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第五部
54 エレナと流行りのワンピース
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「さあ、エレナ様。こちらのワンピースにお着替えくださいませ」
何度か王都視察が続いていたある日。王立学園にある殿下の執務室でリリィさんが満面の笑みを浮かべて一枚のワンピースを差し出してきた。
「着替えってどうして? 今日もこれから視察をしに行くのでしょう? 王立学園の制服は王宮官吏と一緒だからこの服が一番目立たないのではないの?」
いつも通り女官見習いの振りをするつもりだったわたしはたくさんの疑問が浮かんだ。
「今日は本当にデートなのです。まぁお忍びなのは変わらないですけど」
「またそうやってわたしのことからかって。わかってますからね」
「まあ! 私がエレナ様をからかうなんてからかうなんてとんでもないことでございます」
頬を膨らませてリリィさんを見つめる。リリィさんは心外そうに小首を傾げているけど誤魔化されない。
「視察という名のデートだなんて言いながら、殿下は真面目に視察されていただけだったわ」
「えっ? ええっ? 視察はもちろん名目を果たすためにしてましたけど、王太子殿下はここぞとばかりエレナ様の耳元で囁いたり、腰に手を回したり、髪の毛に触ったりしていたと記憶してますが」
リリィさんはわざとらしく目を丸くしてわたしを見る。演技派だ。
「リリィさんたら何言ってるの? あまり大っぴらにするべきじゃないお話があって耳打ちされたり、人混みに巻き込まれないように身体を引き寄せてくださったり、髪の毛が絡まっていたのを直していただいたりしたけれど、それだけよ? お兄様が普段わたしにしてることとなにも変わらないわ」
「エリオットと同じ……そうですか……」
ぶつぶつ独りごとをリリィさんは呟きはじめたのを腕を組んで見つめる。
そう。殿下の振る舞いはお兄様がわたしに向ける態度と一緒で優しくて甘い。
けれどそれだけだもの。
お兄様のアイラン様に対する態度はそんなレベルじゃない。アイラン様の膝のうえでゴロゴロ甘えているか、さもなくば膝のうえにアイラン様を乗せて耳元でなんか囁いている。
砂糖菓子に生クリームをこんもり乗せて蜂蜜と練乳とキャラメルシロップをぶちまけて粉糖をこれでもかとまぶしてカラーチョコスプレーをばら撒いたくらい甘い。
あの傍若無人なアイラン様が真っ赤になってされるがままになるしかないくらい甘い。
思い出しただけで胸焼けがする。
そのお兄様は領地の秋祭りにアイラン様とバイラム王子をはじめとしたイスファーン王国の大使を連れて接待するために出掛けている。
本当はわたしも行きたかったのに「領地のじっちゃま達はエレナがいるとエレナを拝むのに必死になってアイラン様を蔑ろにしかねないからお留守番しててね」なんて言ってわたしを置いていってしまった。
何かあっては一大事だからってお母様も同行してしまったのでわたしはお父様と王都でお留守番なんだけど、お父様は国家をあげて街道整備をすることになった兼ね合いで責任者として忙しい日々を送っている。
ようは一人でお留守番だ。
とはいえ屋敷にはメリーをはじめ使用人達もいるし、日中は王立学園に通ったり、王都の視察に連れていってもらえているから寂しい思いはしていない。
もしかしたらこの事態を見越してお父様はわたしが殿下の王都の視察に同行するのを承諾されたのかしら……
「エレナ様?」
わたしより先に脳内会議を終えていたリリィさんに顔を覗き込まれる。
「あ! やだ。考え事をしていたわ。そう。それで今日はどうしてワンピースに着替えるの? 何か理由があるんでしょう? 別にデートだなんて誤魔化さなくてもきちんと説明してくだされば着がえますから。本当のことを言って?」
「そう言われましても……えっと、今までの視察では大きな商店や市場などを視察しておりましたが、より庶民の生活に触れるためには流行り物も視察しなくてはいけない。エレナ様もそう思われませんか?」
同意して頷く。
嫌な噂話がわたしの耳に入らないよう気遣いされているからか、別にわたしと関係のない話も耳に入らない。
ステファン様がマグナレイ侯爵家の跡取りになった話も、ネリーネ様が毒薬令嬢じゃなくなった話も誰も教えてくれなかった。
流行り物の一つくらい知っておきたい。
「王宮の官吏は堅物が多いので、王立学園の制服ではこれから行く場所では浮いてしまいます。恋人同士であれば流行り物を追いかけに行くのもおかしくないですから。という理由で納得いただきたいのですがよろしいでしょうか」
そう言ってリリィさんはわたしの手を強く握る。
