお兄様の視線がどんどん冷ややかになっていく。

「……エレナの刺繍に対する常軌を逸した情熱はよくわかったよ」
「からかわないで」
「エレナには違いがわかるんだね」

 わたしとお兄様の会話を聞いていた殿下がそっとボタンに触れる。
 慈しむような優しい笑顔。
 ボタンに向けられたその眼差しにチクリと胸が痛む。

 そうだ。
 王室のお抱えの針子だとしたらみんな職人の矜持を感じる仕事をしてないと不自然だ。
 御守りになるような心のこもった刺繍は、王室に勤められるような優秀な針子の仕事として違和感がある。

 もしかして、殿下を慕う女性からの贈り物なのかしら……
 そして、その女性を殿下は寵愛していたりするの?
 エレナは殿下の婚約者なのに、普段の殿下の事をほとんど知らない。
 小さい頃に妹のように可愛がって下さったって記憶があるだけ。

「このボタンはね、昔母上が私のために刺繍を入れてくれたものを付け替えてもらったものなんだ。失敗できない大切な場に赴く時にこのボタンが着いた服を着ることで母上が私を護って下さるんだ」

 そう言ってボタンに向けた優しい眼差しのまま私を見つめる。

 殿下のお母様である王妃様は、殿下が子供の頃亡くなられている。
 マザコンな発言も、殿下が言うと亡くなった王妃様の事を本当に大切に思われている事に胸がキュッとする。

「想いを込めて刺した刺繍を、こんなに大切にしてもらえたら、きっと嬉しいわ」
「そうかな」
「えぇ。こないだ殿下が私が刺繍したハンカチを大切に使って下さっていたのを見てわたしはとても嬉しかっもの。きっと王妃様も嬉しいと思うはずだわ」

 そう言って笑いかけると、殿下は自分の胸元に手を触れて嬉しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。

みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。 ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。 失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。 ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。 こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。 二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

処理中です...