【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

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第三部

42 エレナと新しい役人

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「お世話になります!」

 わたしもアイラン様の待つ応接室に戻ろうと廊下に出たところで、ざわめきと明るく朗らかな声が玄関ホールから聞こえた。
 もしかして噂の新しい文書係?

 気になって玄関を覗く。

「あ! トワイン侯爵令嬢様、お久しぶりです!」

 数人の役人達が玄関で待機している中で目ざとくわたしを見つけたのは、派手な顔をした青年だった。
 お兄様の婚約式が執り行われたボルボラ諸島の案内をしてくれた役人だ。
 小さな集団から抜けて、わたしに近づいてくる。

「デスティモナ伯爵令息様、お久しぶりでございます」
「覚えていてくださったんですね!」

 家格が違うとはいえ、十歳くらいは年下の少女であるエレナに愛想よく振る舞ってくれる。
 今朝大騒ぎしていた感じの悪い役人とは大違いだ。
 人好きする笑顔は国内随一の資産家の処世術なのかしら。
 デスティモナ伯爵令息の笑顔に心が軽くなった。

「もちろん。熱心に島の案内をしてくださったのに忘れたりしませんわ」
「では、あのお話もご記憶ございますか?」

 そう言ってウィンクをする。
 真珠のアクセサリーを広めるようにお願いされた件だ。

「ふふ。真珠のアクセサリーはわたしの一存では買えませんから、ご期待には添えませんわよ」
「と言うことは、広めていただくのはお願いできるのですね? トワイン侯爵とお会いする機会を作ってくださいますか? 旧知の工房で真珠を使ったアクセサリーを試作してましてね。いまなら特別価格でお譲りできますよ」
「あら。お父様に伝えておきますわ」
「ありがとうございます。よろしければお近づきの印に、私の事はハロルドとお呼びください」
「では、ハロルド様。わたしのこともエレナとお呼びください」
「エレナ様。以後お付き合いのほどよろしくお願いします」

 ハロルド様とクスクス笑いながら貴族っぽい会話を交わす。
 お兄様と幼い頃にした、社交界ごっこみたいだ。
 冗談めかしているけれど、本当になったら儲け物と思ってるんだろう。
 なんとなくお兄様に似てるハロルド様の振る舞いに、親近感が湧く。

「そうだわ。もしかしてハロルド様がいらっしゃったのって?」
「ええ。最近、文書室内で異動がありまして、私が王太子殿下に書類をお届けに上がることになりました」
「まあ! そうなんですか! それはよかった……」

 そこまで言ってハッと気がつく。
 今までの文書係の不満を、同じ文書係のハロルド様にいうのはよくないことなんじゃ?

「ご迷惑をおかけしていたみたいで申し訳ありません」

 ハロルド様は頭を下げた。

「そんな、わたしに謝るようなことは何もないわ」
「いえ、お忙しい殿下のお手をことさら煩わせてしまっていたことで、ご婚約者のエレナ様との時間を奪ってしまいましたから」

 殿下の手を煩わせなかったとしても、エレナとの時間に使ってくれたとは思えない。
 わたしは曖昧な笑みを浮かべる。

「これからはお時間が増えるはずですので、ご期待くださいね」

 そう言って破顔したハロルド様は、同僚の役人達に呼ばれて殿下の元へ向かっていった。

 期待ね……
 するだけ無駄だと思うけれど……

 わたしはため息をついて応接室に向かった。



***



『エレナったら。エリオットにバラしちゃったの?』

 部屋に戻るなりアイラン様はわたしに睨みつけるような視線を送る。

 あっ!
 そうだ、さっき勢いでアイラン様がお兄様に内緒で刺繍をしているのをバラしてしまった。

『ごめんなさい』

 わたしは謝り、先に戻っていたお兄様を睨む。

 お兄様がバラさなかったらバレなかったのに!

『まあ、バラすの遅いくらいね』
『え?』
『エレナもユーゴもおしゃべりだから、もっと早くバレると思ったのに、二人ともバラさないんだもの。待ちくたびれたわ』
『……どういうことですか?』

 アイラン様はフフンと鼻で笑う。

『わたしが自分でエリオットに言うより、人づてに聞いた方が効果的でしょう? 駆け引きよ。駆け引き。そんなこともわからないの?』

 全然わからない。
 そんな駆け引き効果的なのかしら。
 お兄様はニコニコでアイラン様を見つめていた。

「駆け引きになってるの?」

 わたしはお兄様の隣に座り、小声で尋ねる。

「ふふふ。僕によく思われたいからって、こんな小賢しい駆け引きしちゃうなんて、堪らなく可愛いよね」

 お兄様の回答にわたしは鼻白んだ。
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