起きられないモーニングコール、眠れない夜カフェ。

待鳥園子

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03 良く見た顔

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「いや、君は昨日……めちゃくちゃ酔っ払って、うちのカフェへとやって来たんだけど、ソファ席で眠ってしまったことは覚えてない? ここはね。あの店のすぐ上の二階。俺はここに住んでいるから」

 家から歩いて五分な近所で行きつけの夜カフェは、確かに高層ビルの一階にある。

 上層階って、住居用のマンションだったんだ。内装もやたらと豪華だし、賃貸だと家賃は高いだろうし、都内中央部の分譲ならば億ションなのかもしれない。

「昨夜の私がとんでもないご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ありません……」

 これは、どう言ってお詫びして良いものか。客席で寝てしまうなんて、お店側からすると迷惑過ぎる客でしかない。

 ……しかも、私は今まで眠っていなかった様子の彼の棺桶を占領してて……って。ちょっと、待って。

 おかしいでしょう。なんで、私がこうして寝ているのがベッドじゃなくて、棺桶なの?

 意味ありげな笑みを浮かべた彼が座っているのはベッド……ここには棺桶とは別に、大きなベッドもあった。

「いやー……俺も眠った君をここのベッドに寝かせてから、それを別の部屋へ片付けようとしたんだけど、急に目を開けたと思うと、テキパキと動いて普通にその中に入って行っただろ? しかも、こてんと熟睡するし……何かと思ったよ」

「え……っ、変な趣味があるんですね。どうして、部屋に棺桶があるんですか?」

 私も部屋に置かれた棺桶で日々眠っているので、人のことを言えないけど……ここでそれを聞かないのもそれはそれでおかしいし、私はドキドキしつつ彼に素知らぬ顔で質問した。

「いや、ここまでの会話と、部屋に棺桶があることでわからない? 俺って、現代を生きる世にも珍しい吸血鬼なんだけど。ほら。これが牙」

 彼は内側から頬の皮膚を人差し指で強く押して、八重歯が良く見えるようにした。

 可愛く思えるヤンチャな仕草と、とても不穏な発言が合ってなくて違和感でしかない。

「……あ! もしかして……だから、あのカフェは夜しかやっていないんですか?」

 カフェって明るい昼間に行くイメージだったし、十八時から早朝まで営業の夜オンリーカフェって、都内でも珍しいとは思ってたけど……。

「そうそう。俺は純粋な吸血鬼の祖先とは違って、だいぶ人と混じって日光に耐性はあるんだけど、ずっと日光を浴びるのは流石にキツい。光はいつまでも苦手だね。だから、ああいう夜カフェ開いたんだ。カフェを開くのが、俺の子どもの頃からの夢だったから」

「え? あのカフェって、自分のお店なんですね。すごい……」

 都心のビルで店を借りて、しかもその上でこんな生活出来るくらいの売り上げをあげているなんてすごい。

 私と同じくらいの年齢ですごく若そうなのに、どうやらこの彼は既に成功した青年実業家みたい。

「あのさ。自分から聞くのもなんだけど、嫌じゃないの? そんな普通のテンションで納得されても、俺は対応に困る。悲鳴あげなくて良いの? 吸血鬼だよ。俺」

「えっと、今のところは……」

 だって、助けて貰って怖いこともされてないし。日光があまり好きじゃないカフェを開くという夢を叶えた青年ということしか、まだ彼のことを知らない。

「へー……そうなんだ」

 私の呑気な発言を聞いて、拍子抜けした表情を見せた彼は大袈裟に肩を竦めた。

「あ……もしかして、これから私の血を飲みます?」

 確かに彼にはお世話になったし、お礼の献血くらいの気持ちなら、大丈夫。

「……なんか、誤解があると思うけど、吸血鬼は血だからなんでも良いって訳じゃないから。そっちもゲテモノは、敢えて食べたりしないでしょ」

「そうですね……美味しくないものは、食べたくないかも」

 美女好きだという噂の吸血鬼の目から見れば、平々凡々な私はゲテモノに見えるのかもしれない。

 私だって食べ付けないゲテモノを、良かったら食べる? と言われても、抵抗あるし好んでは食べない。

「ははは。待って。それで納得するんだ。嘘だよ……もし、飲みたいって言ったら、君は俺に血を飲ませてくれる?」

「……今はダメです。貧血気味なんで。夜寝る前とかなら」

 上目遣いのイケメンのおねだりっぽい言葉に、私は首を横に振った。

 これは別に彼に血を飲まれたくない訳ではなく、単なる私の身体の事情。

 私は子どもの頃から、貧血気味なのだ。朝は難しいけど、休日前の夜なら寝坊しても良いしOKだけど。

「了解。もし倒れたら心配だから、俺も君の血は飲まないことにしよう」

「あの……ごめんなさい。また、後ほどお礼に伺っても良いですか……?」

 寛いだ様子の彼の背後にある時計の針の位置を何気なく見て、私は自分の顔が顔が青ざめていくのを感じた。

 ……なんてこと。今日は大事なプレゼンがある出社の日なのに、会議の時間まであと二時間もない。

 飲み過ぎて眠ってしまっていたところを助けてくれたイケメンとこんな風に悠長に話している時間なんて、私にはどこにもなかった。

「ああ……ごめん。今日って、平日だったね。起こしてあげたら良かった。良いよ良いよ。その代わり、またカフェに来てよ」

「ありがとうございます! 必ずお礼に伺います!」

 私は慌てて棺桶の中からすっくと立ち上がり、にこにこと微笑む彼の差し出した荷物を手に取って部屋を出た。

 自分の家へと走っている間に一度部屋に帰ってから、シャワーを浴びて出社するまでの時間を計算して、絶望的な気持ちになりながらも懸命に道を走った。

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