【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

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第五部

23 王太子妃付き筆頭侍女候補リリアンナの苛立ち【サイドストーリー】

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「自信満々に『エレナには私の気持ちは伝わっている。手紙は受け取ってくれるだろう』なんて言ってたくせになんてザマなの!」

 大量の手紙の束は開封され便箋が山積みされている。
 茫然自失としている幼馴染に向かい、リリアンナは声を荒げた。

「だから言ったじゃない。シリルの気持ちは兄のように慕ってくれる少女に向ける気持ちとしは重すぎるのよ! いい? いくらエレナ様が女神のように心優しく懐の深い方だからとそれに甘えて厚かましくも自分の気持ちを押し付けて──」
「リリアンナ落ち着け。一応これでもシリルは王太子だ。不敬だぞ」

 リリアンナは自分も不敬な発言をしている夫の顔を一瞥し舌打ちをする。

「だいたいエリオットがこの場ですぐ読ませようとなんてしたからよ!」

 矛先を変えて睨みつけた先ではもう一人の幼馴染が肩をすくめて心外そうな顔をするだけだ。

「えぇっ僕? そんなこと言われても僕は手紙の中身なんて見てないから知らないし、エレナは殿下の手紙ならなんでも喜ぶと思ったんだもの」
「見てなくても何を書いているかくらい想像はついたでしょうよ! 全然お喜びにならなかったじゃない!」
「やだなぁもう。リリィってばそんなに熱い視線を僕に送らないでよ。僕にはこの世でいっちばん可愛い婚約者がいるのに、ランスが僕がリリィにちょっかいかけてるなんて勘違いして嫉妬して睨んできてて怖いからさぁ」

 そんなこと言われずとも、リリアンナは意気地のない夫の片思いの期間を誰よりも知っている。ため息をついてソファに音を立てて座る。
 兄と夫の咎めるような視線は無視を決め込むことにした。

「わかったよ。エレナは泣いて講堂に戻って皆にに心配かけてるだろうから、帰りは迎えに行って心配かけた人たちには説明しておくし、エレナのこともちゃんと慰めておくよ」
「待ってエリオット。どう説明するつもり?」
「殿下の気持ちが気持ち悪くて泣いちゃっただけだよって」
「言っていいことと悪いことがあるのよ」

 リリアンナは自分のことを棚に上げているなと思いつつ、エリオットを責める。

「僕は正直なことが取り柄だからさぁ」

 責められていることは何も響いていない。腹立たしいほど暢気な男に何を言っても無駄だ。

「いつも適当なことばっかり言ってるくせに」
「でも、嘘はつかないよ。それにエレナの隣はスピカ嬢がいるでしょう? どちらにしろ嘘なんてつける状況にないもの」

 スピカは特待生として王立学園アカデミーに通う生徒だ。
 他者に嘘を吐かせないような制限をかける魔法が使える。
 エレナに心酔しているスピカなら、エレナのためであれば自分の力を惜しみなく使うだろう。

 リリアンナが黙るとシンと静かになり室内の空気が重くなる。
 扉を叩く音が沈黙を破った。
 誰何の声に名乗り部屋に入ってきたのは最近シリルが重用している騎士見習いの男だった。
 先ほどまでエレナが座っていたラグを抱えた赤毛の騎士見習いは重い雰囲気に気後れした様子を一瞬見せたが、すぐに笑顔を作りラグを置くとリリアンナや官吏たちに挨拶をする。

「そういえば、さっきエレナ様とお会いしたんですけどエリオット様はよろしいのですか?」

 エリオットは小首を傾げる。

「エリオットなんかに慰めにいかせても騒ぎになるだけだからいいのよ」
「慰め?」
「エレナ様、泣いてらしたでしょう? 胸が痛むわ」
「えっ? お急ぎでしたけど、泣かれてはいませんでしたよ」
「そんなはずないわ。だって泣いてこの部屋を飛び出されていったのよ。きっと涙をこぼしたまま講堂で講義を受けてらっしゃるはずよ」

 赤毛の騎士見習いは「マジか」と呟くと頭をガシガシとかいた。
 リリアンナは赤毛の騎士見習いに何があったのか話すように促す。

「いや、エレナ様がお急ぎのご様子でどこで辻馬車は拾えるの? なんておっしゃってたのでお伝えしちゃいました……」
「辻馬車⁈ 教えたの⁈」

 詰め寄ろうとしたリリアンナは肩を掴まれてバランスを崩す。肩を掴んだ相手の顔を見上げると青ざめた顔をしたシリルだった。

「ジェレミー。エレナはどこに向かったか分かるか⁈」
「はっはい。トワイン邸に戻られるとおっしゃってました。馬車の迎えを待っている時間がない辻馬車に拾える場所を知りたいとお急ぎのご様子でしたので、王立学園アカデミーを出てすぐの大通りで生徒や教師たちを目当てに辻馬車がいくつも並んでいることをお伝えし、ブライアンが大通りまで同行しております」
「わかった。ランス! 馬車の用意を!」

 慌てて飛び出したシリル達を、まだ王室の女官でしかないリリアンナは見送ることしか出来なかった。
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