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第五部
27 エレナの記憶
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「わたしは……今存在しているこの世界とは別の世界に暮らしていたんです」
「別の世界」
わたしの決死の告白も、殿下はキョトンとした顔のままだ。
きっと信じていない。
そうよね。急にそんなこと言われても信じられないわよね。きちんと説明しなくちゃ。
「そうなんです。そのわたしが元々いた世界はこことは全然違くて……そうですね、元々いた世界は科学が発展していたんです。たとえば今度領地に作る編立工場は川の流れを動力にするんですけど、わたしが元々いた世界は電気といって」
「でんき?」
「電気はですね、えっと、どう説明すればいいのかしら。静電気……は電気がわからないと静電気も伝わらないのかしら……えっと、あ! 雷! 雷の力です!」
「雷? 雷の力を動力にするのか? 確かに雷は木を裂くこともあるほどだ。強力な力があるだろうが、水の流れと違い雷は常に発生しているわけではないだろう?」
「雷というのは比喩というか……雷そのものじゃなくて雷みたいな力なんですけど、その力を、えっと発電……そうだ! 火や水の力を使って作るんですけど……あれ? また水の力が出てきてしまったわ……ええっと水の力を直接動力にするわけじゃなくてですね、機械を回転させて……ああ、この説明じゃ水車の説明みたいで全然伝わらないわ」
「はっ! ははっ!」
耐えきれないような笑い声に顔を上げる。
目の前でイケメンが目尻に溜まった涙を拭っていた。
「いや、すまない。昔を思い出してしまってね」
そう言いながらわたしの顔を覗き込むともう一度吹き出す。ゴホンと咳払いをした後ようやく殿下は澄ました顔に戻った。
「エレナの前世がこことは別の世界だって言いたいんだね? それでその前世の記憶がどうかしたのかな?」
「だから、わたしは殿下に相応しくないんです」
澄ました顔が怪訝そうな顔に変わる。
「どうして、そうなるんだ? 別に前世の記憶を持つものなんて世の中探せばたくさんいるはずだろう?」
「そうかもしれませんが、でも、でもわたしは大切な記憶を無くして、その代わりに前世の記憶を思い出してしまったんだもの。だから……」
また勝手に涙があふれる。感性豊かなエレナはすぐに涙がこぼれてしまう。
隣に座る殿下はいつものように頬に触れ涙を拭ってくれる。
「優しくなさらないで。わたしは偽物のエレナなの……あんなに素敵な……宝物のような手紙をたくさん頂いても、わたしは偽物でしかないのに……」
「……宝物のような手紙」
殿下の想いが詰まった手紙は、まるで宝物のようだ。
エレナへの想いをこめて紡がれる言葉一つ一つが、キラキラと宝石みたいに輝いてわたしの心を震わせる。
でも、自分と同じように殿下に想いを寄せていただけていることにあふれる喜びと同時に、殿下を騙している罪悪感に苛まれる。
わたしが受け取っていい想いじゃない。
「わたしは、殿下が幼い頃から想いを寄せるエレナじゃないわ! って、キャッ!」
えっ! ちょっと! 待って! なに⁈
強い力で抱きしめられる。頭の上で鳴る喉の音に、耳元で聞こえる激しい鼓動。
わたしの鼓動も同調する。
「私が手紙にしたためた想いが嫌で逃げ出したわけではないのだな?」
「嫌なわけないわ! ただ……わたしは偽物なんです。エレナの記憶を無くして、いまは前世の記憶が……だから逃がしてください」
「記憶を無くしてと言っても全ての記憶がなくなったわけではないのだろう?」
抱きしめられていた力が緩む。見上げた殿下の顔は相変わらずキラキラと輝くほどに整っている。
眩しくて目を細めて見つめるわたしに「ふふっ」と笑いかけた。
「おいで」
殿下はそういうと返事も待たずに私のことを膝に抱き上げた。
肩に頭を預けられ、サラサラとした髪の毛が頬に触れくすぐったい。
殿下の身体を押し返そうとしてもびくともしない。
「あ、あの……」
「幼い頃あの別荘で、こうしてエレナと本を読んでいたのは覚えている?」
耳元の囁きはいつもの凛とした声よりも甘い。
「えっ、ええ……それはもちろん……その、殿下から誕生日プレゼントにいただいた本を、わからないところを教えていただきながら読んだのを覚えています」
身を捩るのを諦めて答えると殿下の頭が肩から離れた。
「最初のうち読み慣れない本にエレナは『恵みの女神』と『地母神』が別の神だと思って混乱していたね」
「しょうがないわ。あの頃わたしが読んでいた本には『恵みの女神さま』としか書かれていなかったのよ。『地母神』や『豊穣の女神』だなんて知らなかったのだもの」
殿下にいただいた伝記の本はまだ九歳になったばかりのエレナには難しい内容だったのは覚えている。
分からないところは殿下に教えてもらいながら本を読む経験があったから、エレナは毎年殿下から贈っていただく本を必死に勉強して読むことができた。
「殿下のおかげで読書も勉強も前向きにできるようになったんだわ」
