3 / 9
彼女の過去を知りすらしない
しおりを挟む
「にー」
幼馴染みの少女が元気いっぱいに僕を呼ぶ。兄ではないのに小さな頃から「おにーちゃん」の略で「にー」と呼ばれていた。
入院していた彼女が元気になったことは喜ばしい。
……そのはずだ。
けれど苦い気持ちが湧き上がる。
彼女は事故に遭った。そして脳が死んだ。
他の臓器ならいくらでも細胞を培養して作れるが、脳だけはそうはできない。正確には作ることは出来るが記憶が引き継げない。
なので彼女はそのまま死ぬはずだった。
けれど科学の進歩は目覚ましい。
直接脳に働きかけリアルな疑似体験をもたらす装置もある。一般的には娯楽用に思われているが、制限を外せばそれを現実と混同するではなく錯覚するほど強い影響を与えるらしい。
もちろん偽の記憶を埋め込ませないために一般常識以外は確実な記録やそれに矛盾しない当人の日記などを含めごく近しい人の証言に基づいたものしか使えない。
ご両親はそれにかけた。
残っていた日記や持ち物や映像やらを再構成して、それを元に記憶を造りカプセルの中で眠っている彼女に疑似体験させた。
ところでいくら娘を撮るのが好きな親でも四六時中張り付いているわけではないし年齢が上がれば行動を把握できる量も減る、日記にすべての出来事が心情とともに書かれているわけでもないしそもそも一見矛盾がなくとも本当のこととは限らない、持ち物だって本人が欲しくて持っていたとは限らないし入手した直後や捨てる寸前など状況や思い入れもいろいろある。
今の彼女は以前よりも幼い、ご両親の認識していた性格と、ある意味で彼らの理想と、穴だらけの感情が伴わない記録でできている。けれど人間何もかもを覚えているわけではないし、都合よく記憶を作り変えることもある。適当につじつまを合わせある程度は不自然で無くなるのだろう。ご両親はそれでも満足なようだし。
けれど僕は彼らが知らないであろうことを覚えている。
想いを確かめあった日の夕立の勢いを。初めてキスをした時彼女の唇が冷たかったことも。
親にとっては彼女はまだまだ子供で、恋人がいることなんて考えはしなかったのだろう。だからそのことを言えなかったのだろう。
体は元のままで、似たような記憶の一部を持って、けれど彼女は彼女ではない。
いっそすべて記憶がないまま方が僕は安らげただろう。
自分は妹じゃないと突きつけてきた存在に兄と呼ばれるくらいなら。
幼馴染みの少女が元気いっぱいに僕を呼ぶ。兄ではないのに小さな頃から「おにーちゃん」の略で「にー」と呼ばれていた。
入院していた彼女が元気になったことは喜ばしい。
……そのはずだ。
けれど苦い気持ちが湧き上がる。
彼女は事故に遭った。そして脳が死んだ。
他の臓器ならいくらでも細胞を培養して作れるが、脳だけはそうはできない。正確には作ることは出来るが記憶が引き継げない。
なので彼女はそのまま死ぬはずだった。
けれど科学の進歩は目覚ましい。
直接脳に働きかけリアルな疑似体験をもたらす装置もある。一般的には娯楽用に思われているが、制限を外せばそれを現実と混同するではなく錯覚するほど強い影響を与えるらしい。
もちろん偽の記憶を埋め込ませないために一般常識以外は確実な記録やそれに矛盾しない当人の日記などを含めごく近しい人の証言に基づいたものしか使えない。
ご両親はそれにかけた。
残っていた日記や持ち物や映像やらを再構成して、それを元に記憶を造りカプセルの中で眠っている彼女に疑似体験させた。
ところでいくら娘を撮るのが好きな親でも四六時中張り付いているわけではないし年齢が上がれば行動を把握できる量も減る、日記にすべての出来事が心情とともに書かれているわけでもないしそもそも一見矛盾がなくとも本当のこととは限らない、持ち物だって本人が欲しくて持っていたとは限らないし入手した直後や捨てる寸前など状況や思い入れもいろいろある。
今の彼女は以前よりも幼い、ご両親の認識していた性格と、ある意味で彼らの理想と、穴だらけの感情が伴わない記録でできている。けれど人間何もかもを覚えているわけではないし、都合よく記憶を作り変えることもある。適当につじつまを合わせある程度は不自然で無くなるのだろう。ご両親はそれでも満足なようだし。
けれど僕は彼らが知らないであろうことを覚えている。
想いを確かめあった日の夕立の勢いを。初めてキスをした時彼女の唇が冷たかったことも。
親にとっては彼女はまだまだ子供で、恋人がいることなんて考えはしなかったのだろう。だからそのことを言えなかったのだろう。
体は元のままで、似たような記憶の一部を持って、けれど彼女は彼女ではない。
いっそすべて記憶がないまま方が僕は安らげただろう。
自分は妹じゃないと突きつけてきた存在に兄と呼ばれるくらいなら。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる