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天正3年

第七十三話 祖母と孫

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 暗闇に大きな二つの目。
 その妖気は我が母、妖狐の土田御前に間違いないと私、お市は感じ取ったが、その場にいた他の者達は訳が分からないと言った表情で言葉を失う。

「お、おのれ! 何者だ!」
 信長の息子、織田長雲だけがすぐに我に返り、刀を抜いて身構えた。

「クッハハハッ!」
 闇の中から笑い声が聞こえてくる。

「立ち向かうのは我が孫のみか。
 なんとまあ、雁首並べて無様な姿を晒しよるのう?」

 その言葉と共に、我が母の姿がぼんやりと浮かび上がってきた。

 長雲はその姿を見て絶句する。
 母は美しい顔を歪めながら笑っていたのだ。
 そして、まるで見下すように言う。

「……妾を誰だと思うておるのじゃ?」
「わ、分からぬ……誰なのだ、貴様は!?」
「くっふふふ……そなたの婆ぞ?
 織田弾正忠信秀の嫁にして、天下一の女と謳われた土田御前とは妾の事よ」
「き、貴様が御祖母上だと!?」

 まさか、失踪した祖母が目の前に現れるなど夢にも思わないだろう、しかも妖の姿で。

「久しいのう……、元気でやっておったか?」
「な、何をしに来た!?」
 猫撫で声の我が母に、長雲はなおも刀を構えて警戒する。

「なんじゃ、つれないのう……
 せっかく会いに来てやったと言うのに……」
「戯言を言うな!
 何故、今になって現れたのだ!?」

「クッハハッ! 妾ももう歳でのう。
 そろそろ死んでも良い頃合いと思っただけじゃ」
「フンッ! そのような世迷い事を!」

 長雲のいう通り、この妖狐は殺しても死ななそうではある。

「良いから本当の目的を話せ!!」
 そう長雲が吠えると、

「そうか……やはり分からぬか」
 少し悲しげな顔の土田御前。

「では、少し秘密を打ち明けてやろう……妾はおんな陰陽師おんみょうじぞ?」

「女……陰陽師?」
 その言葉に長雲は驚きを隠せなかった。
 何故なら、知る限り陰陽師という存在は魔を払う存在。
 妖とは対極の存在であるはずであった。

「ククククッ……驚いているようじゃな。無理もない……
 じゃが実は、妾の本体は一度死んでおる」

 ……死んでる?
 まさか、我が母は幽霊なの?

 でも流石に幽霊に子供は産めないよなあ。

「言ったであろう? 妾は陰陽師と……」

「……まさか、反魂!?
 あの失われし禁術が、完成していたのか!」

 不意に銀ちゃんが声をあげる。

「おお、銀は気付いたようじゃのう」
 そう言って土田御前はニマリと笑う。

「そう、明(中国)発祥の禁術中の禁術、反魂の術により蘇ったのが妾よ」

 反魂の術!?

「その過程で少ししくじって……
 いやこれが本来の形なのかもしれぬが人外の血が少し混じってしもうてのお」
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