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第四部
56 孤児院の少年トビーと女神様【サイドストーリー】
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「トビー! すごい馬車がきたわ! まるで王子さまがお姫さまをむかえにくるみたいな、りっぱな馬車よ!」
小柄なヴィヴィが、おさげを揺らしながら窓際で叫ぶ。
ヴィヴィはもう十歳だっていうのに夢みがちだ。
「立派な馬車?トワイン侯爵家の馬車なら女神さまの馬車だろ」
今日は、トワイン侯爵家のエレナさまが慰問に来る。
オレの奉公先が決まって、明日からそこで住み込みで働く。孤児院で開かれるオレのお別れ会にトワイン侯爵家のエレナさまたちが来てくれる。
今までも寄付だとかいってお菓子やおもちゃを持ってきてくれるお貴族さまはいたけど、僕たちは十把一絡げの親のいない可哀想な子ども扱いだ。あいつらはオレたちが一人一人違う名前を持つ人間だなんて思いもしないに違いない。
そもそもオレたちのことを人間だと思ってるかも怪しい。
でも、エレナさまは違う。礼拝堂の入り口にある女神様の像にそっくりなエレナさまは、本物の女神様みたいに綺麗で優しい。
初めてエレナさまがここにきてくれた時は、オレたちは「嫌なお嬢さま」だって街中で流れていた噂を信じてたから感じの悪い態度を取ってたのに、女神様の格好をしたエレナ様は嫌な顔一つせずお菓子を配ってくれた。しかも渡す時にはちゃんと目を見て一人一人抱きしめて名前を呼んで幸せを祈ってくれた。
本当は小さな子どもにあげるお菓子だから、もうすぐ働きに出なきゃいけないようなオレはもらう資格がないはずなのに、エレナさまは汚れたレンガを手に取って踏み台にしてオレを見下ろすと「まだ、わたしより小さな子どもよ」と宝石みたいな緑色の瞳を細めて抱きしめてくれたんだ。
エレナ様は柔らかくて花みたいないい匂いがした。
夢みがちなヴィヴィだけじゃなくって、オレも祭司様もシスターも孤児院の子ども達も、みんなエレナ様のことを女神様だと思っている。
「エレナ様じゃないわ! ツバメとアザミのマークじゃなくてユリとタカのマークだもの!」
オレは慌てて窓にへばりついて目を凝らす。驚くほど立派な馬車に付いていたのは王室の紋章だ。
馬車から降りてきたのは本物の王子様だった。お人好しの祭司さまがハンカチで汗を拭きながら礼拝堂に招き入れていた。
王子様は人形みたいに心がないなんて聞いた事がある。
だからひどい事が平気でできる。
エレナ様のことを婚約者にしたくせに発表しないのは、時期が来たら捨てるためだって……
ヴィヴィと顔を合わせ、部屋を飛び出した。
オレたちの……いや。オレの女神様を傷つける奴は本物の王子でも許さない。
本当はオレは騎士になりたかったんだ。
夢は叶わなかったけど、本物の騎士なら正義のために悪い王子に立ち向かうはずだ。
そして勇気を出して向かった先にいたのは、エレナ様と自分をモデルにした「恵みの女神様と創世の神様の姿絵」を壁に貼り付けている王子様だった。
しかもなんか付き人の女の人と揉めていて、お人好しな上に気の弱い祭司様はハンカチで汗をひっきりなしに拭いている。
オレとヴィヴィはドアの隙間から様子を窺った。
女の人は「目立つところに貼っていただきたいのですけど?」と嫌味っぽい。
王子様は「いいか。『私のエレナ』を女神だと信じている子どもらのためにこの姿絵を下賜するのを認めただけで、衆目に晒すことも他の礼拝堂にまで配りに行くなども認めていない。そもそも、この姿絵は私がエレナにトワイン領の祭りに誘われた記念にと帰路の途中領都の土産屋に立ち寄り購入した大切なものだ。しかもこの姿絵は大変貴重な品で初版は数も少なく私が買い求めたものが最後だったのだ」なんて真面目な顔で言い返している。
冷たい視線で女の人は「最後って……買い占めただけじゃない。同じ姿絵を百枚は持ってるくせに」と呟くのまで聞こえた。
オレとヴィヴィはまた顔を見合わせる。
「……王子様はエレナ様のこと大好きってこと?」
「……そうみたいだな」
ヴィヴィは満面の笑顔を浮かべる。
「そろそろ、いつもエレナ様が来てくれる時間よ! お迎えに行かなくちゃ」
そう言って玄関に向かって走っていったヴィヴィを見送り、すっかり騎士気分がしぼんだオレは庭に足を向ける。
