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第三部
37 エレナと殿下と殿下の運命の番(つがい)と道ならぬ恋
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お兄様が手伝いはじめて数日経っても、殿下は相変わらず部屋にこもり、感じの悪い役人が運び込む書類に囲まれているようだった。
『エリオットに秘密で刺繍ができるのはいいけど、せっかく新婚なのに顔を合わせる時間が少なくて寂しいわ』
昼食を終えた私たちは応接室に移動して、刺繍の準備をする。手を止めたアイラン様が呟いた。
確かにさっきも昼食の時間だからと、ユーゴにお誘いしにいかせたけれど、出てこなかった。
殿下の側近であるランス様や侍従のウェードが部屋に食事を運び込んでいるから食べてないなんてことはないんだろうけど。
お兄様は朝食くらいしか私たちと一緒にいる時間はない。もちろん殿下にいたっては朝食すらご一緒する時間もない。
『そうですね』
わたしは裁縫箱を広げ、刺繍に取り掛かろうとしていた。
『じゃあエレナ。探りを入れてきなさい』
『え?』
『今度はうまくやりなさいよ。こないだエレナとユーゴに探りを入れさせた時は、入れ違いになってエリオットに何があったのか、結局分からずじまいだったじゃない。まあ、すぐにいつものエリオットに戻ったみたいだから、大したことないと思ってエレナを咎めることはしなかったけど。いい? 次はないわよ』
『ええっ!』
『ほら、行ってきなさい! エレナだってシリル殿下と会えなくて寂しいでしょ!』
有無を言わせぬ勢いでアイラン様に応接室を追い出された。
あの日、お兄様と殿下が言い争っていたのは、わたしの心の中で留めておいて、誰にも伝えていない。
ユーゴに潜入させたけど、入れ違いになって収穫は何もなかったことになっている。
仕方ない。
諦めて、まずは厨房に向かう。わたしもユーゴに習って、潜入道具のコップと水差しを入手した。
水は重いので減らしてもらうと、わたしは銀盆に乗せてゆっくり歩く。
お母様から淑女教育を受けている賜物なのか、姿勢よく歩けるので、水をこぼしたりコップを倒すような心配はない。
集中して歩いていると、玄関ホールから騒ぎが聞こえる。
覗いてみるといつもの感じの悪い役人がランス様とブライアン様、それにジェレミー様と言い争いをしている。
ウェードは流石に声を荒げることはないけれど、書類入れを抱え役人に冷ややかな視線を送っていた。
聞こえた話から察するに、相変わらず書類の不備が多いらしい。不備を直せと突き返そうとするランス様と、それの援護をしているブライアン様にジェレミー様。
とにかく署名をしろと折れない役人という構図のようだった。
殿下は不備を見つけても特に調整が必要ないものは殿下ご自身が修正して、どうにもならないものだけ不備で返していたらしい。
お兄様は翻訳だけして、不備は全件突き返してるから、急に書類の返却が増えた上に殿下の署名は相変わらず増えないと不満しきりだ。
でも、役人が翻訳をきちんとしないからいけないんだものね。仕方ないわ。
きっとあの役人も、お兄様と殿下の恋を前に進めるためのきっかけになるキャラなのね。
じゃなきゃ、殿下に書類を運んでるくらいだからそれなりの貴族の息子だろうに、あんなに感じ悪くて仕事ができないなんてありえないもの。
わたしは、騒ぎには近寄らないように遠回りして殿下のいる部屋に向かう。
足取りは重たい。
……殿下のお付きのメンバーがみんな出払ってるから、二人きりになった殿下とお兄様は、そろそろお互いの気持ちに素直になった頃だったりして。
ちょっと前なら殿下とお兄様が同じ画角にいるだけで尊いと興奮してたけれど、エレナの気持ちが手に取るようにわかる今、はしゃげるはずもない。
殿下がいらっしゃる部屋に近づくとお兄様と殿下の声が聞こえる。
ドアかうっすら開いていた。
きっとドアをきっちりと閉めるまで気が回らないほど、あの役人を追い出すのにみんな躍起になってたのね……
「…………エリオット…………なんだ」
「やめて……聞きたくない!」
「……運命なんだ……諦めろ」
え?
運命って言った?
心臓が口から飛び出るほど、バクバクしている。
わたしは動揺を抑えながらドアに近づく。
覗き込んだ先にいたのは……
ソファに座るお兄様に、覆い被さるようして顔を寄せる殿下。
お兄様の耳元に何かを囁いている。
──嫌ぁっ! やめて!