「リリィ。エレナから手を離すんだ」
凛とした声に振り返ると白いブラウス姿の殿下が腕を組んで立っていた。
何度か王都視察が続いていたある日。王立学園にある殿下の執務室でリリィさんが満面の笑みを浮かべて一枚のワンピースを差し出してきた。
「着替えってどうして? 今日もこれから視察をしに行くのでしょう? 王立学園の制服は王宮官吏と一緒だからこの服が一番目立たないのではないの?」
いつも通り女官見習いの振りをするつもりだったわたしはたくさんの疑問が浮かんだ。
「今日は本当にデートなのです。まぁお忍びなのは変わらないですけど」
「またそうやってわたしのことからかって。わかってますからね」
「まあ! 私がエレナ様をからかうなんてからかうなんてとんでもないことでございます」
頬を膨らませてリリィさんを見つめる。リリィさんは心外そうに小首を傾げているけど誤魔化されない。
「視察という名のデートだなんて言いながら、殿下は真面目に視察されていただけだったわ」
「えっ? ええっ? 視察はもちろん名目を果たすためにしてましたけど、王太子殿下はここぞとばかりエレナ様の耳元で囁いたり、腰に手を回したり、髪の毛に触ったりしていたと記憶してますが」
リリィさんはわざとらしく目を丸くしてわたしを見る。演技派だ。
「リリィさんたら何言ってるの? あまり大っぴらにするべきじゃないお話があって耳打ちされたり、人混みに巻き込まれないように身体を引き寄せてくださったり、髪の毛が絡まっていたのを直していただいたりしたけれど、それだけよ? お兄様が普段わたしにしてることとなにも変わらないわ」
「エリオットと同じ……そうですか……」
ぶつぶつ独りごとをリリィさんは呟きはじめたのを腕を組んで見つめる。
そう。殿下の振る舞いはお兄様がわたしに向ける態度と一緒で優しくて甘い。
けれどそれだけだもの。
お兄様のアイラン様に対する態度はそんなレベルじゃない。アイラン様の膝のうえでゴロゴロ甘えているか、さもなくば膝のうえにアイラン様を乗せて耳元でなんか囁いている。
砂糖菓子に生クリームをこんもり乗せて蜂蜜と練乳とキャラメルシロップをぶちまけて粉糖をこれでもかとまぶしてカラーチョコスプレーをばら撒いたくらい甘い。
あの傍若無人なアイラン様が真っ赤になってされるがままになるしかないくらい甘い。
思い出しただけで胸焼けがする。
そのお兄様は領地の秋祭りにアイラン様とバイラム王子をはじめとしたイスファーン王国の大使を連れて接待するために出掛けている。
本当はわたしも行きたかったのに「領地のじっちゃま達はエレナがいるとエレナを拝むのに必死になってアイラン様を蔑ろにしかねないからお留守番しててね」なんて言ってわたしを置いていってしまった。
何かあっては一大事だからってお母様も同行してしまったのでわたしはお父様と王都でお留守番なんだけど、お父様は国家をあげて街道整備をすることになった兼ね合いで責任者として忙しい日々を送っている。
ようは一人でお留守番だ。
とはいえ屋敷にはメリーをはじめ使用人達もいるし、日中は王立学園に通ったり、王都の視察に連れていってもらえているから寂しい思いはしていない。
もしかしたらこの事態を見越してお父様はわたしが殿下の王都の視察に同行するのを承諾されたのかしら……
「エレナ様?」
わたしより先に脳内会議を終えていたリリィさんに顔を覗き込まれる。
「あ! やだ。考え事をしていたわ。そう。それで今日はどうしてワンピースに着替えるの? 何か理由があるんでしょう? 別にデートだなんて誤魔化さなくてもきちんと説明してくだされば着がえますから。本当のことを言って?」
「そう言われましても……えっと、今までの視察では大きな商店や市場などを視察しておりましたが、より庶民の生活に触れるためには流行り物も視察しなくてはいけない。エレナ様もそう思われませんか?」
同意して頷く。
嫌な噂話がわたしの耳に入らないよう気遣いされているからか、別にわたしと関係のない話も耳に入らない。
ステファン様がマグナレイ侯爵家の跡取りになった話も、ネリーネ様が毒薬令嬢じゃなくなった話も誰も教えてくれなかった。
流行り物の一つくらい知っておきたい。
「王宮の官吏は堅物が多いので、王立学園の制服ではこれから行く場所では浮いてしまいます。恋人同士であれば流行り物を追いかけに行くのもおかしくないですから。という理由で納得いただきたいのですがよろしいでしょうか」
そう言ってリリィさんはわたしの手を強く握る。
「リリィ。エレナから手を離すんだ」
凛とした声に振り返ると白いブラウス姿の殿下が腕を組んで立っていた。
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