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天文18年

第九話 罠と家督と男と女

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 私はお市、織田信長の妹である。
 そして今、城である人物を待っている。

「話があると言うので伺いましたが、
 その後お加減の方は?」

 現れたのは織田勘十郎信勝。
 信長の弟、私から見れば次兄である。

 目の前には体調を崩して布団で半身を起こす父、信秀。これでも、少し回復したのだ。
 現在私と、少数の薬師が看病している。あえて兄三郎信長や織田家臣には席を外してもらった。

「……おや、そちらの方は?」
「はい。
 お初にお目にかかります、勘十郎様。
 わたくし今川筋が女子、瀬名と申します」
「今川の?はあ、ご丁寧にどうも」

 薬師に混ざって瀬名姫がいたが、次兄とは面識のない様子であった。
 となると次兄と今川との直接の繋がりは無しか、しかし。

「母が薬師をしておりまして、わたくしも多少の覚えがございます。
 今回縁あって御父上様の看病を」
 と言う瀬名姫の言葉に、表情こそ変えなかったが次兄はピクリと身体を反応させた。

「縁……ああなるほど、先の戦の鶏の化け物の被害ですな。
 毒にやられていた者もいたようで、その治療ですか」
 しれっと次兄が口を開くが、まー白痴シラを切るつもりかい?
 まあ確かに瀬名姫の治療のお陰で、三河の兵たちと父上が随分回復したのは嬉しい誤算だったけども。

「時に勘十郎様、この包みに見覚えは?」

 そう差し出したのは、彼女の手のひらに収まる大きさの、粉薬の入った紙包み。
 それが普通の白い紙の包みであれば、病気の治療と言い逃れも出来ただろうけど。
 それは余りにも特徴的な、毒々しい紫の包みに入れられていた。

「それっ!……は、なな何でしょう?」

 おい次兄、ギリ知らないテイの態度を取ったつもりだろうけど隠せてないからね?

「勘十郎様の屋敷から出てきた物です。
 そして薬師の知識のあるわたくしは、これが何かを知っています」
 淡々と言い放つ瀬名姫の言葉に、次兄は観念して肩を落とし、項垂うなだれた。


 分かってしまえば、本当に単純な家督、いわゆる後継のわかだまりだった。
 織田家長兄の信広は妾の子なので、家督継承順位で言えば兄三郎信長の次が彼、次兄勘十郎信勝である。
 兄三郎のうつけぶりは尾張内は元より近隣国にまで広まっていて織田を継ぐのは無理、ならばと次兄の勘十郎を推す声も少なくなかった。

 少なくとも、2年前までは。

 しかし今の兄三郎はお義姉ちゃんとの絡みで斉藤道三との仲も良好、三河今川軍との戦も愛染明王の活躍もあって実績をあげており、もはやうつけとは言わせない。

 だから次兄は多分……焦ったんだろう。
 父信秀が、兄信長の方を重用していることに。そして父を亡き者にすれば織田家臣の支持から挽回できると思っても不思議ではない。
 しかし、その為には父殺しが次兄の仕業と発覚せず秘密裏に成功するのが前提。

 そして次兄は、を持つ怪しげな商人に声をかけられ、じわじわ弱っていく毒を薬に混ぜて父に飲ませていたと……


「もはや、これまでっ!」
 次兄はいきなりそう言うと、脇差を腰から抜いて自分の喉元に突きつける。

 まさか自害する気?……やらせないよっ!
 私は飛蹴りで脇差しを蹴飛ばした後、次兄に往復平手打ビンタを嚼ました。

「……あにうえは、バカですっ!」
 そして私は声高に主張する。
 2歳児だから喋りはぎこちないけど。

「このじだいに、おとこにうまれた、そのじてんで『かちぐみ』なのですっ!
 おんなに、うまれたら、できないこといっぱい、なのですっ!」
「お市、お前……」
「かんじゅろにいさま、カトクそんな、だいじ、ですかっ!
 にいさまにしか、できないこと、ほかにもあるはずですっ!」

「ああ、ああっ……そうかもなあ」
 私の言葉に、次兄はポロポロと涙をこぼす。

「そしてお市、こんな私をまだ兄と呼んでくれるか」
「あたりまえですっ!
 にいさまは、ずっとにいさまですよっ!」
 泣きながら私はそう言い、その場にいた瀬名姫を始めとする薬師、そして父までもがもらい涙したのだった。


 その後の次兄だが切腹は免れ、出家して謹慎と言う処分となった。
 まあ反省して心構え如何では一介の武将として復帰できるかも、足利の将軍様みたいに。
 で、今私はどうしてるって?

「先日のあれだが、いやなかなか堂に入った弁説であった!」

 すっかり元気になった父、信秀に呼び出されて褒められていた。

「そしてあの時、女がどうと言っておったがな、父は将来お主が尾張のどこかの城主、いや織田の後継者になっても良い器だと思っておるぞ?」

 いや、待ってくれい。
 それは親バカが過ぎる。
 そもそも信長あにうえがいるでしょうに。

「うむ、イチが主ならワシがそれを支える懐刀か。それも面白そうじゃ」

 いや兄上まで何言い出しちゃってるの!
 絶対やりませんからね!
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