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第一部
30 夢見る少女レイシャの誤算【サイドストーリー】
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レイシャは呼び出しを受けて王立学園の回廊を歩く。いつもよりもその足取りは軽かった。
(やっとよ。もうすぐあの人がわたしのものになるの)
誰にでも同じように向けられるあの人の優しい柔らかな微笑みが、自分だけのものになる。そうレイシャは信じて疑わなかった。
レイシャ・トワイン男爵令嬢はヴァーデン王国の中でも由緒あるトワイン侯爵家に連なる一族の一員だ。
父であるトワイン男爵の二代前──つまり、レイシャの曾祖父はトワイン侯爵家に産まれた次男坊だった。
傍系一族のなかでも侯爵家に近い血筋であることはレイシャの誇りだ。
そして、もう一つ誇りにしている事がある。
周りのトワイン一族は領地を持たない者も多く、同じ男爵家という家格でも侯爵家が持つ領地の管理を任されるだけの肩書だけの貴族ばかり。だがレイシャの家は違う。
父は領主だ。
三十年近く前に王国内で立て続けに水害と日照りが起きた。
国内一の穀倉地帯であるトワイン侯爵領は農業と畜産しか大きな産業がない。被害は甚大だった。収穫が減り農地の復旧にも大金が必要になった。納税が果たせず没落寸前とまで言われたトワイン侯爵家を救ったのはレイシャの祖父だった。
当時トワイン侯爵家の持つ領地の管理人をしていた祖父もまた水害や日照りの被害は受けていたが 、商才のある祖父は蒸留酒を王都に卸していた。
侯爵家で生まれ育った曾祖父が道楽で造らせていた贅沢な蒸留酒は美食家たちに好評を博しており高値でも飛ぶように売れていた。
祖父はかなり羽ぶりが良くトワイン一族の中でも一目置かれる存在だった。
困窮した当時のトワイン侯爵は祖父に頭を下げにきたらしい。
祖父は酔うたびに「銀行や他の貴族からの融資もままならない状態のトワイン侯爵家から自身が管理していたこの葡萄畑と蒸溜所を買取りして金の工面に協力してやったんだ」とレイシャ達兄妹に言って聞かせていた。
だというのに、持ち直したトワイン侯爵家から、他のトワイン一族と同じ扱いをされていることはレイシャの祖父にとっては屈辱以外の何物でもなかった。
祖父から「恥知らず」で「恩知らず」なトワイン侯爵家と聞かされて育ったレイシャ達が、本家の娘のくせに流行り物の一つも知らず一族の茶会ですら話が合わずに浮くエレナを馬鹿にするのは自然な流れだった。
(エレナなんかに王太子の婚約者なんて務まるわけないとは思っていたけど、本当に使えない……ううん。あの子が使えないからこそ、わたしに好機が転がってきたんだもの。感謝してあげなきゃね)
あの人─エリオットからの呼び出しにレイシャの心は踊る。
「恥知らず」で「恩知らず」なトワイン侯爵家の中で、エリオットはまさに絵に描いたような貴公子だった。
穏やかで優しいエリオットは昔から女の子達の人気者だった。一族の少女達の憧れだった少年は、社交界にデビューすると瞬く間に貴族令嬢達の憧れの的になった。
いくら親戚とはいえ、王立学園で家格の高いご令嬢に囲まれているエリオットになかなかレイシャも近づくことは叶わない。
そんなレイシャに好機が訪れる。
春先に父親が他の親戚に話していた内容にレイシャは歓喜で震えた。
父は「エレナと王太子の婚約はうまくいかないに違いない。婚約破棄された令嬢なんて見向きもされない。傷物になったエレナをレイモンドが結婚してやることで恩を着せ、レイシャが侯爵家に嫁ぐ事になるだろう」と話していた。
レイモンドはレイシャの兄だ。物好きでエレナのことを揶揄ってばかりいる。エレナが蜘蛛が嫌いなのを知っているのに見せては泣かせてばかりいた。
レイモンドも玩具が手に入れば喜ぶだろう。
そう考えて、レイシャは少しだけ時期を早めるための行動をしたに過ぎない。
(遅かれ早かれこうなることは決まっていたの)
レイシャは呼び出された部屋の前に立ち深呼吸する。