ガシャン‼︎
動揺が抑えきれなかったわたしは、手に持っていた銀盆をひっくり返してしまった。
『エリオットに秘密で刺繍ができるのはいいけど、せっかく新婚なのに顔を合わせる時間が少なくて寂しいわ』
昼食を終えた私たちは応接室に移動して、刺繍の準備をする。手を止めたアイラン様が呟いた。
確かにさっきも昼食の時間だからと、ユーゴにお誘いしにいかせたけれど、出てこなかった。
殿下の側近であるランス様や侍従のウェードが部屋に食事を運び込んでいるから食べてないなんてことはないんだろうけど。
お兄様は朝食くらいしか私たちと一緒にいる時間はない。もちろん殿下にいたっては朝食すらご一緒する時間もない。
『そうですね』
わたしは裁縫箱を広げ、刺繍に取り掛かろうとしていた。
『じゃあエレナ。探りを入れてきなさい』
『え?』
『今度はうまくやりなさいよ。こないだエレナとユーゴに探りを入れさせた時は、入れ違いになってエリオットに何があったのか、結局分からずじまいだったじゃない。まあ、すぐにいつものエリオットに戻ったみたいだから、大したことないと思ってエレナを咎めることはしなかったけど。いい? 次はないわよ』
『ええっ!』
『ほら、行ってきなさい! エレナだってシリル殿下と会えなくて寂しいでしょ!』
有無を言わせぬ勢いでアイラン様に応接室を追い出された。
あの日、お兄様と殿下が言い争っていたのは、わたしの心の中で留めておいて、誰にも伝えていない。
ユーゴに潜入させたけど、入れ違いになって収穫は何もなかったことになっている。
仕方ない。
諦めて、まずは厨房に向かう。わたしもユーゴに習って、潜入道具のコップと水差しを入手した。
水は重いので減らしてもらうと、わたしは銀盆に乗せてゆっくり歩く。
お母様から淑女教育を受けている賜物なのか、姿勢よく歩けるので、水をこぼしたりコップを倒すような心配はない。
集中して歩いていると、玄関ホールから騒ぎが聞こえる。
覗いてみるといつもの感じの悪い役人がランス様とブライアン様、それにジェレミー様と言い争いをしている。
ウェードは流石に声を荒げることはないけれど、書類入れを抱え役人に冷ややかな視線を送っていた。
聞こえた話から察するに、相変わらず書類の不備が多いらしい。不備を直せと突き返そうとするランス様と、それの援護をしているブライアン様にジェレミー様。
とにかく署名をしろと折れない役人という構図のようだった。
殿下は不備を見つけても特に調整が必要ないものは殿下ご自身が修正して、どうにもならないものだけ不備で返していたらしい。
お兄様は翻訳だけして、不備は全件突き返してるから、急に書類の返却が増えた上に殿下の署名は相変わらず増えないと不満しきりだ。
でも、役人が翻訳をきちんとしないからいけないんだものね。仕方ないわ。
きっとあの役人も、お兄様と殿下の恋を前に進めるためのきっかけになるキャラなのね。
じゃなきゃ、殿下に書類を運んでるくらいだからそれなりの貴族の息子だろうに、あんなに感じ悪くて仕事ができないなんてありえないもの。
わたしは、騒ぎには近寄らないように遠回りして殿下のいる部屋に向かう。
足取りは重たい。
……殿下のお付きのメンバーがみんな出払ってるから、二人きりになった殿下とお兄様は、そろそろお互いの気持ちに素直になった頃だったりして。
ちょっと前なら殿下とお兄様が同じ画角にいるだけで尊いと興奮してたけれど、エレナの気持ちが手に取るようにわかる今、はしゃげるはずもない。
殿下がいらっしゃる部屋に近づくとお兄様と殿下の声が聞こえる。
ドアかうっすら開いていた。
きっとドアをきっちりと閉めるまで気が回らないほど、あの役人を追い出すのにみんな躍起になってたのね……
「…………エリオット…………なんだ」
「やめて……聞きたくない!」
「……運命なんだ……諦めろ」
え?
運命って言った?
心臓が口から飛び出るほど、バクバクしている。
わたしは動揺を抑えながらドアに近づく。
覗き込んだ先にいたのは……
ソファに座るお兄様に、覆い被さるようして顔を寄せる殿下。
お兄様の耳元に何かを囁いている。
──嫌ぁっ! やめて!
ガシャン‼︎
動揺が抑えきれなかったわたしは、手に持っていた銀盆をひっくり返してしまった。
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