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九、
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崩れ落ちた初姫を支え、京次郎はあお向けに横たわらせた。
「すまぬ」
「何をお謝りになるのです」
ぼやけて焦点を失った瞳で、初姫は彼を見上げる。
疼くような痛みは限界を越え、もはや意識を保っているのがやっとであった。
呼吸のたびに血が溢れだし、手足の先が凍えていく。
死が目の前にあるというのに、不思議と恐怖はなかった。
「どうすれば良いのか分からぬのだ。泣くこともできぬ」
初姫は血に汚れた指でうろたえる京次郎の頬に触れた。
「憐れんでくださらずとも良いのです。わたくしは己のしたいようにしただけのこと。初は京次郎様にお会いできて幸せにございました」
京次郎の瞳の中で何かが砕ける。
初めて貰った言葉が、胸の奥で死んでいた感情にわずかな灯をともした。
「若様に刃を向けたこと、この身をもってお詫び致します。どうぞ我が家をお裁きください」
何か恐ろしいものの襲来を予感して、京次郎は歯を噛みしめた。
自分は今、とてつもなく大切なものを喪おうとしているのではないか。
恋い焦がれてたまらなかったもの、喉から手が出るほど欲し、けれど決して手に入らないと諦めていたものを。
霧がかかったように頭がうまく働かない。
無数の死をこの目に映してきた。
毒殺、暗殺、狂死――。
どれほど身近にあった者の死も、心の水面にさざ波ひとつ立てることができなかったはずなのに。
「京次郎様。どうか、どうか……」
力尽きたか、初姫の腕がくたりと落ちた。
息を引き取ったその青白い顔を見つめても、京次郎の頬は乾いたままだった。
夜の凄絶な静けさが戻ってくる。
骸の重みを膝に感じたまま、京次郎はしばらく初姫を見つめていた。
もう動かぬ唇、もう何も映さない瞳を。
「すまぬ」
「何をお謝りになるのです」
ぼやけて焦点を失った瞳で、初姫は彼を見上げる。
疼くような痛みは限界を越え、もはや意識を保っているのがやっとであった。
呼吸のたびに血が溢れだし、手足の先が凍えていく。
死が目の前にあるというのに、不思議と恐怖はなかった。
「どうすれば良いのか分からぬのだ。泣くこともできぬ」
初姫は血に汚れた指でうろたえる京次郎の頬に触れた。
「憐れんでくださらずとも良いのです。わたくしは己のしたいようにしただけのこと。初は京次郎様にお会いできて幸せにございました」
京次郎の瞳の中で何かが砕ける。
初めて貰った言葉が、胸の奥で死んでいた感情にわずかな灯をともした。
「若様に刃を向けたこと、この身をもってお詫び致します。どうぞ我が家をお裁きください」
何か恐ろしいものの襲来を予感して、京次郎は歯を噛みしめた。
自分は今、とてつもなく大切なものを喪おうとしているのではないか。
恋い焦がれてたまらなかったもの、喉から手が出るほど欲し、けれど決して手に入らないと諦めていたものを。
霧がかかったように頭がうまく働かない。
無数の死をこの目に映してきた。
毒殺、暗殺、狂死――。
どれほど身近にあった者の死も、心の水面にさざ波ひとつ立てることができなかったはずなのに。
「京次郎様。どうか、どうか……」
力尽きたか、初姫の腕がくたりと落ちた。
息を引き取ったその青白い顔を見つめても、京次郎の頬は乾いたままだった。
夜の凄絶な静けさが戻ってくる。
骸の重みを膝に感じたまま、京次郎はしばらく初姫を見つめていた。
もう動かぬ唇、もう何も映さない瞳を。
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