ノックをして名前を名乗ると、ドアが開きエリオットに招き入れられる。
いつもと違う真剣な眼差しにレイシャの心臓は早鐘を打った。
(やっとよ。もうすぐあの人がわたしのものになるの)
誰にでも同じように向けられるあの人の優しい柔らかな微笑みが、自分だけのものになる。そうレイシャは信じて疑わなかった。
レイシャ・トワイン男爵令嬢はヴァーデン王国の中でも由緒あるトワイン侯爵家に連なる一族の一員だ。
父であるトワイン男爵の二代前──つまり、レイシャの曾祖父はトワイン侯爵家に産まれた次男坊だった。
傍系一族のなかでも侯爵家に近い血筋であることはレイシャの誇りだ。
そして、もう一つ誇りにしている事がある。
周りのトワイン一族は領地を持たない者も多く、同じ男爵家という家格でも侯爵家が持つ領地の管理を任されるだけの肩書だけの貴族ばかり。だがレイシャの家は違う。
父は領主だ。
三十年近く前に王国内で立て続けに水害と日照りが起きた。
国内一の穀倉地帯であるトワイン侯爵領は農業と畜産しか大きな産業がない。被害は甚大だった。収穫が減り農地の復旧にも大金が必要になった。納税が果たせず没落寸前とまで言われたトワイン侯爵家を救ったのはレイシャの祖父だった。
当時トワイン侯爵家の持つ領地の管理人をしていた祖父もまた水害や日照りの被害は受けていたが 、商才のある祖父は蒸留酒を王都に卸していた。
侯爵家で生まれ育った曾祖父が道楽で造らせていた贅沢な蒸留酒は美食家たちに好評を博しており高値でも飛ぶように売れていた。
祖父はかなり羽ぶりが良くトワイン一族の中でも一目置かれる存在だった。
困窮した当時のトワイン侯爵は祖父に頭を下げにきたらしい。
祖父は酔うたびに「銀行や他の貴族からの融資もままならない状態のトワイン侯爵家から自身が管理していたこの葡萄畑と蒸溜所を買取りして金の工面に協力してやったんだ」とレイシャ達兄妹に言って聞かせていた。
だというのに、持ち直したトワイン侯爵家から、他のトワイン一族と同じ扱いをされていることはレイシャの祖父にとっては屈辱以外の何物でもなかった。
祖父から「恥知らず」で「恩知らず」なトワイン侯爵家と聞かされて育ったレイシャ達が、本家の娘のくせに流行り物の一つも知らず一族の茶会ですら話が合わずに浮くエレナを馬鹿にするのは自然な流れだった。
(エレナなんかに王太子の婚約者なんて務まるわけないとは思っていたけど、本当に使えない……ううん。あの子が使えないからこそ、わたしに好機が転がってきたんだもの。感謝してあげなきゃね)
あの人─エリオットからの呼び出しにレイシャの心は踊る。
「恥知らず」で「恩知らず」なトワイン侯爵家の中で、エリオットはまさに絵に描いたような貴公子だった。
穏やかで優しいエリオットは昔から女の子達の人気者だった。一族の少女達の憧れだった少年は、社交界にデビューすると瞬く間に貴族令嬢達の憧れの的になった。
いくら親戚とはいえ、王立学園で家格の高いご令嬢に囲まれているエリオットになかなかレイシャも近づくことは叶わない。
そんなレイシャに好機が訪れる。
春先に父親が他の親戚に話していた内容にレイシャは歓喜で震えた。
父は「エレナと王太子の婚約はうまくいかないに違いない。婚約破棄された令嬢なんて見向きもされない。傷物になったエレナをレイモンドが結婚してやることで恩を着せ、レイシャが侯爵家に嫁ぐ事になるだろう」と話していた。
レイモンドはレイシャの兄だ。物好きでエレナのことを揶揄ってばかりいる。エレナが蜘蛛が嫌いなのを知っているのに見せては泣かせてばかりいた。
レイモンドも玩具が手に入れば喜ぶだろう。
そう考えて、レイシャは少しだけ時期を早めるための行動をしたに過ぎない。
(遅かれ早かれこうなることは決まっていたの)
レイシャは呼び出された部屋の前に立ち深呼吸する。
ノックをして名前を名乗ると、ドアが開きエリオットに招き入れられる。
いつもと違う真剣な眼差しにレイシャの心臓は早鐘を打った。
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