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23 死んだはずだった夫①
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冷たい涙がすうっと頬を伝ったのを感じて、眠っていた私はパッと目を開いた。
「え……ここは……」
現在、自分がどこに居るのか、すぐには理解が出来なかった。
上半身を起こして見回せば、ここは夫アーロンの主寝室。
彼は亡くなったとは言え、当主の部屋だからと、常に綺麗にしていて……私だって、アーロンの代行をするために執務に必要な物を取りに何度も入った。
どうして、私はここに居るの……? もしかしたら、仕事に疲れ、そのまま眠ってしまったのかもしれない。
慌てて横になっていた大きなベッドから立ちあがろうとすると、温かな毛布を掛けられていた私は、自分があの時に着ていた赤いドレスをまだそのまま着ていて、あれは夢ではなかったと悟った。
「嘘でしょう……」
あれは、夢ではなかった。亡くなったはずの私の夫は確かに生きていたのだ。そして、戦争に勝利して帰って来た。
どこか遠くから、怒声が聞こえて来た。内容は聞こえないものの、激しく誰かを罵っているようで、私は慌てて部屋の外を出た。
「……何? 何があったの?」
広い廊下に出ても、内容は聞こえない。私は声が聞こえて来る玄関ホールへと向かった。
「……ヒルデガード! 何故、俺の邸にお前が居るんだ? 五年前に、亡き父にお前は家族でもなんでもないと、勘当されただろう?」
「兄上……それは、父上も怒っていただけで……」
「俺だって同じ気持ちだよ。二度とお前の顔は見たくない。自分があの時に何をしでかしたのか、覚えているのか!」
「兄上。どうか、待ってくれ。俺の話を聞いてくれよ!」
どうやら、帰ってきたアーロンと勘当されていたはずの弟ヒルデガードが言い争っているようだ。
兄弟二人の関係は険悪だったとクウェンティンからも聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
「出て行け! 俺に今すぐ、殺されたくなければな!」
「待ってくれ。兄上! どうして、帰って来たんだ……死んだはずだろう?」
これまで寝ていたのだろうか寝癖の付いたヒルデガードは悔しそうな表情をして、アーロンは不機嫌そうに睨んだ。
玄関ホールには、ヒルデガードの部屋から出された荷物が、乱雑に置かれていた。
夜会から帰って来たアーロンは、ヒルデガードが帰って来ていることを聞き、荷物を全てここに出すように使用人たちに命じたのかもしれない。
戦いを職務とする軍人らしく、荒々しい性格をしているとは聞いていたけれど……こんな風に追い出すなんて、私には絶対に出来ないことなので驚いてしまった。
「お前には、本当に残念な知らせだな。この通り、死んでいない」
「兄上の訃報を聞いた。だから……キーブルグ侯爵家の者として、帰らねばと……」
「何度も言うが、ここはもうお前の家ではない」
「兄上。それは、父上が言った言葉だろう?」
「残念だが、俺だって、同じ気持ちだ。お前と同じ血が流れていると思うと、うんざりするよ」
「だが、訃報が間違いだったのか? そんなことが、あるはずが」
「お前に説明する事でもないと思うが……死んだ振りをしたんだ。勝つために」
「死んだ振り……? 何を」
「何倍もの軍勢を前に、敵が驚くような策を練ってもおかしくはあるまい。司令官が死んだと聞けば、敵は油断する。味方は焦って加勢に来る。そうして油断したところを、叩くしかない。でなければ、あの連合国軍には勝てはしなかっただろう」
「兄上は……敵を騙すために、敢えて死んだふりを選んだと?」
そうなの……? だから、アーロンは開戦直後に亡くなったと訃報が来て、こうして戦いに勝利したから帰って来たんだ……。
今までに考えもしなかった理由で驚きはしたけど、夫がこうして生きて帰って来た理由を知ることが出来て頭では納得はした。
「……戦争という殺し合いに嘘もなく正々堂々というルールがあるならば、俺だって従うさ。だが、勝つことを優先すれば、嘘だってつく。軍勢の数の差を考えれば、卑怯な手を使わざるをえない。騙すなら身内からと言ったものだが……まさか、留守中に勘当されたはずの弟が帰って来るとは思わなかった」
「ああ。待ってくれ兄上……悪かった。どうか、追い出さないでくれ。お願いだから」
