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第一部
海辺
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「子竜と何かあったのか」
運転中、雄吾さんは静かに聞いて来た。渋いジャズの音色の中、締め切られた車内には、低くて硬質な声がよく響く。何度目かのいつもの海に行く高速の風景に見入っていた私は慌てて答える。
「……えっと……その、大したことではないんですけど……」
まさか直球で聞かれるとは思ってもいなくて、戸惑って言葉を濁した私に雄吾さんは低い声で笑う。
「……俺に気を使わなくて良い。あいつは同父の弟だからな、環が何かしたんじゃないのか」
図星を突かれて、観念して頷いた。
「……はい」
「何を言われた?」
「あまり、雄吾さんには聞かせたくないです……」
「……そうか」
雄吾さんは大きく息を吐くと、ハンドルを握っていた片手を伸ばして助手席の私の手を取って握り締めた。
「あまり思いつめないでくれ。俺は透子は笑っている方が良い。それが俺のことが原因なら尚更だ」
ぽろっと意識せずに涙がこぼれた。
わかった。子竜さんは、あの時私に突っ込んで何も言わなかったのは、私が怒っている理由、それが雄吾さんのことだったからだ。雄吾さんとのことは雄吾さんと解決しろって……そう言うことなのかな。なんだか、子竜さんのどこまでも大人な思考に感服してしまう。
そして、自分の思考の子供さ加減も。
「もう、環さんには会うことはないと思います……でも、私、雄吾さんが環さんとあんな風に別れてどれだけ傷ついたかもわからず、私と言う妻ができたと言うだけで、人の物になったと言うだけで惜しくなって、返してと言ってくる無神経さがどうしても我慢できなかったんです。それだけです」
私には怒る理由はあれど、泣く理由はないと思いつつ、ぽろぽろと涙が止まらない。
「……そうか」
雄吾さんはそれ以上何も言わなかった。バッグからハンカチを出して涙を拭う私の手と反対の左手をぎゅっと握り締めながら。
「いらっしゃい。また来てくれて嬉しいよ、雄吾はいつも通りの自宅警備、ご苦労さま」
子竜さんも偶然オーシャンビューが楽しめるこの店に居たみたいで、食事中の私達が座っている席にまでやって来てにこやかに笑った。
「子竜も相当、暇そうだがな、ちゃんと仕事しているのか?」
雄吾さんが言い返したその時、後ろを通りがかった小さな女の子が子竜さんの足にぶつかった。その女の子は泣いていて、親とはぐれてしまったのかこのお店の中で迷子になっているようだった。
「おい、そんなに泣くなよ。よしよし……君は笑っている方が可愛いよ。ほら、これで大丈夫だろ?」
子竜さんはふわふわした長い髪の女の子の顔を見上げながらハンカチを渡すと優しくなだめるように言った。
「子竜は、若い頃から女の子の扱いが上手いんだよな。泣いているちいさな子を慰めるのなんかお手の物だよ」
と、雄吾さんはその微笑ましい光景を見ながら目を細めて笑った。
私はというと、このちいさな女の子とさっきまでの自分が重なってすごく恥ずかしい。
「雄吾さんは子竜さんと仲良しなんですね」
「……どうかな。それを決めるのは俺たちじゃなくて、周囲の人だと思うが」
雄吾さんはどこか照れ臭そうに笑う。子竜さんは親御さんのところに連れて行ってくる、と女の子を連れて行ってしまった。
相変わらず美味しいランチに舌づつみを打っていた私たちだけど、終わりに差し掛かって雄吾さんは顔をしかめて胸ポケットにあるスマートフォンを出すと、はぁっと大きくため息をついた。
「すまない。急ぎの重要な仕事が入った。出来るだけ急いで行かなきゃならないから、透子は子竜と帰って貰っても大丈夫か?」
「あ、はい。もちろん。大丈夫です。お仕事、頑張ってくださいね」
立ち上がってすぐにも出発しそうな時に、尋ねてくる雄吾さんに向かって私は胸の前でちいさく手を振った。
「透子ちゃん、こんなところに一人で取り残されたの?」
話を聞いたのか、すぐにやって来た子竜さんが茶目っ気たっぷりに聞いて来るから私も片目を閉じて答えを返した。
