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57 死を待つ時間①
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「義姉上……良い加減にしてください。兄上はもうすぐ死にます。これからは、俺に逆らうと不幸になりますよ」
馬鹿にしたような笑いを浮かべたヒルデガードは、私が何も出来ないと侮っているらしい。
「だから、どうしたの?」
彼の言葉を畳みかけるように怯まずにそう言ってから、ヒルデガードの目を真っ直ぐ見つめた。だから、どうしたの。それが……私は、実家に返されても構わない。
今ここで、夫アーロンの命が救えるならば。
怪我の痛みが酷いのか膝をついて座り込んだアーロンは出血のためか、顔色が悪い。早くこのヒルデガードを退け、彼を医者に診せなくては。
さっきまで周囲の人たちはあんなに数居たのに、真っ昼間の惨劇に恐れをなしたのか人っ子一人居ない。
助けを求めるにも、アーロンの命を狙うヒルデガードから、とにかく守らなければならない。
……アーロンさえ、生きて居れば。私は一年間、ずっとそう思って居た。
私の願い通りに、彼は生きて居てくれた。私を国ごと守ってくれた。
そして、今度は私が夫を守るのだ。
私は近くに居るアーロンが腰に佩いていた剣へと手を掛けた。
「……ブランシュ? 待て……! 慣れない君が持つと、怪我をしてしまう。危険だ」
長剣はすらりと鞘から抜けた。思ったよりも、それは重い。アーロンの心配はもっともだ。
私はこれまで、こんな武器を持ったこともないのだから。
けれど、私は震える両手で、それを持ち構えた。その時に見えたヒルデガードの顔は、真剣に思えた。そうすると、彼は少し兄のアーロンに似ているかもしれない。
流石は、血を分けた兄弟なのね……アーロンは常にこの弟を殺さなければと言っていたけれど、その理由が、今では私にもわかる。
ヒルデガードは、もう救われない。どんなに私たちが言葉を重ねたところで、彼は納得しない。
幸せの定義が違うのだ。血が繋がっていようが、離れるしかない。
望んでいるものが、根本から違う。自堕落な生活を送りたい浪費家のヒルデガードを養うくらいならば、私たちは領地の税率を下げた方が良いと判断するだろうし、世の中のためだわ。
殺すか、捕らえるか……二度と会わないように勘当して追放するか。
先のキーブルグ侯爵は、一番温情ある処置を取ったのね。彼にとっては可愛い息子だもの。当然のことなのかしら。
けれど、先のキーブルグ侯爵も、アーロンも出来なかったことを、私はここでするわ。
……だって、私はキーブルグ侯爵夫人。キーブルグ家の一人だもの。
「黙っていて。アーロン。私に人が殺せないと思っていた? 貴方を守るためならば、いつでも敵を殺せるわ」
……そうよ。ヒルデガードを殺したくないと思っていた。それは、すべてアーロンのため。
ヒルデガードがアーロンに危害を加えるのならば、話は別よ。
「ブランシュっ……」
「私が、代わりにヒルデガードを殺すわ。アーロン……今まで、ごめんなさい。貴方の言って居たことは正しかったのね。ヒルデガードは兄の掛けてくれた温情を、仇で返す男。けれど、責任を持って、私が殺します」
震える身体……今にも涙が溢れ出しそうな目。逃げたいという気持ちを、必死で堪えて耐えていた。
だって、私がここで守らないと、アーロンは殺されてしまう……それだけは、絶対に嫌!
