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第二部
46 エレナと羊の毛刈り競争
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『……エリオットって貴族のお坊ちゃんなのよね? なんで、あんなに手際がいいの?』
お兄様は逃げまどう羊の中で大人しそうな子をいの一番に捕まえる。
さっさと手脚を縛って鼻歌を唄いながら軽やかに毛刈りをはじめて、ぶっちぎり一位を独走中だ。
ライバルのはずのユーゴは羊を捕まえることすらままならずに、参加者に助けてもらっていた。
『お兄様はもともと器用なのもあると思うんですけど、わたしが編み物をするために育ててる羊たちの毛刈りを毎年してくださってるから、慣れてるんです』
エレナのおねだりで毎年何匹も羊の毛刈りをしているお兄様と、普段は屋敷の仕事の手伝いしていて毛刈りに縁はなくてこの競争に出るためだけに付け焼き刃でやってるユーゴじゃ話にならない。
ユーゴはお兄様に歯が立たなくて焦ってるし、他の参加者達は本気を出せばお兄様に勝てるんだろうけど、ユーゴを勝たせるようにおじいちゃん達に言い聞かされてて本気を出していいものなのか判断に迷っている。
昼前の盛り上がりが嘘みたいにどんよりとした空気が流れている。
観客のおじいちゃん達はフラストレーションが溜まってきたのか「若様は領地のことを分かってない」とか「ご婚約もされずにフラフラされて恥晒しだとか」好き勝手言ってて居た堪れない。
ヒェッヒエに冷え切った空気の中で羊の毛を刈りきったお兄様は、羊の縄を解いて牧場に放つ。
悠然と立ち上がり、毛刈り用の鋏を指にかけてまわし、パシっと受け止めると、わたしたちの天幕に向かって仰々しくお辞儀をする。
『かっこいぃ』
わたしの横でアイラン様がうっとり呟く。
お兄様は自分がイケメンだって分かってて、どうすればかっこいいか計算してやってるんだもの。
あんなあざとい事やられたらときめくよね。
お兄様はまだまだ毛刈り中のユーゴに近寄ると、これ見よがしにユーゴの足元に自分が刈り取った羊毛を投げ落とす。
「これ、ユーゴの分と一緒に洗いに出しといてね」
羊の油でベトベトになった手で呆然としているユーゴの頭をこねくり回す。
酷い……ユーゴの頭で手を拭ってる。くるくるふわふわの髪の毛がぺたんこになる。
まぁ、そんくらいされて当然か。
お兄様は軽やかにわたしたちに向かって歩き出しながら、手を叩きみんなの注目を集める。
「みんな聞いて! 僕は今回王室の特使としてイスファーン王国と交易の取り交わしに携わらせていただいたんだ! その中で我が領地の羊毛の質の高さを認めていただき、取引いただけることになった! すでに知っている者もいるかもしれないけど、エレナの隣にいらっしゃるのがイスファーン王国のお姫様だ!」
実情を知らない領民達からしたら、お兄様が王室の特使として偉業を成し遂げたみたいになっててざわめきがおこる。
間違った事は言っていないけれど、話を盛りすぎじゃない?