そして、このあと神話劇が始まりオレのお別れ会どころじゃない騒ぎになることを、この時のオレは知らない。
小柄なヴィヴィが、おさげを揺らしながら窓際で叫ぶ。
ヴィヴィはもう十歳だっていうのに夢みがちだ。
「立派な馬車?トワイン侯爵家の馬車なら女神さまの馬車だろ」
今日は、トワイン侯爵家のエレナさまが慰問に来る。
オレの奉公先が決まって、明日からそこで住み込みで働く。孤児院で開かれるオレのお別れ会にトワイン侯爵家のエレナさまたちが来てくれる。
今までも寄付だとかいってお菓子やおもちゃを持ってきてくれるお貴族さまはいたけど、僕たちは十把一絡げの親のいない可哀想な子ども扱いだ。あいつらはオレたちが一人一人違う名前を持つ人間だなんて思いもしないに違いない。
そもそもオレたちのことを人間だと思ってるかも怪しい。
でも、エレナさまは違う。礼拝堂の入り口にある女神様の像にそっくりなエレナさまは、本物の女神様みたいに綺麗で優しい。
初めてエレナさまがここにきてくれた時は、オレたちは「嫌なお嬢さま」だって街中で流れていた噂を信じてたから感じの悪い態度を取ってたのに、女神様の格好をしたエレナ様は嫌な顔一つせずお菓子を配ってくれた。しかも渡す時にはちゃんと目を見て一人一人抱きしめて名前を呼んで幸せを祈ってくれた。
本当は小さな子どもにあげるお菓子だから、もうすぐ働きに出なきゃいけないようなオレはもらう資格がないはずなのに、エレナさまは汚れたレンガを手に取って踏み台にしてオレを見下ろすと「まだ、わたしより小さな子どもよ」と宝石みたいな緑色の瞳を細めて抱きしめてくれたんだ。
エレナ様は柔らかくて花みたいないい匂いがした。
夢みがちなヴィヴィだけじゃなくって、オレも祭司様もシスターも孤児院の子ども達も、みんなエレナ様のことを女神様だと思っている。
「エレナ様じゃないわ! ツバメとアザミのマークじゃなくてユリとタカのマークだもの!」
オレは慌てて窓にへばりついて目を凝らす。驚くほど立派な馬車に付いていたのは王室の紋章だ。
馬車から降りてきたのは本物の王子様だった。お人好しの祭司さまがハンカチで汗を拭きながら礼拝堂に招き入れていた。
王子様は人形みたいに心がないなんて聞いた事がある。
だからひどい事が平気でできる。
エレナ様のことを婚約者にしたくせに発表しないのは、時期が来たら捨てるためだって……
ヴィヴィと顔を合わせ、部屋を飛び出した。
オレたちの……いや。オレの女神様を傷つける奴は本物の王子でも許さない。
本当はオレは騎士になりたかったんだ。
夢は叶わなかったけど、本物の騎士なら正義のために悪い王子に立ち向かうはずだ。
そして勇気を出して向かった先にいたのは、エレナ様と自分をモデルにした「恵みの女神様と創世の神様の姿絵」を壁に貼り付けている王子様だった。
しかもなんか付き人の女の人と揉めていて、お人好しな上に気の弱い祭司様はハンカチで汗をひっきりなしに拭いている。
オレとヴィヴィはドアの隙間から様子を窺った。
女の人は「目立つところに貼っていただきたいのですけど?」と嫌味っぽい。
王子様は「いいか。『私のエレナ』を女神だと信じている子どもらのためにこの姿絵を下賜するのを認めただけで、衆目に晒すことも他の礼拝堂にまで配りに行くなども認めていない。そもそも、この姿絵は私がエレナにトワイン領の祭りに誘われた記念にと帰路の途中領都の土産屋に立ち寄り購入した大切なものだ。しかもこの姿絵は大変貴重な品で初版は数も少なく私が買い求めたものが最後だったのだ」なんて真面目な顔で言い返している。
冷たい視線で女の人は「最後って……買い占めただけじゃない。同じ姿絵を百枚は持ってるくせに」と呟くのまで聞こえた。
オレとヴィヴィはまた顔を見合わせる。
「……王子様はエレナ様のこと大好きってこと?」
「……そうみたいだな」
ヴィヴィは満面の笑顔を浮かべる。
「そろそろ、いつもエレナ様が来てくれる時間よ! お迎えに行かなくちゃ」
そう言って玄関に向かって走っていったヴィヴィを見送り、すっかり騎士気分がしぼんだオレは庭に足を向ける。
そして、このあと神話劇が始まりオレのお別れ会どころじゃない騒ぎになることを、この時のオレは知らない。
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