恋連鎖ヘキサゴン

朝月 桜良

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告白

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 大きな影に包まれる森閑とした校舎裏。
 校舎がつくる大きな影に対して、僕以外の人影は存在しない。
 もう放課後になってから一時間が経っている。
 部活に入っている生徒は部活動中だろうし、入っていない生徒は帰ってる頃だ。それに、ここは普段からほとんど誰も来ない。こちらに面した窓もほとんど無いから、誰に見られるということも無い。
 密会に適した場所だと僕は最近知った。
 というか、僕が今ここにいる一番の理由はそれだ、と思う。

 僕は今日、この時間にここへ来るよう、ある人から呼ばれている。
 まだ相手の姿は見えない。
 行き場の無い視線でぼんやり空を見上げると、すでに青空は赤みがかっていた。夕焼け空一歩手前といった感じ。
 微妙な色味の空が感傷的にさせた。
 なぜだか懐かしいと思わされる。
 落ち着くのか心がソワソワしているのか、自分でもよくわからない。
 ただ、時間が経つにつれてドキドキが強まっているのを感じる。
 だって、僕をここに呼んだのは──……。

「鷲崎くん」

 不意に名前を呼ばれ、反射的に振り向く。
「水無月さん」
 そこにいたのは同じクラスの水無月莉奈さんだった。
 今日、僕をここに呼んだのは彼女だ。
──そして、彼女は僕が密かに好意を寄せている相手でもある。
「待った?」
「ううん。僕もさっき来たところ」
 本当のことなのに、恋愛小説の恋人同士みたいでこそばゆい。
 やりとりだけじゃない。放課後の、それも他に誰もいない校舎裏だからこそ、余計に学園物の恋愛小説みたいだと思えた。嬉しくも気恥しい。
 水無月さんの顔を見るだけでどうしてもドキドキしてしまう。
 こうしたどうしようもない気持ちの高ぶりが、僕はやっぱり彼女のことを好きなんだって実感させる。
 平常心を装えているか心配だ。
「それで、話って?」
 そう尋ねると、水無月さんは見るからに緊張した様子で固まってしまった。
 なぜか少しばかり頬を上気させている。小刻みに震えているようにも見えた。
 恥ずかしさに負けぬよう必死に目を合わせようとする僕の視線と、下を向いた彼女の視線が交差することはなかった。
 黙ってしまった水無月さんと、何も言えない僕。
 そうして長い沈黙が訪れた。
 静寂が続けばつづくほど、空気が熱を持っていくかのようだった。
 この熱が燃料となって、僕の心に更なる火を灯した。

 もしかして、もしかしたら、もしかすると……このシチュエーションから考えて、水無月さんが僕を呼んだ理由は告白だったりして。
 誰もいないけど、もしも僕たちを見ているひとがいたら、その人には僕たちがどう映るんだろう。出来れば恋人同士に──なんて。

「あ、あのね」
 唐突に静寂を破った声に、思わず驚きの声が漏れ出そうになった。それをなんとか呑み込み、黙って続く言葉を待つ。
 だが、そこからまた沈黙が再訪した。
 幸い、今回は短く終わった。
「わたし、鷲崎くんに話、っていうか……お願いがあって」
「お願い?」
やっぱりと言うべきか、水無月さんの話は告白などではなかったようだ。
 現実はそう甘いものでもないか。
 いや、まだ諦めるのは早い。というか否定なんてしたくない。
 水無月さんは一層緊張が高まった様子で続けた。
 聞きたくもなかった言葉を。
「恋愛相談、お願いしたいの」
「……恋愛相談?」
 頭の中が真っ白になった。
 何も書かれていないノートみたいに真っ白だった頭の中は、けれど一瞬の後、あっという間にさまざな言葉が次々と浮かび上がり、空白が埋まっていく。あまりの多さに、真っ白だった頭のノートは浮かぶ言葉で真っ黒に塗りつぶされていった。

 どういうこと?恋愛?誰と誰が?水無月さんが?誰に?恋愛ってことは相手が好きってこと?僕は?それって僕はどうなるの?つまり僕は失恋したってこと?失恋って何だっけ?恋を失った?失う?この感情を?どうやって?何で?どうして?あれ……?

 延々と浮かび続ける言葉。
 僕の目には世界が止まって見えた。
 停止した世界で、制御を失った僕の思考だけが活発に動き続けている。
 不意に、とうとうパンクでもしたのか、頭に鈍い痛みが発したことで、ようやくわずかながらに我に返れた。
 そこからの回復は早かった。
 顔を赤くしてもじもじする水無月さんが視界に映っただけで、すっかり正気に戻れた。
 むしろ呼び出されたことで少なからず興奮していた先ほどよりも頭が冴えている。

 気づかれない程度に深呼吸する。
 聞きたくなどないが、聞くしかない。
「水無月さん、好きな人がいるの?」
 こくりと遠慮がちに頷く。
 彼女が頬を染めている姿を見るだけで、どうしようもないほど胸の奥が痛んだ。
 何かがつっかえたような吐き気にも似た気持ち悪さと、異様なまでの手先の冷たさが、これは夢でも幻でもないのだと訴えかけている。
 小説で知ってはいたつもりだったけれど、絶望とはこんな感覚なのかと思い知らされた。
 今にも逃げ出したい衝動を必死に抑え込み、平静を装う。本当に装えているかなど気にしている余裕は無いが。
「それって……誰のこと?」
 そんなこと聞きたくなんてない。
 だけど聞かなくちゃいけない。
 なぜなら、僕は彼女のことが好きで、そんな彼女からのお願いなのだから。

 それてしても──恋愛相談か。
 失恋による感情とは違う、別の感覚が湧き上がる。
 そう、それは……既視感。

  そんなことを考えていると、ようやく水無月さんが相手の名前を口にする。
「波戸くん」
 瞬間、僕の頭から再び思考が消え失せた。
 反射的に確認する。
「波戸って、まさか同じクラスの──あの波戸?」
 水無月さんは俯きがちに頷いた。
 嘘や冗談……ではないだろう。
 そもそも水無月さんがそんな嘘を言うとは思っていないし、疑ってもいない。けれど疑いざるを得なかった。僕の耳を。そして、聞き間違いであってくれと願うしかなかった。結果、その願いが叶うことはなかったわけだけど。
 僕は心の中で頭を抱えた。
 とんでもないことになってしまった。
 どうやら彼女は──いや、僕たちは、厄介な船に乗り込む羽目になってしまったようだ。
 一直線の、そして一方通行の旅をする船に。
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