143 / 276
第三部
42 エレナと新しい役人
しおりを挟む
「お世話になります!」
わたしもアイラン様の待つ応接室に戻ろうと廊下に出たところで、ざわめきと明るく朗らかな声が玄関ホールから聞こえた。
もしかして噂の新しい文書係?
気になって玄関を覗く。
「あ! トワイン侯爵令嬢様、お久しぶりです!」
数人の役人達が玄関で待機している中で目ざとくわたしを見つけたのは、派手な顔をした青年だった。
お兄様の婚約式が執り行われたボルボラ諸島の案内をしてくれた役人だ。
小さな集団から抜けて、わたしに近づいてくる。
「デスティモナ伯爵令息様、お久しぶりでございます」
「覚えていてくださったんですね!」
家格が違うとはいえ、十歳くらいは年下の少女であるエレナに愛想よく振る舞ってくれる。
今朝大騒ぎしていた感じの悪い役人とは大違いだ。
人好きする笑顔は国内随一の資産家の処世術なのかしら。
デスティモナ伯爵令息の笑顔に心が軽くなった。
「もちろん。熱心に島の案内をしてくださったのに忘れたりしませんわ」
「では、あのお話もご記憶ございますか?」
そう言ってウィンクをする。
真珠のアクセサリーを広めるようにお願いされた件だ。
「ふふ。真珠のアクセサリーはわたしの一存では買えませんから、ご期待には添えませんわよ」
「と言うことは、広めていただくのはお願いできるのですね? トワイン侯爵とお会いする機会を作ってくださいますか? 旧知の工房で真珠を使ったアクセサリーを試作してましてね。いまなら特別価格でお譲りできますよ」
「あら。お父様に伝えておきますわ」
「ありがとうございます。よろしければお近づきの印に、私の事はハロルドとお呼びください」
「では、ハロルド様。わたしのこともエレナとお呼びください」
「エレナ様。以後お付き合いのほどよろしくお願いします」
ハロルド様とクスクス笑いながら貴族っぽい会話を交わす。
お兄様と幼い頃にした、社交界ごっこみたいだ。
冗談めかしているけれど、本当になったら儲け物と思ってるんだろう。
なんとなくお兄様に似てるハロルド様の振る舞いに、親近感が湧く。
「そうだわ。もしかしてハロルド様がいらっしゃったのって?」
「ええ。最近、文書室内で異動がありまして、私が王太子殿下に書類をお届けに上がることになりました」
「まあ! そうなんですか! それはよかった……」
そこまで言ってハッと気がつく。
今までの文書係の不満を、同じ文書係のハロルド様にいうのはよくないことなんじゃ?
「ご迷惑をおかけしていたみたいで申し訳ありません」
ハロルド様は頭を下げた。
「そんな、わたしに謝るようなことは何もないわ」
「いえ、お忙しい殿下のお手をことさら煩わせてしまっていたことで、ご婚約者のエレナ様との時間を奪ってしまいましたから」
殿下の手を煩わせなかったとしても、エレナとの時間に使ってくれたとは思えない。
わたしは曖昧な笑みを浮かべる。
「これからはお時間が増えるはずですので、ご期待くださいね」
そう言って破顔したハロルド様は、同僚の役人達に呼ばれて殿下の元へ向かっていった。
期待ね……
するだけ無駄だと思うけれど……
わたしはため息をついて応接室に向かった。
***
『エレナったら。エリオットにバラしちゃったの?』
部屋に戻るなりアイラン様はわたしに睨みつけるような視線を送る。
あっ!
そうだ、さっき勢いでアイラン様がお兄様に内緒で刺繍をしているのをバラしてしまった。
『ごめんなさい』
わたしは謝り、先に戻っていたお兄様を睨む。
お兄様がバラさなかったらバレなかったのに!
『まあ、バラすの遅いくらいね』
『え?』
『エレナもユーゴもおしゃべりだから、もっと早くバレると思ったのに、二人ともバラさないんだもの。待ちくたびれたわ』
『……どういうことですか?』
アイラン様はフフンと鼻で笑う。
『わたしが自分でエリオットに言うより、人づてに聞いた方が効果的でしょう? 駆け引きよ。駆け引き。そんなこともわからないの?』
全然わからない。
そんな駆け引き効果的なのかしら。
お兄様はニコニコでアイラン様を見つめていた。
「駆け引きになってるの?」
わたしはお兄様の隣に座り、小声で尋ねる。
「ふふふ。僕によく思われたいからって、こんな小賢しい駆け引きしちゃうなんて、堪らなく可愛いよね」
お兄様の回答にわたしは鼻白んだ。
わたしもアイラン様の待つ応接室に戻ろうと廊下に出たところで、ざわめきと明るく朗らかな声が玄関ホールから聞こえた。
もしかして噂の新しい文書係?