「そうなんです。一人じゃ寂しくて、助けてもらえますか?」
運転中、雄吾さんは静かに聞いて来た。渋いジャズの音色の中、締め切られた車内には、低くて硬質な声がよく響く。何度目かのいつもの海に行く高速の風景に見入っていた私は慌てて答える。
「……えっと……その、大したことではないんですけど……」
まさか直球で聞かれるとは思ってもいなくて、戸惑って言葉を濁した私に雄吾さんは低い声で笑う。
「……俺に気を使わなくて良い。あいつは同父の弟だからな、環が何かしたんじゃないのか」
図星を突かれて、観念して頷いた。
「……はい」
「何を言われた?」
「あまり、雄吾さんには聞かせたくないです……」
「……そうか」
雄吾さんは大きく息を吐くと、ハンドルを握っていた片手を伸ばして助手席の私の手を取って握り締めた。
「あまり思いつめないでくれ。俺は透子は笑っている方が良い。それが俺のことが原因なら尚更だ」
ぽろっと意識せずに涙がこぼれた。
わかった。子竜さんは、あの時私に突っ込んで何も言わなかったのは、私が怒っている理由、それが雄吾さんのことだったからだ。雄吾さんとのことは雄吾さんと解決しろって……そう言うことなのかな。なんだか、子竜さんのどこまでも大人な思考に感服してしまう。
そして、自分の思考の子供さ加減も。
「もう、環さんには会うことはないと思います……でも、私、雄吾さんが環さんとあんな風に別れてどれだけ傷ついたかもわからず、私と言う妻ができたと言うだけで、人の物になったと言うだけで惜しくなって、返してと言ってくる無神経さがどうしても我慢できなかったんです。それだけです」
私には怒る理由はあれど、泣く理由はないと思いつつ、ぽろぽろと涙が止まらない。
「……そうか」
雄吾さんはそれ以上何も言わなかった。バッグからハンカチを出して涙を拭う私の手と反対の左手をぎゅっと握り締めながら。
「いらっしゃい。また来てくれて嬉しいよ、雄吾はいつも通りの自宅警備、ご苦労さま」
子竜さんも偶然オーシャンビューが楽しめるこの店に居たみたいで、食事中の私達が座っている席にまでやって来てにこやかに笑った。
「子竜も相当、暇そうだがな、ちゃんと仕事しているのか?」
雄吾さんが言い返したその時、後ろを通りがかった小さな女の子が子竜さんの足にぶつかった。その女の子は泣いていて、親とはぐれてしまったのかこのお店の中で迷子になっているようだった。
「おい、そんなに泣くなよ。よしよし……君は笑っている方が可愛いよ。ほら、これで大丈夫だろ?」
子竜さんはふわふわした長い髪の女の子の顔を見上げながらハンカチを渡すと優しくなだめるように言った。
「子竜は、若い頃から女の子の扱いが上手いんだよな。泣いているちいさな子を慰めるのなんかお手の物だよ」
と、雄吾さんはその微笑ましい光景を見ながら目を細めて笑った。
私はというと、このちいさな女の子とさっきまでの自分が重なってすごく恥ずかしい。
「雄吾さんは子竜さんと仲良しなんですね」
「……どうかな。それを決めるのは俺たちじゃなくて、周囲の人だと思うが」
雄吾さんはどこか照れ臭そうに笑う。子竜さんは親御さんのところに連れて行ってくる、と女の子を連れて行ってしまった。
相変わらず美味しいランチに舌づつみを打っていた私たちだけど、終わりに差し掛かって雄吾さんは顔をしかめて胸ポケットにあるスマートフォンを出すと、はぁっと大きくため息をついた。
「すまない。急ぎの重要な仕事が入った。出来るだけ急いで行かなきゃならないから、透子は子竜と帰って貰っても大丈夫か?」
「あ、はい。もちろん。大丈夫です。お仕事、頑張ってくださいね」
立ち上がってすぐにも出発しそうな時に、尋ねてくる雄吾さんに向かって私は胸の前でちいさく手を振った。
「透子ちゃん、こんなところに一人で取り残されたの?」
話を聞いたのか、すぐにやって来た子竜さんが茶目っ気たっぷりに聞いて来るから私も片目を閉じて答えを返した。
「そうなんです。一人じゃ寂しくて、助けてもらえますか?」
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