ガラスの向こうのはずだった

こうやさい

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俺は完璧な失恋をする

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「結婚することになったので」
 そうゲームの中で元カノは言った。

 VRのゲームと言ってもどこに力を入れるかは様々で、風景は綺麗だけどゲーム性はほぼないものや、昔の名作ゲームをVRにベタ移植して結果ネタゲーになったもの、スタンドアロンのものもあればオンラインのものもある。
 けれどどれもNPCにどこか違和感があるという事は変わらなかった。学習する人工知能を持ってしてもそれは消えない。
 なので人間の記憶のバックアップをNPCに埋め込む試みを試すことになった。
 といっても人格のごくごく根本的な部分だけを使ってそれを元にAIを調整させるそうなので、元の人間の姿や秘密をNPCが知っているとかにはならないらしい。バックアップができるようになったのも最近なのに、それをもう部分利用できるようになったとは知らなかった。
 その元になるボランティアの希望者が募られたので、彼女とそれに参加した。
 記憶のバックアップを取れるようになったといっても日常で頻繁にする事じゃない。まだまだ高価だし、仮に安価だったとしても若者が自主的に健康診断を受けたり生命保険に入ったりする率が中高年以上よりも低いようにマメに取ったりはしないだろう。いざとならなければ使い道がないわけだし、若いということが死なないとイコールではないと知ってはいても実感は少ない。
 なので最新技術の体験的な好奇心で参加した。残念ながらそのデータがどのNPCに使われるかは教えてくれないそうだが、取ったというだけでも話のネタになる。
 そのNPCが実装されるのを俺たちは楽しみにしていた。
 けれど彼女がそれを体験することはなかった。

 彼女は事故に遭った。即死だったらしい。
 頭が潰れたとかで棺の蓋が開けられる事はなかった。
 脳以外ならクローン技術で幾らでも修復できるらしいのに。
 ゲーム用に取ったバックアップのことは覚えていたので問い合わせたが、プライバシーの関係でどのデータが誰のものか記録していない上、仮に分かったとしても最初から部分的にしか取っていないので赤ん坊より少しマシ程度にしか彼女には近づかないし、定着する可能性も低いという。
 建前なのか真実なのかは分からないが、こうして彼女の人生は終わった。

 一緒に遊ぶ相手はいなくなったけれど、ゲームはやめなかった。またやろうねと最後に約束したから。
 とはいえ楽しい気分になれるわけもなく、ただ無意味にVR内をさまよう。
 遺体を見なかったせいか実感はないのに喪失感だけがあるという奇妙な状況で、彼女を見送ったというより、ただ失恋をしただけの方に近い感情な気がする。
 ならば新しい恋が一番の特効薬なのだろうか?
 このVR自嘲的に笑えるんだなと妙な感想を持つか持たないかの瞬間、その姿が目に飛び込んだ。
 女性のNPCだった。小さなカフェで店員をしていた。
 これで一目惚れしたとかなら笑えるのだが、こんな所に居たのかと思ったしまったのだから笑えない。
 もちろん姿は人種からして違う。
 影響のあるはずの性格なんて、制服のあるカフェのようだから精々髪型か表情ぐらいにしか出ていない。
 根拠も証拠も何もない。
 けれどそう思ってしまった。今まで会った、外見ならもっと似ているNPCが居たにも拘わらず、そう思ったのはこの子だけだった。
 ふらふらとカフェに入る。
 普通に店員として対応された。プロだからというより俺の事を知らなくて何とも思ってないからだろうなということは分かった。
 それでも気のせいとはどうしても思えない。

 それからは時間が合ったらそこに入り浸るようになった。
 一からやり直すつもりだった。
 彼女の態度が、顔見知りに対してに、知り合いに対してに、と徐々に崩れていくことが嬉しい。
 NPCとは思えない対応だった。というか記憶がなくても彼女としか思えなかった。
 もっと仲良くなりたかった。出来ればまた恋人に。
 けれどそう思った時、彼女は店から姿を消した。やめたのだという。
 避けられたのかとへこんでいたら、全然関係ないところで偶然にも再会し声をかけられた。
 そして、結婚するから店をやめたのだという事情を知った。

 結婚相手が俺のデータから出来たNPCならいいのにと思った。
 けれどそんな都合のいいことはないだろうし、有ったとしても俺自身が彼女を失った事には変わりない。
 記憶がなくても構わないのなら肉体だけでも再生してもらえばよかったんだろうか?
 そんな、今となっては無理なことを考える。
 彼女が手に入るなら、たとえカプセルの中で干からびて死んだとしてもそれでよかったのに。
 今度は正真正銘、完璧に失恋だった。
 それだけなのに、死を知ったときよりも泣いた。
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