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05 宣言①

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 婚約破棄された過去を持つということは、私には家同士で決めた政略結婚のため幼い頃から婚約者が居た。けれど、その婚約者と私は相性も仲も悪く、婚約破棄前には、顔を合わせればいつも喧嘩ばかりになっていた。

 ついには、元婚約者は私が社交界デビューして間もない一年前の華やかな夜会の場で、名も知らぬ可愛らしい令嬢の腰を抱き、嘘ばかりの理由で私に婚約破棄を告げた。

 もうこの時点で、自分にはこの先貴族令嬢が通常歩むような、まともな結婚をすることは無理だろうと冷静に判断した私は、長年連れ添った元婚約者に、別れの挨拶がわりに無言で微笑みつつ近くに置かれていたホールケーキを顔にぶつけた。

 私が泣き叫んで嫌がるとでも思っていたのか、彼は意味がわからないとでも言いたげな、ぽかんとした表情になっていた。

 とても無様な様子に、隣に居たご令嬢にも悲鳴を上げて逃げられ、呆然とした表情を見て、それまでに味わったことのない爽快な気持ちになったものである。

 ちなみに私は、婚約破棄されていても、後悔は全くない。

 婚約中の何年間にも及ぶ気が重い日々を思えば、普通の幸せな結婚が遠ざかったとしても、あの元婚約者との関係から解放されて、本当に良かったと思っている。

 そして、私はこれからの自分にとって一番良い道、職業婦人として事業を起こし、実業家としての道を選ぼうと心に決めて、これまで着々と準備を進めて来た。

 けれど、そんな曰く付きな伯爵令嬢だとしても切羽詰まったモーベット侯爵家からみれば、身分と年齢だって釣り合うし、私を可愛がる叔母アストリッドを通じれば、大きな権力を持つヘイズ公爵にだって尻尾を振ることも出来る。

 私側の婚約破棄されたという、過去ひとつさえ除けば、全方面にっこりする解決方法だった。

 とりあえず薔薇園の中にある東屋で、隣同士に腰掛けたものの、モーベット侯爵は私に何も言わない。

 ……どうしてかしら。こんなことを私が言うのもなんだけど、私たち二人は結婚するしかない状況だけど。

 モーベット侯爵のご両親は「是非、息子との結婚をお願いしたい」と、私との結婚を賛成しているとアストリッド叔母様から聞いたけど、こんな事態にならなければ、彼ならばどんな女性でも妻にと望めたのに。

 もしかしたら……愛のない結婚の妻とは言え、彼だって思うところがあり、色々と言いづらいのかもしれない。

 ここは私が先んじて、そんなモーベット侯爵へ安心してくださいと言うべきだわ。

「あの……モーベット侯爵。私たち二人は、現在結婚せざるを得ない状況にあるようです。まず、言っておきたいのですが、私はあなたに愛されたいなどと、身の程知らずで、大それたことは望んでおりません」

「……え?」

 当たり前だけど、何か考えていた様子のモーベット侯爵は、とても驚いた表情をしていた。
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