領民達の視線が、わたしたちのいる天幕に集まる。
『ねぇ、エレナ、なんでみんなわたしたちを見るの?』
『えっと、お兄様がアイラン様の紹介をされています』
当たり障りのない回答をわたしがしている間も、お兄様は観客に朗々と説明しながらこちらに向かってくる。
「急に僕が毛刈り競争に参加してみんな戸惑ったかもしれない。実は、さっきアイラン様からこの競争で優勝したら褒美をいただく約束をしたんだ! ねぇ。みんな! いまから僕はアイラン様に求婚しようと思う! 応援してくれないか!」
お兄様が高らかに宣言すると、ちょっと前まであんなにお兄様に不満そうだった領民たちから、歓声があがる。
これから国をあげて取引をしようとしている相手国のお姫様が、自分のとこの若様に嫁いできてくれるかもしれないなんて、そりゃ盛り上がる。
お兄様はお人好しで、暢気で、争い事が嫌いだからいつもニコニコ笑ってて、人の懐に入るのがうまい。
多少浅慮な所はあるけれど、人ったらしでみんなすぐお兄様を好きになる。
悪役になっても、結局はみんなお兄様の口車に乗ってお兄様を応援しちゃう。
アイラン様の前に止まったお兄様は、芝居がかった仕草で跪く。
『アイラン王女殿下! 僕と結婚していただけませんか!』
喧騒の中、アイラン様は顔を赤くして金色の瞳を見開き、口をパクパクさせている。
『なっ何を言っているの⁈ こんな大観衆の前でそんなこと言ったら後戻りできないのよ⁈』
お兄様とわたしは顔を見合わせる。
あれ? おかしい。
『ご褒美に、僕にアイラン様をくださるんじゃなかったのですか?』
お兄様はアイラン様の顔を覗き込む。
『えっ? わっ、わたしは、エリオットが頑張れる様に……ご褒美にエリオットが欲しがっていた編み機を用意してあげようと思っていたのよ⁈ えっ? わたしが? わたしがご褒美? えっ? ええっ⁈ わたしと結婚? エリオットが?』
首筋まで真っ赤にしたアイラン様は、プチパニックを起こしている。
そうか、編み機か。
確かに編み機をご褒美にぶら下げられたら、お兄様は頑張るって思うよね。
アイラン様ってばお兄様の事よくわかってらっしゃって、素敵な案をお考えになっていたのね……
『……エリオットは、わたしと結婚したくて頑張ったの?』
『もちろんです。編み機は……是非嫁入り道具としてお持ちください』
お兄様は何事もなかった様にそう言い放ち、ここ一番の笑顔をアイラン様に向けたその途端……
『ひぃぃぃぃ……』
息を吸う様な悲鳴と共にドサっと倒れる音がする。
ネネイが目眩を起こしてアイラン様の後ろで倒れていた。
お兄様は逃げまどう羊の中で大人しそうな子をいの一番に捕まえる。
さっさと手脚を縛って鼻歌を唄いながら軽やかに毛刈りをはじめて、ぶっちぎり一位を独走中だ。
ライバルのはずのユーゴは羊を捕まえることすらままならずに、参加者に助けてもらっていた。
『お兄様はもともと器用なのもあると思うんですけど、わたしが編み物をするために育ててる羊たちの毛刈りを毎年してくださってるから、慣れてるんです』
エレナのおねだりで毎年何匹も羊の毛刈りをしているお兄様と、普段は屋敷の仕事の手伝いしていて毛刈りに縁はなくてこの競争に出るためだけに付け焼き刃でやってるユーゴじゃ話にならない。
ユーゴはお兄様に歯が立たなくて焦ってるし、他の参加者達は本気を出せばお兄様に勝てるんだろうけど、ユーゴを勝たせるようにおじいちゃん達に言い聞かされてて本気を出していいものなのか判断に迷っている。
昼前の盛り上がりが嘘みたいにどんよりとした空気が流れている。
観客のおじいちゃん達はフラストレーションが溜まってきたのか「若様は領地のことを分かってない」とか「ご婚約もされずにフラフラされて恥晒しだとか」好き勝手言ってて居た堪れない。
ヒェッヒエに冷え切った空気の中で羊の毛を刈りきったお兄様は、羊の縄を解いて牧場に放つ。
