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海沿いの夕焼け
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「うわあ」
私は思わず、目に映る光景に、声を上げてしまった。
久しぶりに見る海は美しくて、そして広くて雄大。大きな船がまるで子どもの玩具のように、青い水面の上に浮かんでいる。
「気に入ってくれた?」
マティアスは馬車から降りると、私に優しく笑いかける。その笑顔が二人の関係の良かったころの私たちを思い出して、なんだか胸が痛んだ。
「……ええ」
「急に元気がなくなるね。さっきまでの可愛い笑顔が良かったな……本当に僕、何かしていない? 君に嫌われたくない」
「……ううん、貴方は悪くないの」
ここに居るマティアスは、私を捨てたマティアスではない。そんなことは、わかっている。
けれど、私の中から、あの恋は消えて行かないの。
きっと魔法使いがすべて消してくれないと、ずっと、一生、そのまま。
……メイヴィス様とラウル王子を救うことが出来たら、魔法使いは、ひとつだけ手助けをしてくれると言っていた。
完全にマティアスとの恋を失くすことが出来たら、この痛みだって、きっとなくなる。
「……誰か他に、悪いことした人が居るの?」
マティアスは青い目を細めた。
まるで私を傷つけたなんて、絶対に許せないとでも言いたげに。
彼はそれが他でもない自分のことだとわかったら、どうするつもりだろうか?
……どうもしないわ。付き合っていた私の事も、一切情を見せずに切り捨てた人だもの。
きっと、このマティアスだって、同じことだ。
「違うわ。私……誰とも、付き合ったことないの」
好きになりすぎてしまったマティアスが私の一番目の彼氏だから、あんなにも傷ついたのかもしれない。
もっと、経験を積んでいたら、ただの失恋だと流すことも出来たのだろうか。
失恋の後、少し落ち着けた今の私には、もうわからなくなっていた。
「別に僕は君が、誰とも恋をしたことがないことが良いことだとは思っていない。今、この時に君が誰とも付き合ってなくて、誰と話そうが自由の身であることが嬉しいんだ」
「そう」
歩き出しながら素っ気なく言った私に、マティアスは素早く横に並んで歩きながら言った。
「君は本当に、不思議な人だね」
私は歩きながら、マティアスの顔を見上げた。
きらきらしい金髪と青くて宝石のような瞳、素晴らしく整った顔……彼は私の何が、良かったんだろうか?
近衛騎士の彼なら選り取りみどり、どんな令嬢だって、きっと苦労することなく、欲しいものを手に入れてきた人生だろうに。
こうして時をやり直しをすることになって、冷静になって思う。彼は私の何が、良かったんだろう?
父の爵位だって低くて、商売下手なものだから、家は跡継ぎである嫡男の兄以外は、皆外へ働きに出ている。
私だって遠縁の紹介で、表向きはお行儀見習いで、クロムウェル公爵家に居るのだ。いずれ大きな商家か、爵位の近い家の嫡男に嫁ぐことになるのかもと思っていた。
マティアスに、会うまでは。
「良かったらこの近くで、夕食を食べようか?」
「……いいえ、あまり遅くなれないの。仕事で明日も早いし」
「君はつれないね」
マティアスは面白くないなといった拗ねた顔をした。彼がこういう顔をするのが珍しくて、思わず見入ってしまった。
「ニーナ、君は可愛い。他の人に取られないか、心配なんだ。早く僕のものにしたい」
マティアスは幼く見える表情のような口調で、そのままに言った。初めて見る彼にくすくすと笑い出してしまった。
「……どうして笑うの?」
整った顔をしかめて、彼は不思議そうに言った。
「ううん、なんだか、マティ……アス様が、子供っぽく見えて。それで、笑っちゃったんです。気を悪くされたら、ごめんなさい」
「それは許せないな……けど、夕食に付き合って貰えたら許せるかも」
私はまた笑ってしまった。子どもっぽいマティアスなんて、付き合っていた頃にあまり見たことがない。
「仕方ないですね……夕食だけですよ?」
私がそう言うと彼は、満面の笑みで言った。
