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発端
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──事の始まりは一週間前のことだった。
僕は放課後、クラスメートである波戸響平に呼び出された。
場所は学校近くのコンビニ前。
近くとは言っても、通学路から外れているので、うちの生徒が来ることは多くない。だからこそ、学校関係の内緒話なんかには適した場所である。
それゆえに、呼び出された時点で、少なくとも彼にとっては大事な用件なのだと悟っていた。
「オレ、好きな子がいるんだ」
「好きな子?」
意外な言葉に驚いた。
全く予想していなかったと言えば嘘になるが、それにしても驚きだった。
響平は、いつもバカをやってるクラスのムードメーカー的存在だ。明朗快活で、誰に対しても分け隔てなく接するので、男女関係無く友達が多い。
けれど僕の知る限り、特定の女子と仲良くしているところを見たことが無かった。
だから僕の中では響平と恋愛とが結び付かないのだ。
「そんな驚くなよぉ」
「あ、ごめん」
視線を空に移し、さっき買ったジュースを飲む。
響平も僕に続いてジュースを口にした。喉が渇いていたのか、それとも気持ちを紛らわすためなのか、ごくごくと勢い良く飲んでいる。
一気飲みか、と思ったが残り一割のところで口を離し、深い溜め息をついてからまた僕を見つめた。
「んでさ、相談に乗ってほしいんだ」
「相談って……」
この場合の相談って言ったら、話を聞いてアドバイスをするってだけじゃないだろう。相手のことを調べたり、上手く二人になれるように根回しをしたり。
だけど残念ながら、僕は今まで誰かの恋愛相談に乗ったことが無い。恋愛小説で知ってる程度だ。
そんな僕に的確なアドバイスなんて出来るはずがない。
こいつ、人を見る目が無いな。
それにもし相手が僕の好きな人──水無月さんだったら困ったことになる。
すぐにでも角が立たないようにやんわり断ろうと思った。
けれどそれより早く、響平は音が聞こえるほど勢い良く頭を下げてきた。
「なっ!頼む宗介!」
先手を打たれてしまった。
店の前で拝むように頼まれたら、ちゃんと話を聞く前から断るわけにもいかないか。
「……相手は?」
「えっとぉ……そのぉ……」
急にもじもじし始めた。
気持ち悪い。
「相手は?」
「……成瀬」
意を決して発せられた名前に安堵する。
水無月さんでなくて良かった。
響平が好意を寄せていたのは、同じくクラスメートの成瀬瑠璃さん。
間延びしたやや舌っ足らずな甘い喋り方から、男子からは好意を、女子からは敵意を向けられやすい子だ。
その好意を向けていた一人が響平だったということ。
「いつから好きなの?何で成瀬さん?」
この聞き方は成瀬さんに失礼だろうか。
だけどそれだけ意外で驚いているのだと察して許してほしい。
響平は意外にもあっさりと即答した。
「好きになったのは同じクラスになった時だな。名前は聞いたことあったんだけどさ、同じクラスになって初めて見た時にこう、ビビッてきたんだよ。これがよく言う一目惚れってやつなんだなって。理由?んなもん決まってんだろ、可愛いからだよ。顔も声も性格も──何から何まで可愛いじゃんか。The女の子って感じで!守ってあげたくなる!みたいな。そしたらもう好きになって当たり前だろ」
えらく軽くなった口で饒舌に語られる。
本気さが伝わり過ぎて逆に少し恐い。
とりあえず、いつどうして好きになったのかはわかった。十二分にわかった。嫌というほどわかった。
ただ、まだわからないこともある。
「気持ちはわかった。だから少し落ち着け」
「そ、そうか。それじゃあ──」
「でもさ、何で僕に相談しようと思ったわけ?」
もう一つの問いを投げ掛ける。
むしろこちらの方が大事だ。