わたしがそう呟くと殿下は嬉しそうに笑う。笑顔が近づいてきたかと思うと、おでこに優しく唇があたった。
「別の世界」
わたしの決死の告白も、殿下はキョトンとした顔のままだ。
きっと信じていない。
そうよね。急にそんなこと言われても信じられないわよね。きちんと説明しなくちゃ。
「そうなんです。そのわたしが元々いた世界はこことは全然違くて……そうですね、元々いた世界は科学が発展していたんです。たとえば今度領地に作る編立工場は川の流れを動力にするんですけど、わたしが元々いた世界は電気といって」
「でんき?」
「電気はですね、えっと、どう説明すればいいのかしら。静電気……は電気がわからないと静電気も伝わらないのかしら……えっと、あ! 雷! 雷の力です!」
「雷? 雷の力を動力にするのか? 確かに雷は木を裂くこともあるほどだ。強力な力があるだろうが、水の流れと違い雷は常に発生しているわけではないだろう?」
「雷というのは比喩というか……雷そのものじゃなくて雷みたいな力なんですけど、その力を、えっと発電……そうだ! 火や水の力を使って作るんですけど……あれ? また水の力が出てきてしまったわ……ええっと水の力を直接動力にするわけじゃなくてですね、機械を回転させて……ああ、この説明じゃ水車の説明みたいで全然伝わらないわ」
「はっ! ははっ!」
耐えきれないような笑い声に顔を上げる。
目の前でイケメンが目尻に溜まった涙を拭っていた。
「いや、すまない。昔を思い出してしまってね」
そう言いながらわたしの顔を覗き込むともう一度吹き出す。ゴホンと咳払いをした後ようやく殿下は澄ました顔に戻った。
「エレナの前世がこことは別の世界だって言いたいんだね? それでその前世の記憶がどうかしたのかな?」
「だから、わたしは殿下に相応しくないんです」
澄ました顔が怪訝そうな顔に変わる。
「どうして、そうなるんだ? 別に前世の記憶を持つものなんて世の中探せばたくさんいるはずだろう?」
「そうかもしれませんが、でも、でもわたしは大切な記憶を無くして、その代わりに前世の記憶を思い出してしまったんだもの。だから……」
また勝手に涙があふれる。感性豊かなエレナはすぐに涙がこぼれてしまう。
隣に座る殿下はいつものように頬に触れ涙を拭ってくれる。
「優しくなさらないで。わたしは偽物のエレナなの……あんなに素敵な……宝物のような手紙をたくさん頂いても、わたしは偽物でしかないのに……」
「……宝物のような手紙」
殿下の想いが詰まった手紙は、まるで宝物のようだ。
エレナへの想いをこめて紡がれる言葉一つ一つが、キラキラと宝石みたいに輝いてわたしの心を震わせる。
でも、自分と同じように殿下に想いを寄せていただけていることにあふれる喜びと同時に、殿下を騙している罪悪感に苛まれる。
わたしが受け取っていい想いじゃない。
「わたしは、殿下が幼い頃から想いを寄せるエレナじゃないわ! って、キャッ!」
えっ! ちょっと! 待って! なに⁈
強い力で抱きしめられる。頭の上で鳴る喉の音に、耳元で聞こえる激しい鼓動。
わたしの鼓動も同調する。
「私が手紙にしたためた想いが嫌で逃げ出したわけではないのだな?」
「嫌なわけないわ! ただ……わたしは偽物なんです。エレナの記憶を無くして、いまは前世の記憶が……だから逃がしてください」
「記憶を無くしてと言っても全ての記憶がなくなったわけではないのだろう?」
抱きしめられていた力が緩む。見上げた殿下の顔は相変わらずキラキラと輝くほどに整っている。
眩しくて目を細めて見つめるわたしに「ふふっ」と笑いかけた。
「おいで」
殿下はそういうと返事も待たずに私のことを膝に抱き上げた。
肩に頭を預けられ、サラサラとした髪の毛が頬に触れくすぐったい。
殿下の身体を押し返そうとしてもびくともしない。
「あ、あの……」
「幼い頃あの別荘で、こうしてエレナと本を読んでいたのは覚えている?」
耳元の囁きはいつもの凛とした声よりも甘い。
「えっ、ええ……それはもちろん……その、殿下から誕生日プレゼントにいただいた本を、わからないところを教えていただきながら読んだのを覚えています」
身を捩るのを諦めて答えると殿下の頭が肩から離れた。
「最初のうち読み慣れない本にエレナは『恵みの女神』と『地母神』が別の神だと思って混乱していたね」
「しょうがないわ。あの頃わたしが読んでいた本には『恵みの女神さま』としか書かれていなかったのよ。『地母神』や『豊穣の女神』だなんて知らなかったのだもの」
殿下にいただいた伝記の本はまだ九歳になったばかりのエレナには難しい内容だったのは覚えている。
分からないところは殿下に教えてもらいながら本を読む経験があったから、エレナは毎年殿下から贈っていただく本を必死に勉強して読むことができた。
「殿下のおかげで読書も勉強も前向きにできるようになったんだわ」
わたしがそう呟くと殿下は嬉しそうに笑う。笑顔が近づいてきたかと思うと、おでこに優しく唇があたった。
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