黒覆面の若旦那は嘘つき花嫁をほだして愛する

ワタリ

文字の大きさ
11 / 48

第11話

しおりを挟む
「そうだ! 今日は旦那様が一葉様の必要なものを買いに行こうとおっしゃっていましたよ!」
「ぅえっ!?」

 思いがけない三上の言葉に一葉は思わず変な声を出した。

「あの、でも、すでにお部屋に十分必要なものは揃えていただいておりますよ……?」

 とんでもない!と三上は首を振った。

「鏡台や箪笥は好みがあるだろうからと、まだご用意していないんです。旦那様は一葉様がいらっしゃってから一緒に買いに行くおつもりだったんです。今日はそのためにお休みをとられたそうですよ」

 ニコニコと笑顔を教えてくれる三上に、さようでございますかぁ……と一葉は間抜けな声で返事をした。

 再び米に目線を落とす。米を研ぐ水の冷たさが時差になって伝わってきた。手がかじかむ。身体が強張る。

 一緒に出掛けるの……? マジで……?
 昨日の今日あんなことあった相手と?

「おはようございます」
「保胤様、おはようございます」

 朝食の準備を始めてから一時間ほど経った頃、保胤が食堂へと入ってきた。席に座ると一葉が炊き立ての白米と味噌汁の乗せたお盆を持って近づいた。

「……お、おはようございます」
「おはようございます、一葉さん」
 
 保胤はまるで何もなかったかのように目だけニコリと微笑む。

(朝からその覆面つけるんだ……)

 昨日と同じように保胤は顔にいつもの黒い覆面をつけていた。

「今朝は茄子と揚げですか。いいですね、僕の大好物です」

 保胤の前に茶碗と味噌汁の椀を置くと、一葉はそそくさとその傍から離れた。

「おや? 一葉さんの分は?」

 一葉を呼び止める。

「あ……ええと、私は後でいただきます」
「あら? どうかなさったんですか?」

 三上が心配そうに台所から出てきた。

「も、もしかしたら風邪をひいたのかもしれません……私のことは気にせずどうぞ召し上がってください」

 昨日の夜、俯いて味噌汁をすする保胤の姿を見て一緒に食べていいものか悩んだのもあるが、食欲があまりなかった。

「あの、ほんと、私のことはどうかお気になさらずに! 少し部屋で休んできますね!」











 自室に戻ると一葉はベッドにばたんと倒れこんだ。

「はあ……朝から疲れた~」

 今日の買い物は止めにさせてもらおう。さすがに昨日あんなことがあった相手と一緒に買い物にいく気にはどうしてもなれない。

「……そんなこと言ってられないんだけどさ」

 一葉は保胤の顔を思い浮かべる。確かに奇妙な風貌をしているが、不思議とそのことは気に留めなかった。ただ、昨夜の彼の行動を心の底から恐怖を感じた。
 一葉は自分の頬に触れる。保胤の舌の感触を思い出して身体が震えた。

 誰とも男女の関係になったことがない一葉にとって、昨夜の保胤の行為はあまりにも衝撃的だった。無理やり喜多治家の養子にされたが、慶一郎は一葉に身体を売るような仕事はさせなかった。優しさからではない。そうなったら良家の嫁に出す価値がなくなるからだ。

「もうすぐあれ以上のことをしなきゃいけないのよね……」

 任務とはいえ自分に出来るだろうか。頬を舐められただけで身体がすくんで動かなかったのに。

「これなら逆に色恋指南受けといた方が良かったのかなぁ~ぶっつけ本番の方が不安すぎる~!」

 ベッドの上でジタジタと暴れる。

「一葉さん」

 突然ノックの音と共に保胤の声が聞こえてきた。慌てて身体を起こす。

(やばい、聞かれてた!?)

 扉の向こうに人がいるとは知らず盛大な独り言をしてしまった。飛び起きて返事をする。

「は、はい!」
「三上さんがうどんを作ってくれました。ここに置いておきますから食べられそうでしたら召し上がってください」
「あ……すみません……ありがとうございます」
「それと、昨日は申し訳なかった」

 突然の謝罪の言葉に一葉はドキリとした。

「性急過ぎました。僕のような男にあんなことをされて気味が悪かったでしょう。怖がらせてしまい申し訳ありません」
「あ……」
「今日一緒にあなたの嫁入り道具を買いに出掛ける予定でしたが、やめておきましょう。体調が優れないのも心配だが、僕と一緒に出歩くのは嫌でしょう。一葉さんのご都合の良い時に行かれてください。車はすぐに手配します」
「……」
「食事も、僕と一緒が嫌なのなら別々でもかまいません。だけど、何か召し上がってください。心配です」
「え、あ、あの」

 ぎしりと床を踏む音が聞こえた。保胤が扉の前から離れようとしたのが分かった。一葉はベッドから降りて扉に向かって走る。

「あの……っ!」

 扉を開けると、廊下を歩く保胤の後ろ姿が見えた。一葉に気付き振り返る。

「昨夜はその……ちょっと……びっくりしただけです……突然、服を脱げだなんて……」
「すみません」

 保胤は向き直り深く頭を下げた。

「買い物は……折角ですから一緒に。保胤様がお休みをとってくださったと三上さんから伺いましたし」

 困惑しながらも予定通り一緒に出掛けようと保胤を誘う。任務を遂行しなければならないというのも理由だったが、決してそれだけではなかった。殊勝な態度を見せる保胤が気の毒に思えたからだ。

「本当ですか?」

 保胤には一葉の方に近づくと目元だけでも分かるほど、ぱあぁっと表情を明るくした。

(変わった方だけど……案外素直な一面もあるのね)

 言動に戸惑うことは多いが、一葉は保胤の良さにも触れた気がした。

「僕は書斎にいますので準備が整ったらいつでも声を掛けてください」
「わ、分かりました……」
「はい、おうどん」
「あ、ありがとうございます……いただきます」

 保胤はうどんの丼の乗ったお盆を持ち上げて一葉に渡す。温かくいい香りの湯気がふわりと二人の間に立ちのぼった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約してました~

marumi
恋愛
大国、セレスティア帝国に生まれた皇女エリシアは、争いも悲しみも知らぬまま、穏やかな日々を送っていた。 しかしある日、帝都を揺るがす暗殺事件が起こる。 紅蓮に染まる夜、失われた家族。 “死んだ皇女”として歴史から名を消した少女は、 身分を隠し、名前を変え、生き延びることを選んだ。 彼女を支えるのは、代々皇族を護る宿命を背負う アルヴェイン公爵家の若き公子、ノアリウス・アルヴェイン。 そして、神を祀る隣国《エルダール》で出会った、 冷たい金の瞳をした神子。 ふたつの光のあいだで揺れながら、 エリシアは“誰かのための存在”ではなく、 “自分として生きる”ことの意味を知っていく。 これは、名前を捨てた少女が、 もう一度「名前」を取り戻すまでの物語。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。

処理中です...