恋愛経験はもちろん、恋愛相談の経験も、豊富そうなやつは他にもいるはず。わざわざ僕に持ち掛けた理由がわからない。もしも僕じゃなくていいなら、つまらない理由なら、今からでも断ろうと思った。その場合、他のやつに頼んだ方が響平のためでもある。
響平はなぜだかキョトンとしていた。
「何でって……友達だから?」
「いやまぁ友達だけどさ。誰か他のやつでもいいじゃん。何で僕だったの?」
「うーん?」
僕が聞いたことにピンときていない様子だった。
それでも数秒後、首を傾げて唸っていたのが嘘のように、響平はあっけらかんと答える。
「お前なら信用できるから、かな」
「信用?」
今度は僕の方がピンとこなかった。
あまりの予想外過ぎて、断るべきかどうなのかがわからない。
「言っとくけど、他のやつらが信用できないってわけじゃねぇよ。ただ、お前なら笑わないだろうし、真剣に話を聞いてくれると思ったんだよ。ほら、お前ってやたら面倒見良いしさ。いっつも周りのこと気遣ってるから」
「振り回されてるだけなんだけど」
単に周囲のやつらに面倒事を押しつけられているだけだ。
「それに交友関係だって広いじゃん」
「交友関係って、お前が言うなよ」
僕のはせいぜいクラス内での話だ。
クラスの内外で友人が多い響平に言われると違和感しか無い。
「だから頼む!一生のお願い!」
響平は再び頭を下げ、これでもかと手を擦り合わせる。
このままだと、いくら断っても食い下がられそうだ。最後はなし崩し的にお願いを聞くことになるんだろう。いつもの面倒事を押しつけられる時と一緒だ。諦めて恋愛相談に乗る自分の姿が容易に想像できる。
早いか遅いかの違いだと思えば、答えは簡単だ。
「……期待するなよ」
僕は相変わらず押しに弱いな。
この、頼まれたら断れない性格を直したいものだ。
響平は満面の笑みを浮かべた。
「感謝するぜ、宗介!」
そう言って抱きついてくる。
その日は今後のことを話して解散した。
──大変そうだけど、響平が成瀬さんと上手くいくように、僕も精一杯頑張ろう。
そんなことを考えていた。
これが悲劇の始まりになるとも知らずに。
僕は放課後、クラスメートである波戸響平に呼び出された。
場所は学校近くのコンビニ前。
近くとは言っても、通学路から外れているので、うちの生徒が来ることは多くない。だからこそ、学校関係の内緒話なんかには適した場所である。
それゆえに、呼び出された時点で、少なくとも彼にとっては大事な用件なのだと悟っていた。
「オレ、好きな子がいるんだ」
「好きな子?」
意外な言葉に驚いた。
全く予想していなかったと言えば嘘になるが、それにしても驚きだった。
響平は、いつもバカをやってるクラスのムードメーカー的存在だ。明朗快活で、誰に対しても分け隔てなく接するので、男女関係無く友達が多い。
けれど僕の知る限り、特定の女子と仲良くしているところを見たことが無かった。
だから僕の中では響平と恋愛とが結び付かないのだ。
「そんな驚くなよぉ」
「あ、ごめん」
視線を空に移し、さっき買ったジュースを飲む。
響平も僕に続いてジュースを口にした。喉が渇いていたのか、それとも気持ちを紛らわすためなのか、ごくごくと勢い良く飲んでいる。
一気飲みか、と思ったが残り一割のところで口を離し、深い溜め息をついてからまた僕を見つめた。
「んでさ、相談に乗ってほしいんだ」
「相談って……」
この場合の相談って言ったら、話を聞いてアドバイスをするってだけじゃないだろう。相手のことを調べたり、上手く二人になれるように根回しをしたり。
だけど残念ながら、僕は今まで誰かの恋愛相談に乗ったことが無い。恋愛小説で知ってる程度だ。
そんな僕に的確なアドバイスなんて出来るはずがない。
こいつ、人を見る目が無いな。
それにもし相手が僕の好きな人──水無月さんだったら困ったことになる。
すぐにでも角が立たないようにやんわり断ろうと思った。
