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青年の病室に僕は何日も通った。
見舞いに行くのに、アトリエの急斜面の階段を転げ落ちないように足元を意識して 今まで思ったこともなかったけど出入り口にいる金魚はあの子とよく似ている気がした、見舞いの礼儀も僕にはわからなくて何を持っていこうか迷って病院までの通り道に花屋に寄ってみた。目を引かれたのはサボテンだった、丸くて小さくて可愛らしい、放っておいてもすぐには枯れたりしない。水をやれば花を咲かせるって。
とげとげに触らないようにビニールとカゴで包まれたサボテンを持って、病室に訪れた。202号室。
彼は静かにそこで眠っていた。
わからない。眠っているかどうかはわからないけど僕は毎日ここに通っている。
「来たよ。…あれからあの白い猫は見ない …外が少し曇っていて …光が散乱してアトリエのすりガラスがちょうどホリゾントのようになったよ …」
「僕は …僕は花を持ってきて…花っていうか、サボテンなんだけど…、病院に差し入れるのには何がいいのか…、食べるのが 苦手で …君は …僕は、画家なんだ これも花屋で見て決めて …」
「名前は 名廊直人 …今年で30、歳、だったかな、植物は …静物画でよく見る、静物は動かないもので 静かで …生きているものより …、」
「家族には兄が一人いる、生まれ育ったのは××××ていう…田舎の、実家はそこでは名の通った家だったみたい、僕には関わりないけど …今は××に住んでる」
「学校は小中は一貫の…、いや これは僕自身の話じゃ ないのかな …」
「メアリー・シェリーを知ってる? 僕 の あだ名。つけてくれたのは 可愛い 初恋のひとで、僕を 怪物さん て呼ぶ」
「僕 …僕に語れることなんてほとんどない 僕は見たままの男だ」
君は
君はどうなんだろう。
毎日ここへきて、多分同じような話を繰り返して 自分のことだ 言葉をどうにか紡ぎ出そうと手繰り寄せて、結局失敗して毎日帰っている。それでも彼は目を覚ましていない。僕の失敗は毎日1回目で
彼に …言うべきことがあるはずだった
点滴の袋に名前が書いてある 「綾瀬香澄」アヤセカスミ この子の名前
……
あの日
電車の踏切の中に入った僕を庇って、この子が電車に跳ねられた
頭から地面に叩きつけられて顔をアスファルトですり潰された彼は昏睡状態で病院に運ばれた
目元は今も包帯に覆われている
「…、…ぁ、か、」
香澄 くん。
大学生くらいだろうか。彼はどうして僕なんかの代わりに轢かれてしまったのか、ずっと、ずっとあの瞬間から考えていたけどわからなかった。きっと彼に庇われなくたって僕は無事だったろう。無事とは違ってもきっとなんでもなく、何も変わらなかったはずだ。彼がしたことは、本当に無駄で、ただ彼がこうなっているだけの結果が残った
それでも僕はきっと言わないといけない、「助けてくれてありがとう」だとか、そんな言葉を。
「…あ …、…」
言葉は出なかった。
特に意識的に時間を気にする習慣もなく訪れた病室はもう夕暮れ時で、ここで僕がぐずぐずしている時間が長すぎたからそうなってしまったのか、それとも来た時間からして遅かったのか、わからないけどそろそろ病室を出なきゃならない時刻だった。
僕は立ち上がる。
自分へのどうしようもなさだけ重たく引きずりながら、扉を閉めて、病室を後にした。
見舞いに行くのに、アトリエの急斜面の階段を転げ落ちないように足元を意識して 今まで思ったこともなかったけど出入り口にいる金魚はあの子とよく似ている気がした、見舞いの礼儀も僕にはわからなくて何を持っていこうか迷って病院までの通り道に花屋に寄ってみた。目を引かれたのはサボテンだった、丸くて小さくて可愛らしい、放っておいてもすぐには枯れたりしない。水をやれば花を咲かせるって。
とげとげに触らないようにビニールとカゴで包まれたサボテンを持って、病室に訪れた。202号室。
彼は静かにそこで眠っていた。
わからない。眠っているかどうかはわからないけど僕は毎日ここに通っている。
「来たよ。…あれからあの白い猫は見ない …外が少し曇っていて …光が散乱してアトリエのすりガラスがちょうどホリゾントのようになったよ …」
「僕は …僕は花を持ってきて…花っていうか、サボテンなんだけど…、病院に差し入れるのには何がいいのか…、食べるのが 苦手で …君は …僕は、画家なんだ これも花屋で見て決めて …」
「名前は 名廊直人 …今年で30、歳、だったかな、植物は …静物画でよく見る、静物は動かないもので 静かで …生きているものより …、」
「家族には兄が一人いる、生まれ育ったのは××××ていう…田舎の、実家はそこでは名の通った家だったみたい、僕には関わりないけど …今は××に住んでる」
「学校は小中は一貫の…、いや これは僕自身の話じゃ ないのかな …」
「メアリー・シェリーを知ってる? 僕 の あだ名。つけてくれたのは 可愛い 初恋のひとで、僕を 怪物さん て呼ぶ」
「僕 …僕に語れることなんてほとんどない 僕は見たままの男だ」
君は
君はどうなんだろう。
毎日ここへきて、多分同じような話を繰り返して 自分のことだ 言葉をどうにか紡ぎ出そうと手繰り寄せて、結局失敗して毎日帰っている。それでも彼は目を覚ましていない。僕の失敗は毎日1回目で
彼に …言うべきことがあるはずだった
点滴の袋に名前が書いてある 「綾瀬香澄」アヤセカスミ この子の名前
……
あの日
電車の踏切の中に入った僕を庇って、この子が電車に跳ねられた
頭から地面に叩きつけられて顔をアスファルトですり潰された彼は昏睡状態で病院に運ばれた
目元は今も包帯に覆われている
「…、…ぁ、か、」
香澄 くん。
大学生くらいだろうか。彼はどうして僕なんかの代わりに轢かれてしまったのか、ずっと、ずっとあの瞬間から考えていたけどわからなかった。きっと彼に庇われなくたって僕は無事だったろう。無事とは違ってもきっとなんでもなく、何も変わらなかったはずだ。彼がしたことは、本当に無駄で、ただ彼がこうなっているだけの結果が残った
それでも僕はきっと言わないといけない、「助けてくれてありがとう」だとか、そんな言葉を。
「…あ …、…」
言葉は出なかった。
特に意識的に時間を気にする習慣もなく訪れた病室はもう夕暮れ時で、ここで僕がぐずぐずしている時間が長すぎたからそうなってしまったのか、それとも来た時間からして遅かったのか、わからないけどそろそろ病室を出なきゃならない時刻だった。
僕は立ち上がる。
自分へのどうしようもなさだけ重たく引きずりながら、扉を閉めて、病室を後にした。
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