夫に売られていた不憫な魔導師は年下冒険者と使い魔に溺愛される

如月紫苑

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第一章 指を締め付ける鎖

6 指輪

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    ◇◇
 その日、俺は夫を失った喪失感と悲しみで熱を出した。
 リースは夜通し看病してくれていた。前日もあまり寝ていないだろうに、ずっと自分よりも俺を優先してくれる。
 朝起きるとはっきりとした終結と覚悟が出来ていた。
「家にいると思いますか?」
「多分。元々あまり外出する人じゃなかったから」
 リースは足が重く、ゆっくりと歩く俺のスピードに合わせてくれる。急かす事もせず、嫌な顔もせず。それだけでも嬉しい。
 彼は旅用の防具を身に着け、荷物も纏めている。服装が変わるだけでもこんなにも凛々しい雰囲気になる。瞳の濃い灰色に合わせた宝石の付いた長剣を腰に納めている。
「もしもう無理だと思ったら、俺に助けを求めてください。手を差し伸べたら、絶対に掴みますから」
 ドアを開けるとカシンはテーブルに座って酒を飲んでいた。目の前のおつまみも美味しそうだが、こんなにも早朝から飲んでいる事にもびっくりだ。
「……レン、何故ここにいる? まだ仕事中のはずだろ。久し振りの太っ腹な客だ、また欲しがるように絶対に満足させろよ」
 彼の言葉に何も言わず、家の中へと入る。カシンは俺のすぐ後ろについて入ってきたリースを見ると最初は愛想笑いを浮かべる。だがリースがそれに応えないのを見て一気に不機嫌な表情になる。
 指を締め付ける指輪を指から抜く。ペアの結婚指輪を買った当時、細身の俺の方が女性の分を貰った。その時は少しきつかった。今では満足に食べていなかった生活で少し緩くなった。
「カシン、離婚しよう」
 
カツン
 
 俺はテーブルに自分の指輪を置く。
 彼はそれを無言で見ると俺を見上げる。
「何故?」
 彼はドアの横で立ったままのリースをチラッと見てから俺に笑う。
「そいつに乗り換えるのか?」
「赤ちゃん」
 リースは肩眉を上げると笑い出す。
「見たのか。あぁ、俺に子供が出来たんだ。この俺に。彼女は可愛い子でな、俺と一緒に過ごす前は処女だったんだぜ? 処女! やっぱり一緒になる子は身持ちが硬くねぇとな。誰にでも股開くのは駄目だ」
 彼の言葉は残酷に俺を引き裂いていく。俺も結婚する前は未経験だったのに、というセリフは意地でも飲み込む。
「尻軽だという自覚はあるんだろ、レン。目が真っ赤だぞ」
「うん、泣いたから。離婚して」
「嫌だね。彼女が妊娠中って事は今よりも金が必要になってくる。お前にはもっと稼いでもらわなきゃいけなくなったんだよ。ちんたらやっているから金が溜まらないんだよ。今週末は乱交パーティーを組む事にしたからそれにはちゃんと出ろ」
 
――――乱交パーティー……本当にカシンにとって俺の価値は体でお金を稼ぐ金づるってだけなのか

「……嫌だ。もう、嫌なんだ」
 カシンは鼻で笑い、リースを顎でしゃくる。
「そいつが現れるまでは一度も文句言わなかったじゃねぇかよ」
「この結婚を護りたかったから」
「お前が黙って今までのように続けていりゃ結婚は続けてもいいんだぜ?」
 俺は頭を振る。
「嫌だ。離婚して、カシン。俺をちょっとでも好きだったのだったら、もう、離婚して」
「断る」
 
――――ここまで頑なに離婚をしたくない理由は、収入源がなくなるからなのか。俺の気持ちなんて……どうでもいいんだな

 止まっておいた涙が流れる。
「レンさん」
 リースの静かな怒りを含んだ声が嫌な空気を裂く。俺は涙を流しながら彼を振り返る。

――――タスケテ

 リースの濃い灰色の瞳が俺の姿を映す。
 俺の悲鳴が聞こえたように彼は腕を伸ばし、俺を彼の方に引き寄せる。
「頑張りましたね。頑張った」
 耳元で彼の落ち着いた優しい声に少し心が落ち着く。
「外で待っていて」
 顔を上げると彼が優しく微笑む。
「心配しないで。そこまで傷付けませんよ。脅すだけ。でももう貴方を傷付けるものは何も見て欲しくないから。だから、外で待っていてください」
「レン」
 カシンの怒った声がする。彼の方を向く。
「今すぐこっちに来い。そうしたらこれはなかった事にしてやる。だから、今すぐに、俺の隣に来い」
 リースの力強い腕に手を重ね、背中を押して貰う。
「……さようなら、カシン」

――――愛している

「レン!」
 激怒した時の名の呼び方だ。それに動悸がするが、俺はドアの取っ手を掴んでゆっくりとドアを開ける。
「お願いだから……あまり酷くはしないで」
「……分かりました」
「てめぇ、レン! 今すぐ戻ってきやがれ!」
 
カッチャ…… ン

 ドアを背後に閉めた時、金具が小さな音を立てる。
 俺は家の少し前方ある岩に腰掛ける。
 家の中から叫び声と何かを投げる音が交差する。カシンの悲鳴に体が跳ねる。
 だが、もう助けには行かない。
 行きたくとも、もう、行かない。
「おう、カシンは大丈夫かよ?」
 隣の大工が彼のドアから顔を覗かせる。
「……大丈夫」
「今週末の事聞いたぞ。へへへ、思いっきり叫ばせてやるからよ、お前も楽しみにしとけ」
 この男は俺の悲鳴を聞くのが好きなタイプだ。何度か終わった後に傷を治癒しなければいけなかった。
「おら、何か言えや。俺様に突っ込まれてひぃひぃ喘ぎながらイクのが凄く楽しみだって言え」
 無言の俺に苛立ったのか、大工は俺の腕を掴む。ギシギシと音を立てて腕が軋む。
「レンさん、終わりました。……彼は?」
「昔の客」
 リースは腰の長剣を抜き、俺の腕を掴んでいる腕に刃先を当てる。
「今すぐ彼を離せ。さもないと腕を一本落とす」
 大工は青褪めてすぐに自分の家へと引き上げていく。
「彼の署名です」
 リーフはカシンの血液で拇印されている小さな紙を渡してくれる。あとはこの紙を神殿の方へ提出をすれば正式に離婚となる。
「……カシンは……」
「体は大丈夫ですよ。少しプライドは傷付いていると思いますが」
「ありがとう、リース。神殿まで、付き合ってくれる?」
「勿論ですよ。どこへだってついて行きますよ、レンさん。だからこれからはレンさんの行きたい場所に行きましょう」

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