「はははっ……手は震えていますよ。可哀想に。義姉上。俺と一緒に幸せに過ごしましょう。兄上は真面目で面倒で融通の利かない嫌な男でしょう」
「……自堕落でだらしなく、不真面目の権化のような男が、勤勉な私の夫に何も言う資格はないわ。現にアーロンが居ない間、キーブルグ侯爵家を支えていたのは私。貴方は何もせずに飲んだくれていただけじゃない」
「はっ……夫婦で心中を選ばれるなら、別に構いませんよ。義姉上。こんな田舎の村で起こったことなど、どうにでもなる。村人全員殺しても良い。キーブルグ侯爵家の権力があれば、その程度……造作もないことだ」
「そんなこと……絶対に、させないわ」
「そのような、弱腰で……俺も軍人キーブルグ侯爵家の者ですよ。姉上。それなりの訓練も受けている。美しい女性を殺すのは、忍びないが、苛々するような口を聞く女は嫌いなので……」
その時、私が持っていた剣を倒れていたアーロンが素早く動いて取り、私に向かってきたヒルデガードの腹を刺した。
「痛い……! 痛い! 酷いじゃないか。兄上!!」
道にみっともなくのたうち回る弟の姿を見ながら、アーロンは私の前で座り込んだ。
「……うるさい」
……この、決定的な瞬間を迎え撃つために、何を言われても、じっと黙っていたんだ。
馬鹿にしたような笑いを浮かべたヒルデガードは、私が何も出来ないと侮っているらしい。
「だから、どうしたの?」
彼の言葉を畳みかけるように怯まずにそう言ってから、ヒルデガードの目を真っ直ぐ見つめた。だから、どうしたの。それが……私は、実家に返されても構わない。
今ここで、夫アーロンの命が救えるならば。
怪我の痛みが酷いのか膝をついて座り込んだアーロンは出血のためか、顔色が悪い。早くこのヒルデガードを退け、彼を医者に診せなくては。
さっきまで周囲の人たちはあんなに数居たのに、真っ昼間の惨劇に恐れをなしたのか人っ子一人居ない。
助けを求めるにも、アーロンの命を狙うヒルデガードから、とにかく守らなければならない。
……アーロンさえ、生きて居れば。私は一年間、ずっとそう思って居た。
私の願い通りに、彼は生きて居てくれた。私を国ごと守ってくれた。
そして、今度は私が夫を守るのだ。
私は近くに居るアーロンが腰に佩いていた剣へと手を掛けた。
「……ブランシュ? 待て……! 慣れない君が持つと、怪我をしてしまう。危険だ」
長剣はすらりと鞘から抜けた。思ったよりも、それは重い。アーロンの心配はもっともだ。
私はこれまで、こんな武器を持ったこともないのだから。
けれど、私は震える両手で、それを持ち構えた。その時に見えたヒルデガードの顔は、真剣に思えた。そうすると、彼は少し兄のアーロンに似ているかもしれない。
流石は、血を分けた兄弟なのね……アーロンは常にこの弟を殺さなければと言っていたけれど、その理由が、今では私にもわかる。
ヒルデガードは、もう救われない。どんなに私たちが言葉を重ねたところで、彼は納得しない。
幸せの定義が違うのだ。血が繋がっていようが、離れるしかない。
望んでいるものが、根本から違う。自堕落な生活を送りたい浪費家のヒルデガードを養うくらいならば、私たちは領地の税率を下げた方が良いと判断するだろうし、世の中のためだわ。
殺すか、捕らえるか……二度と会わないように勘当して追放するか。
先のキーブルグ侯爵は、一番温情ある処置を取ったのね。彼にとっては可愛い息子だもの。当然のことなのかしら。
けれど、先のキーブルグ侯爵も、アーロンも出来なかったことを、私はここでするわ。
……だって、私はキーブルグ侯爵夫人。キーブルグ家の一人だもの。
「黙っていて。アーロン。私に人が殺せないと思っていた? 貴方を守るためならば、いつでも敵を殺せるわ」
……そうよ。ヒルデガードを殺したくないと思っていた。それは、すべてアーロンのため。
ヒルデガードがアーロンに危害を加えるのならば、話は別よ。
「ブランシュっ……」
「私が、代わりにヒルデガードを殺すわ。アーロン……今まで、ごめんなさい。貴方の言って居たことは正しかったのね。ヒルデガードは兄の掛けてくれた温情を、仇で返す男。けれど、責任を持って、私が殺します」
震える身体……今にも涙が溢れ出しそうな目。逃げたいという気持ちを、必死で堪えて耐えていた。
だって、私がここで守らないと、アーロンは殺されてしまう……それだけは、絶対に嫌!
「はははっ……手は震えていますよ。可哀想に。義姉上。俺と一緒に幸せに過ごしましょう。兄上は真面目で面倒で融通の利かない嫌な男でしょう」
「……自堕落でだらしなく、不真面目の権化のような男が、勤勉な私の夫に何も言う資格はないわ。現にアーロンが居ない間、キーブルグ侯爵家を支えていたのは私。貴方は何もせずに飲んだくれていただけじゃない」
「はっ……夫婦で心中を選ばれるなら、別に構いませんよ。義姉上。こんな田舎の村で起こったことなど、どうにでもなる。村人全員殺しても良い。キーブルグ侯爵家の権力があれば、その程度……造作もないことだ」
「そんなこと……絶対に、させないわ」
「そのような、弱腰で……俺も軍人キーブルグ侯爵家の者ですよ。姉上。それなりの訓練も受けている。美しい女性を殺すのは、忍びないが、苛々するような口を聞く女は嫌いなので……」
その時、私が持っていた剣を倒れていたアーロンが素早く動いて取り、私に向かってきたヒルデガードの腹を刺した。
「痛い……! 痛い! 酷いじゃないか。兄上!!」
道にみっともなくのたうち回る弟の姿を見ながら、アーロンは私の前で座り込んだ。
「……うるさい」
……この、決定的な瞬間を迎え撃つために、何を言われても、じっと黙っていたんだ。
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