許しをこうように泣き出しそうな顔のヒルデガードは、みっともなく膝をついて祈るように両手を組んだけれど、アーロンは首を横に振って弟の頼みを拒絶した。
「え……ここは……」
現在、自分がどこに居るのか、すぐには理解が出来なかった。
上半身を起こして見回せば、ここは夫アーロンの主寝室。
彼は亡くなったとは言え、当主の部屋だからと、常に綺麗にしていて……私だって、アーロンの代行をするために執務に必要な物を取りに何度も入った。
どうして、私はここに居るの……? もしかしたら、仕事に疲れ、そのまま眠ってしまったのかもしれない。
慌てて横になっていた大きなベッドから立ちあがろうとすると、温かな毛布を掛けられていた私は、自分があの時に着ていた赤いドレスをまだそのまま着ていて、あれは夢ではなかったと悟った。
「嘘でしょう……」
あれは、夢ではなかった。亡くなったはずの私の夫は確かに生きていたのだ。そして、戦争に勝利して帰って来た。
どこか遠くから、怒声が聞こえて来た。内容は聞こえないものの、激しく誰かを罵っているようで、私は慌てて部屋の外を出た。
「……何? 何があったの?」
広い廊下に出ても、内容は聞こえない。私は声が聞こえて来る玄関ホールへと向かった。
「……ヒルデガード! 何故、俺の邸にお前が居るんだ? 五年前に、亡き父にお前は家族でもなんでもないと、勘当されただろう?」
「兄上……それは、父上も怒っていただけで……」
「俺だって同じ気持ちだよ。二度とお前の顔は見たくない。自分があの時に何をしでかしたのか、覚えているのか!」
「兄上。どうか、待ってくれ。俺の話を聞いてくれよ!」
どうやら、帰ってきたアーロンと勘当されていたはずの弟ヒルデガードが言い争っているようだ。
兄弟二人の関係は険悪だったとクウェンティンからも聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
「出て行け! 俺に今すぐ、殺されたくなければな!」
「待ってくれ。兄上! どうして、帰って来たんだ……死んだはずだろう?」
これまで寝ていたのだろうか寝癖の付いたヒルデガードは悔しそうな表情をして、アーロンは不機嫌そうに睨んだ。
玄関ホールには、ヒルデガードの部屋から出された荷物が、乱雑に置かれていた。
夜会から帰って来たアーロンは、ヒルデガードが帰って来ていることを聞き、荷物を全てここに出すように使用人たちに命じたのかもしれない。
戦いを職務とする軍人らしく、荒々しい性格をしているとは聞いていたけれど……こんな風に追い出すなんて、私には絶対に出来ないことなので驚いてしまった。
「お前には、本当に残念な知らせだな。この通り、死んでいない」
「兄上の訃報を聞いた。だから……キーブルグ侯爵家の者として、帰らねばと……」
「何度も言うが、ここはもうお前の家ではない」
「兄上。それは、父上が言った言葉だろう?」
「残念だが、俺だって、同じ気持ちだ。お前と同じ血が流れていると思うと、うんざりするよ」
「だが、訃報が間違いだったのか? そんなことが、あるはずが」
「お前に説明する事でもないと思うが……死んだ振りをしたんだ。勝つために」
「死んだ振り……? 何を」
「何倍もの軍勢を前に、敵が驚くような策を練ってもおかしくはあるまい。司令官が死んだと聞けば、敵は油断する。味方は焦って加勢に来る。そうして油断したところを、叩くしかない。でなければ、あの連合国軍には勝てはしなかっただろう」
「兄上は……敵を騙すために、敢えて死んだふりを選んだと?」
そうなの……? だから、アーロンは開戦直後に亡くなったと訃報が来て、こうして戦いに勝利したから帰って来たんだ……。
今までに考えもしなかった理由で驚きはしたけど、夫がこうして生きて帰って来た理由を知ることが出来て頭では納得はした。
「……戦争という殺し合いに嘘もなく正々堂々というルールがあるならば、俺だって従うさ。だが、勝つことを優先すれば、嘘だってつく。軍勢の数の差を考えれば、卑怯な手を使わざるをえない。騙すなら身内からと言ったものだが……まさか、留守中に勘当されたはずの弟が帰って来るとは思わなかった」
「ああ。待ってくれ兄上……悪かった。どうか、追い出さないでくれ。お願いだから」
許しをこうように泣き出しそうな顔のヒルデガードは、みっともなく膝をついて祈るように両手を組んだけれど、アーロンは首を横に振って弟の頼みを拒絶した。
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