恋連鎖ヘキサゴン

朝月 桜良

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瑠璃

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 放課後の教室。
 つい先刻までの騒がしさが嘘のように静けさで満ちている。
 それもそのはず、すでに教室には誰もいない。
 いるのは僕と、残ることが日課になっているという成瀬さんだけだ。
 成瀬さんは今日も窓から外を──外にいる出雲を見つめている。

「成瀬さん」
「──鷲崎くん」
 振り返るなり、成瀬さんの目の色が変わった。溶けそうなほど柔らかく儚い光を帯びた恋の色ら、その他の誰かに向けるものへと。
「それで、どうだったぁ?」
「あー、うん」
「もしかして、その……好きな子……いた?」
 俯き、上目遣いで怖々とそう訊ねた。
 よほどその答えを聞くのが恐いらしく、まるで叱られた子供のように身を縮こまらせている。ただでさえ小柄な彼女の身体は、本当に子供のように小さくなった。
 当然だ。その恐怖は僕にも痛いほど分かる。けれど成瀬さんは、僕とは違って恐怖しながらも前進したのだ。尊敬する。だからこそ、本当のことを言うのを躊躇ってしまう。
 怯えながら答えを待つ彼女に、僕は嘘をついた。
「ごめん、まだ聞けてないんだ」
「そ、そうなんだぁ……」
 残念そうに、けれどほっとした様子だった。
 安堵する彼女に、僕は確かめるべく尋ねる。
「あの、成瀬さん、一つ聞いていい?」
「え?うん、どうそぉ」
「成瀬さんは、何で出雲が好きなの?」
「あ、あははぁ。そのことかぁ」
 成瀬さんは、照れ笑いと苦笑いの中間みたいな笑みを浮かべた。
「あたしね、分かってるんだぁ……あたしが色んな女の子たちから煙たがられてるのぉ。前に直接、男子に媚びてて目障りだぁ、って怒られたこともあるしねぇ。だけど、みんなは信じられないかもだけどぉ、あたし、これでも媚びてるつもりなんてこれっぽっちもないんだぁ。あたしだって女の子だもん、可愛くなりたいなぁって思うし、その努力もしてるつもりだよぉ。でも誰かに媚びようとしたことなんてない。それでも周りからはそう見えるんだろうねぇ」
 そう語る成瀬さんは悲しげに目を伏せた。
 彼女の話を聞いて、僕も居た堪れないきもちだった。
「それでね、最近までそのこと、ずっとずっとずぅーっと悩んでたんだぁ。このままじゃダメなのかなぁ、可愛くなりたいって思っちゃダメなのかなぁ、なんて。だけどね、あるとき、出雲くんが励ましてくれたんだぁ」
「出雲が……?」
「なりたい理想があるなら周りなんか気にせず追うべきだ、だってぇ。そしたらね、肯定してもらって、気持ちがすぅーって軽くなったんだ。このままでいいんだって思えたのぉ。それからは、その言葉を思い出すとね、胸がドキドキして、心が大きくなったのぉ」
「それで好きになったんだ」
「そうだと思う」
 ほんわかとした幸せそうな笑顔で頷く。
 何というか、意外だった。
──いや、自分も周囲の目に振り回されてる出雲だからこそ、成瀬さんの苦悩が分かったのかもしれない。
 辛い悩みを晴らしてくれた、恋焦がれるには十分な理由だろう。
 僕が成瀬さんを応援する理由にも十分過ぎる。
「実るといいね、その恋」
「うん!」
 素直にそう思った。
 叶うことなら彼女の恋も実ってほしいと。

 しかしそれは、出雲と響平の恋が叶わないというわけで……。
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