「ありがとう。これで僕たちの関係は、少しは前進したかな」
私は思わず、目に映る光景に、声を上げてしまった。
久しぶりに見る海は美しくて、そして広くて雄大。大きな船がまるで子どもの玩具のように、青い水面の上に浮かんでいる。
「気に入ってくれた?」
マティアスは馬車から降りると、私に優しく笑いかける。その笑顔が二人の関係の良かったころの私たちを思い出して、なんだか胸が痛んだ。
「……ええ」
「急に元気がなくなるね。さっきまでの可愛い笑顔が良かったな……本当に僕、何かしていない? 君に嫌われたくない」
「……ううん、貴方は悪くないの」
ここに居るマティアスは、私を捨てたマティアスではない。そんなことは、わかっている。
けれど、私の中から、あの恋は消えて行かないの。
きっと魔法使いがすべて消してくれないと、ずっと、一生、そのまま。
……メイヴィス様とラウル王子を救うことが出来たら、魔法使いは、ひとつだけ手助けをしてくれると言っていた。
完全にマティアスとの恋を失くすことが出来たら、この痛みだって、きっとなくなる。
「……誰か他に、悪いことした人が居るの?」
マティアスは青い目を細めた。
まるで私を傷つけたなんて、絶対に許せないとでも言いたげに。
彼はそれが他でもない自分のことだとわかったら、どうするつもりだろうか?
……どうもしないわ。付き合っていた私の事も、一切情を見せずに切り捨てた人だもの。
きっと、このマティアスだって、同じことだ。
「違うわ。私……誰とも、付き合ったことないの」
好きになりすぎてしまったマティアスが私の一番目の彼氏だから、あんなにも傷ついたのかもしれない。
もっと、経験を積んでいたら、ただの失恋だと流すことも出来たのだろうか。
失恋の後、少し落ち着けた今の私には、もうわからなくなっていた。
「別に僕は君が、誰とも恋をしたことがないことが良いことだとは思っていない。今、この時に君が誰とも付き合ってなくて、誰と話そうが自由の身であることが嬉しいんだ」
「そう」
歩き出しながら素っ気なく言った私に、マティアスは素早く横に並んで歩きながら言った。
「君は本当に、不思議な人だね」
私は歩きながら、マティアスの顔を見上げた。
きらきらしい金髪と青くて宝石のような瞳、素晴らしく整った顔……彼は私の何が、良かったんだろうか?
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こうして時をやり直しをすることになって、冷静になって思う。彼は私の何が、良かったんだろう?
父の爵位だって低くて、商売下手なものだから、家は跡継ぎである嫡男の兄以外は、皆外へ働きに出ている。
私だって遠縁の紹介で、表向きはお行儀見習いで、クロムウェル公爵家に居るのだ。いずれ大きな商家か、爵位の近い家の嫡男に嫁ぐことになるのかもと思っていた。
マティアスに、会うまでは。
「良かったらこの近くで、夕食を食べようか?」
「……いいえ、あまり遅くなれないの。仕事で明日も早いし」
「君はつれないね」
マティアスは面白くないなといった拗ねた顔をした。彼がこういう顔をするのが珍しくて、思わず見入ってしまった。
「ニーナ、君は可愛い。他の人に取られないか、心配なんだ。早く僕のものにしたい」
マティアスは幼く見える表情のような口調で、そのままに言った。初めて見る彼にくすくすと笑い出してしまった。
「……どうして笑うの?」
整った顔をしかめて、彼は不思議そうに言った。
「ううん、なんだか、マティ……アス様が、子供っぽく見えて。それで、笑っちゃったんです。気を悪くされたら、ごめんなさい」
「それは許せないな……けど、夕食に付き合って貰えたら許せるかも」
私はまた笑ってしまった。子どもっぽいマティアスなんて、付き合っていた頃にあまり見たことがない。
「仕方ないですね……夕食だけですよ?」
私がそう言うと彼は、満面の笑みで言った。
「ありがとう。これで僕たちの関係は、少しは前進したかな」
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