悠然と立ち上がり、毛刈り用の鋏を指にかけてまわし、パシっと受け止めると、わたしたちの天幕に向かって仰々しくお辞儀をする。
『かっこいぃ』
わたしの横でアイラン様がうっとり呟く。
お兄様は自分がイケメンだって分かってて、どうすればかっこいいか計算してやってるんだもの。
あんなあざとい事やられたらときめくよね。
お兄様はまだまだ毛刈り中のユーゴに近寄ると、これ見よがしにユーゴの足元に自分が刈り取った羊毛を投げ落とす。
「これ、ユーゴの分と一緒に洗いに出しといてね」
羊の油でベトベトになった手で呆然としているユーゴの頭をこねくり回す。
酷い……ユーゴの頭で手を拭ってる。くるくるふわふわの髪の毛がぺたんこになる。
まぁ、そんくらいされて当然か。
お兄様は軽やかにわたしたちに向かって歩き出しながら、手を叩きみんなの注目を集める。
「みんな聞いて! 僕は今回王室の特使としてイスファーン王国と交易の取り交わしに携わらせていただいたんだ! その中で我が領地の羊毛の質の高さを認めていただき、取引いただけることになった! すでに知っている者もいるかもしれないけど、エレナの隣にいらっしゃるのがイスファーン王国のお姫様だ!」
実情を知らない領民達からしたら、お兄様が王室の特使として偉業を成し遂げたみたいになっててざわめきがおこる。
間違った事は言っていないけれど、話を盛りすぎじゃない?
領民達の視線が、わたしたちのいる天幕に集まる。
『ねぇ、エレナ、なんでみんなわたしたちを見るの?』
『えっと、お兄様がアイラン様の紹介をされています』
当たり障りのない回答をわたしがしている間も、お兄様は観客に朗々と説明しながらこちらに向かってくる。
「急に僕が毛刈り競争に参加してみんな戸惑ったかもしれない。実は、さっきアイラン様からこの競争で優勝したら褒美をいただく約束をしたんだ! ねぇ。みんな! いまから僕はアイラン様に求婚しようと思う! 応援してくれないか!」
お兄様が高らかに宣言すると、ちょっと前まであんなにお兄様に不満そうだった領民たちから、歓声があがる。
これから国をあげて取引をしようとしている相手国のお姫様が、自分のとこの若様に嫁いできてくれるかもしれないなんて、そりゃ盛り上がる。
お兄様はお人好しで、暢気で、争い事が嫌いだからいつもニコニコ笑ってて、人の懐に入るのがうまい。
多少浅慮な所はあるけれど、人ったらしでみんなすぐお兄様を好きになる。
悪役になっても、結局はみんなお兄様の口車に乗ってお兄様を応援しちゃう。
アイラン様の前に止まったお兄様は、芝居がかった仕草で跪く。
『アイラン王女殿下! 僕と結婚していただけませんか!』
喧騒の中、アイラン様は顔を赤くして金色の瞳を見開き、口をパクパクさせている。
『なっ何を言っているの⁈ こんな大観衆の前でそんなこと言ったら後戻りできないのよ⁈』
お兄様とわたしは顔を見合わせる。
あれ? おかしい。
『ご褒美に、僕にアイラン様をくださるんじゃなかったのですか?』
お兄様はアイラン様の顔を覗き込む。
『えっ? わっ、わたしは、エリオットが頑張れる様に……ご褒美にエリオットが欲しがっていた編み機を用意してあげようと思っていたのよ⁈ えっ? わたしが? わたしがご褒美? えっ? ええっ⁈ わたしと結婚? エリオットが?』
首筋まで真っ赤にしたアイラン様は、プチパニックを起こしている。
そうか、編み機か。
確かに編み機をご褒美にぶら下げられたら、お兄様は頑張るって思うよね。
アイラン様ってばお兄様の事よくわかってらっしゃって、素敵な案をお考えになっていたのね……
『……エリオットは、わたしと結婚したくて頑張ったの?』
『もちろんです。編み機は……是非嫁入り道具としてお持ちください』
お兄様は何事もなかった様にそう言い放ち、ここ一番の笑顔をアイラン様に向けたその途端……
『ひぃぃぃぃ……』
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