けれどそれより早く、響平は音が聞こえるほど勢い良く頭を下げてきた。
「なっ!頼む宗介!」
先手を打たれてしまった。
店の前で拝むように頼まれたら、ちゃんと話を聞く前から断るわけにもいかないか。
「……相手は?」
「えっとぉ……そのぉ……」
急にもじもじし始めた。
気持ち悪い。
「相手は?」
「……成瀬」
意を決して発せられた名前に安堵する。
水無月さんでなくて良かった。
響平が好意を寄せていたのは、同じくクラスメートの成瀬瑠璃さん。
間延びしたやや舌っ足らずな甘い喋り方から、男子からは好意を、女子からは敵意を向けられやすい子だ。
その好意を向けていた一人が響平だったということ。
「いつから好きなの?何で成瀬さん?」
この聞き方は成瀬さんに失礼だろうか。
だけどそれだけ意外で驚いているのだと察して許してほしい。
響平は意外にもあっさりと即答した。
「好きになったのは同じクラスになった時だな。名前は聞いたことあったんだけどさ、同じクラスになって初めて見た時にこう、ビビッてきたんだよ。これがよく言う一目惚れってやつなんだなって。理由?んなもん決まってんだろ、可愛いからだよ。顔も声も性格も──何から何まで可愛いじゃんか。The女の子って感じで!守ってあげたくなる!みたいな。そしたらもう好きになって当たり前だろ」
えらく軽くなった口で饒舌に語られる。
本気さが伝わり過ぎて逆に少し恐い。
とりあえず、いつどうして好きになったのかはわかった。十二分にわかった。嫌というほどわかった。
ただ、まだわからないこともある。
「気持ちはわかった。だから少し落ち着け」
「そ、そうか。それじゃあ──」
「でもさ、何で僕に相談しようと思ったわけ?」
もう一つの問いを投げ掛ける。
むしろこちらの方が大事だ。
恋愛経験はもちろん、恋愛相談の経験も、豊富そうなやつは他にもいるはず。わざわざ僕に持ち掛けた理由がわからない。もしも僕じゃなくていいなら、つまらない理由なら、今からでも断ろうと思った。その場合、他のやつに頼んだ方が響平のためでもある。
響平はなぜだかキョトンとしていた。
「何でって……友達だから?」
「いやまぁ友達だけどさ。誰か他のやつでもいいじゃん。何で僕だったの?」
「うーん?」
僕が聞いたことにピンときていない様子だった。
それでも数秒後、首を傾げて唸っていたのが嘘のように、響平はあっけらかんと答える。
「お前なら信用できるから、かな」
「信用?」
今度は僕の方がピンとこなかった。
あまりの予想外過ぎて、断るべきかどうなのかがわからない。
「言っとくけど、他のやつらが信用できないってわけじゃねぇよ。ただ、お前なら笑わないだろうし、真剣に話を聞いてくれると思ったんだよ。ほら、お前ってやたら面倒見良いしさ。いっつも周りのこと気遣ってるから」
「振り回されてるだけなんだけど」
単に周囲のやつらに面倒事を押しつけられているだけだ。
「それに交友関係だって広いじゃん」
「交友関係って、お前が言うなよ」
僕のはせいぜいクラス内での話だ。
クラスの内外で友人が多い響平に言われると違和感しか無い。
「だから頼む!一生のお願い!」
響平は再び頭を下げ、これでもかと手を擦り合わせる。
このままだと、いくら断っても食い下がられそうだ。最後はなし崩し的にお願いを聞くことになるんだろう。いつもの面倒事を押しつけられる時と一緒だ。諦めて恋愛相談に乗る自分の姿が容易に想像できる。
早いか遅いかの違いだと思えば、答えは簡単だ。
「……期待するなよ」
僕は相変わらず押しに弱いな。
この、頼まれたら断れない性格を直したいものだ。
響平は満面の笑みを浮かべた。
「感謝するぜ、宗介!」
そう言って抱きついてくる。
その日は今後のことを話して解散した。
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