気になって玄関を覗く。
「あ! トワイン侯爵令嬢様、お久しぶりです!」
数人の役人達が玄関で待機している中で目ざとくわたしを見つけたのは、派手な顔をした青年だった。
お兄様の婚約式が執り行われたボルボラ諸島の案内をしてくれた役人だ。
小さな集団から抜けて、わたしに近づいてくる。
「デスティモナ伯爵令息様、お久しぶりでございます」
「覚えていてくださったんですね!」
家格が違うとはいえ、十歳くらいは年下の少女であるエレナに愛想よく振る舞ってくれる。
今朝大騒ぎしていた感じの悪い役人とは大違いだ。
人好きする笑顔は国内随一の資産家の処世術なのかしら。
デスティモナ伯爵令息の笑顔に心が軽くなった。
「もちろん。熱心に島の案内をしてくださったのに忘れたりしませんわ」
「では、あのお話もご記憶ございますか?」
そう言ってウィンクをする。
真珠のアクセサリーを広めるようにお願いされた件だ。
「ふふ。真珠のアクセサリーはわたしの一存では買えませんから、ご期待には添えませんわよ」
「と言うことは、広めていただくのはお願いできるのですね? トワイン侯爵とお会いする機会を作ってくださいますか? 旧知の工房で真珠を使ったアクセサリーを試作してましてね。いまなら特別価格でお譲りできますよ」
「あら。お父様に伝えておきますわ」
「ありがとうございます。よろしければお近づきの印に、私の事はハロルドとお呼びください」
「では、ハロルド様。わたしのこともエレナとお呼びください」
「エレナ様。以後お付き合いのほどよろしくお願いします」
ハロルド様とクスクス笑いながら貴族っぽい会話を交わす。
お兄様と幼い頃にした、社交界ごっこみたいだ。
冗談めかしているけれど、本当になったら儲け物と思ってるんだろう。
なんとなくお兄様に似てるハロルド様の振る舞いに、親近感が湧く。
「そうだわ。もしかしてハロルド様がいらっしゃったのって?」
「ええ。最近、文書室内で異動がありまして、私が王太子殿下に書類をお届けに上がることになりました」
「まあ! そうなんですか! それはよかった……」
そこまで言ってハッと気がつく。
今までの文書係の不満を、同じ文書係のハロルド様にいうのはよくないことなんじゃ?
「ご迷惑をおかけしていたみたいで申し訳ありません」
ハロルド様は頭を下げた。
「そんな、わたしに謝るようなことは何もないわ」
「いえ、お忙しい殿下のお手をことさら煩わせてしまっていたことで、ご婚約者のエレナ様との時間を奪ってしまいましたから」
殿下の手を煩わせなかったとしても、エレナとの時間に使ってくれたとは思えない。
わたしは曖昧な笑みを浮かべる。
「これからはお時間が増えるはずですので、ご期待くださいね」
そう言って破顔したハロルド様は、同僚の役人達に呼ばれて殿下の元へ向かっていった。
期待ね……
するだけ無駄だと思うけれど……
わたしはため息をついて応接室に向かった。
***
『エレナったら。エリオットにバラしちゃったの?』
部屋に戻るなりアイラン様はわたしに睨みつけるような視線を送る。
あっ!
そうだ、さっき勢いでアイラン様がお兄様に内緒で刺繍をしているのをバラしてしまった。
『ごめんなさい』
わたしは謝り、先に戻っていたお兄様を睨む。
お兄様がバラさなかったらバレなかったのに!
『まあ、バラすの遅いくらいね』
『え?』
『エレナもユーゴもおしゃべりだから、もっと早くバレると思ったのに、二人ともバラさないんだもの。待ちくたびれたわ』
『……どういうことですか?』
アイラン様はフフンと鼻で笑う。
『わたしが自分でエリオットに言うより、人づてに聞いた方が効果的でしょう? 駆け引きよ。駆け引き。そんなこともわからないの?』
全然わからない。
そんな駆け引き効果的なのかしら。
お兄様はニコニコでアイラン様を見つめていた。
「駆け引きになってるの?」
わたしはお兄様の隣に座り、小声で尋ねる。
「ふふふ。僕によく思われたいからって、こんな小賢しい駆け引きしちゃうなんて、堪らなく可愛いよね」
お兄様の回答にわたしは鼻白んだ。
20
あなたにおすすめの小説
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない
miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。
断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。
家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。
いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。
「僕の心は君だけの物だ」
あれ? どうしてこうなった!?
※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。
※ご都合主義の展開があるかもです。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる