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12 訃報②
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「クウェンティン……アーロン様が居ない今、侯爵位は誰が継ぐの? ……私は実家のエタンセル伯爵家に、戻らなければ駄目よね……?」
実のところ、アーロンが亡くなったと聞いた私は、エタンセル伯爵家に用無しだと返されてしまうことを、とても恐れていた。
また、あの意地悪な義母と義妹に散々な態度で使用人のように振り回されるくらいならば、新しい当主を迎えることになるキーブルグ侯爵家で雇ってもらえないかとお願いしようとまで考えていた。
「いいえ。奥様はアーロン様の正式な妻なのですから、キーブルグ侯爵家に、このまま居て頂きます」
「え……どうしてなの? 当主が不在ならば、親戚筋から後継ぎを探すのが、通常の手順でしょう?」
未亡人が仕方なく爵位を継ぐ時もあるけれど、それはあくまで緊急時のみだ。私のように初夜も済ませていない妻など、用無しだと思われても仕方ないのに。
「……ええ。ですが、旦那様からのご命令で、貴族院には正式な書類は既に提出されています。軍人たる旦那様が何かあった場合は、奥様に全ての財産や権利などが問題なく遺されるようにと……事前に全て整った遺言状もございます。このままキーブルグ侯爵の未亡人として、この邸に留まりください」
「えっ……待って。嘘でしょう。クウェンティン」
思ってもいなかったことに、私は驚いた。
私の実家エタンセル伯爵家は持参金は一切払わず、なんならキーブルグ侯爵家に、かなりの金額を要求したと聞いている。
私はお金で買われた妻で、そんなにも手厚くしてもらえるような根拠が見つからない。
「いいえ。嘘ではございません。書類をその目でご確認なさいますか?」
彼が差し出した書類の写しには、確かにさっきクウェンティンが言った通りの文言が書かれていた。
……そして、私は未亡人としてキーブルグ侯爵夫人になり、会った事もない夫アーロンの遺産、全てを受け継ぐことになった。
だから、これからキーブルグ侯爵家の運命は、もう私の手に掛かっていると言っても過言ではなかった。
実家のエタンセル伯爵家の領地など、本当に猫の額で、お父様が頼りにならない領主だとしても、代わりにその地を治めてくれる代官さえしっかりしていれば目が行き届く。
そんな貧乏伯爵家で生まれ育った私には、キーブルグ侯爵領は信じられないほどの広さなのだ。
それを……何の経験もない私が問題もないように、苦心して管理しなければならない。
執事クウェンティンが言うには領地には何代も仕える代官が居て、王都に住む私は報告を聞く程度で何もしなくて良いし、夫の喪が明ける一年ほどはゆっくりと傷心を慰めていてくださいと言った。
けれど、私はクウェンティンが悲しく辛い中で掛けてくれた優しい言葉を、そのままの意味では信じることが出来なかった。
執事クウェンティンは両親が早くに亡くなり、そんな彼を拾って育ててくれたという亡き夫への忠誠心が非常に高く、無表情で感情が見えづらいのもただの個性で悪い人ではないだろうと私も思っている。
けれど、領地や侯爵邸の管理を既にお世話になった主人が居なくなってしまったにも関わらず、忠実に仕えてくれる執事クウェンティンに丸投げすることは出来ない。
何故かというと、私は母が亡くなり父が義母と再婚したことで、人は利己的な生き物であると良く良く学んでいた。
母が生きていた頃には優しかった人たちも、私に優しくすれば身分の高い義母から睨まれるとなれば、逆に機嫌を取るために邪険に扱うようになり、すぐに手のひらを返した。
そんな彼らを非難することなんて、無力な私には無意味だった。
義母が公爵家の出だから強い権力を持っていることは事実で……強い風には逆らわないのが、一番で……私は何の力もない、ただの貴族令嬢でしかなかった。
自分が代行するからとクウェンティンが再三止めるのも聞かずに、領地のこと……侯爵邸の管理まで、私は懸命に勉強し自分のすべき仕事を覚えていった。
実のところ、アーロンが亡くなったと聞いた私は、エタンセル伯爵家に用無しだと返されてしまうことを、とても恐れていた。
また、あの意地悪な義母と義妹に散々な態度で使用人のように振り回されるくらいならば、新しい当主を迎えることになるキーブルグ侯爵家で雇ってもらえないかとお願いしようとまで考えていた。
「いいえ。奥様はアーロン様の正式な妻なのですから、キーブルグ侯爵家に、このまま居て頂きます」
「え……どうしてなの? 当主が不在ならば、親戚筋から後継ぎを探すのが、通常の手順でしょう?」
未亡人が仕方なく爵位を継ぐ時もあるけれど、それはあくまで緊急時のみだ。私のように初夜も済ませていない妻など、用無しだと思われても仕方ないのに。
「……ええ。ですが、旦那様からのご命令で、貴族院には正式な書類は既に提出されています。軍人たる旦那様が何かあった場合は、奥様に全ての財産や権利などが問題なく遺されるようにと……事前に全て整った遺言状もございます。このままキーブルグ侯爵の未亡人として、この邸に留まりください」
「えっ……待って。嘘でしょう。クウェンティン」
思ってもいなかったことに、私は驚いた。
私の実家エタンセル伯爵家は持参金は一切払わず、なんならキーブルグ侯爵家に、かなりの金額を要求したと聞いている。
私はお金で買われた妻で、そんなにも手厚くしてもらえるような根拠が見つからない。
「いいえ。嘘ではございません。書類をその目でご確認なさいますか?」
彼が差し出した書類の写しには、確かにさっきクウェンティンが言った通りの文言が書かれていた。
……そして、私は未亡人としてキーブルグ侯爵夫人になり、会った事もない夫アーロンの遺産、全てを受け継ぐことになった。
だから、これからキーブルグ侯爵家の運命は、もう私の手に掛かっていると言っても過言ではなかった。
実家のエタンセル伯爵家の領地など、本当に猫の額で、お父様が頼りにならない領主だとしても、代わりにその地を治めてくれる代官さえしっかりしていれば目が行き届く。
そんな貧乏伯爵家で生まれ育った私には、キーブルグ侯爵領は信じられないほどの広さなのだ。
それを……何の経験もない私が問題もないように、苦心して管理しなければならない。
執事クウェンティンが言うには領地には何代も仕える代官が居て、王都に住む私は報告を聞く程度で何もしなくて良いし、夫の喪が明ける一年ほどはゆっくりと傷心を慰めていてくださいと言った。
けれど、私はクウェンティンが悲しく辛い中で掛けてくれた優しい言葉を、そのままの意味では信じることが出来なかった。
執事クウェンティンは両親が早くに亡くなり、そんな彼を拾って育ててくれたという亡き夫への忠誠心が非常に高く、無表情で感情が見えづらいのもただの個性で悪い人ではないだろうと私も思っている。
けれど、領地や侯爵邸の管理を既にお世話になった主人が居なくなってしまったにも関わらず、忠実に仕えてくれる執事クウェンティンに丸投げすることは出来ない。
何故かというと、私は母が亡くなり父が義母と再婚したことで、人は利己的な生き物であると良く良く学んでいた。
母が生きていた頃には優しかった人たちも、私に優しくすれば身分の高い義母から睨まれるとなれば、逆に機嫌を取るために邪険に扱うようになり、すぐに手のひらを返した。
そんな彼らを非難することなんて、無力な私には無意味だった。
義母が公爵家の出だから強い権力を持っていることは事実で……強い風には逆らわないのが、一番で……私は何の力もない、ただの貴族令嬢でしかなかった。
自分が代行するからとクウェンティンが再三止めるのも聞かずに、領地のこと……侯爵邸の管理まで、私は懸命に勉強し自分のすべき仕事を覚えていった。
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