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仮面皇妃編

北都放棄と帝都帰還

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「インカ帝国随一の知将と謳われた、あの礎・インカ・ユパンキ様がよもやの、ただ逃げるですかぁ!?」
「ただ逃げる訳じゃない、理由は色々ある」

 興奮気味のヤカネを諭すように、礎がそう口を開く。

「だったら、その色々を教えてくださいよ。一介の通訳兼侍女であるわたしですが正直納得いきません」
「……なあクラ、彼女以前からこんな性格だったっけ?」
「それは我のせいでヤカネがこうなったと言いたいのかな、皇帝陛下?」

 緊急事態と言いつつ、脱線脱線で話がなかなか進まない。

「とりあえず元皇帝陛下と皇太子は早急に逃してくれ。
 彼らが見つかったら計画が水の泡だ」
「それは勿論。
 なので武猛様に付いて頂き、二人には彼女そっくりの牛の面を被って頂きました」

 確かにそれなら違和感ありすぎて、誰も正体に気付かず近寄ろうとも思わないだろう。

「……でも、礎様は本当に戦わないので?」
「くどいな、あとは道中で話すぞ」

 何が何でも聞き出そうとするヤカネを、礎は引き剥がすように制した。

 そして鷄冠のアタワルパが北都キトに到着した頃には、クラと礎は少数の兵を連れて、裏道から見つからぬよう帝都クスコへ戻る途中であった。


「そもそもアタワルパの母はキトの出身だ。地の利は向こうにある」

 道中、礎が話し始める。

「向かった先で旧キト王国の残党が協力すると?
 ただ申し訳ないですが、あの鷄頭は人望も指導力もなさそうですよ?」

 ヤカネは不敬にも皇帝の一族を鷄頭扱いした。確かにアタワルパの頭には鶏をあしらった冠が乗っかっているが。

「うん、あそこを拠点にする気なら間違いなく早いうちに行き詰まって自滅するだろう。
 それが狙いの一つ」
「ほうほう一つという事は、まだ他にも狙いがあるって事ですよね?」

 ヤカネは礎の策に興味津々なのか、目を輝かせながら先を促す。

「当然。そもそも今回の北方遠征自体も無理があった。
 もしイスパニアとアタワルパが裏で繋がっていたとしたら、今頃帝国の遠征軍はキトで挟み撃ちだ」
「地理的にそうなってましたね、おお怖い怖い」
「逆にアタワルパがイスパニアと無関係なら、いずれ侵略してくる際の時間稼ぎぐらいにはなるだろう」
「なーるほど囮というか壁役って事ですね。陛下、お主もワルよのお」

 そう言ってヤカネは二ヒヒと悪い笑みを浮かべる。

「そして今回、陽光冠ワスカルが動いてないのが大きい」
「確かに!
 鷄冠アタワルパ様の、姉を取られたと言う言い分を正当化するのにてっきり二人がかりで攻めて来るかと思っていましたが」
「なので急ぎ帝都クスコに向かう必要があるんだ。その真意を確かめる為に」
「ふむふむ」

 まるで生徒に諭す先生のように会話する礎とヤカネを、クラはただぼんやりと眺めていた。

「どうしたんですクラ様、さっきからボーっとして」
「あっ、いや」
「ふうん、余の美貌に見惚れていたかい?」
「それだけは絶対にない!」

 とも言えないのだが、本人を目の前にそれを認めるのは嫌だと思うクラであった。


「よくぞご無事で戻られた姉上、新陛下」

 陽光冠ワスカルは、帝都に戻ってきたクラ達一行を歓迎した。

「しかし亡き皇帝の意向に背くなど、あの男は何を考えているのやら」

 ワスカルは恭順の態度を示し、どころかアタワルパを批難する発言までしてみせる。
 これは保身の為か、油断させて罠にはめるつもりなのか、現時点ではクラには判断出来ずにいた。
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