上 下
37 / 147
第一章

36

しおりを挟む
四限が終わってすぐ、世界がひっくり返ったって詩なんか書きそうもない人間が近づいてきて、

「焼き肉食いにいくぞ」

真啓の腕をぐいぐい引っ張った。

それも、女の子らしい可愛い腕力じゃない。犯人を取り押さえる警察官なみの力だ。

真啓は小さく顔をしかめながら、

「またかよ。こないだ飲みに連れてってやったばっかじゃん」

「うるさい。今日は焼き肉の気分なんだよ。何か文句あるか?」

大ありだよ、と真啓は心の内で呟いた。

溜息をついて、

「……今日は夜勤あるから、それまでには切り上げてくれよ」

「分かった」

しおらしく頷いた公香を見て、真啓は思わず目を丸くした。

えらく素直じゃん、とか言ったらまた蹴りが飛んでくるのだろう。

それは御免こうむりたいので、他の質問を投げかけてみる。

「前から聞きたかったんだけどさ、お前バイトは?」

「してない」

「それなのによく毎日外食できるな」

「毎日してるってわけじゃない。家で食べることのほうが多い。それに今は、サークルの新歓が山ほどあるからな」

公香は目をらんらんと光らせ、悪人顔で言った。

「どうせ入るつもりもないところで、さんざんタダ飯食ってるんだろ」

公香を口説こうとして近づいた男どもが、食欲魔人と化した彼女に恐れをなして逃げる様子が目に浮かぶ。

公香はふんぞり返ってスマホのカレンダーアプリを開くと、

「向こうがタダでいいって言ってるんだ。利用して何が悪い」

そこにはびっしりと、毎日行われるサークルの新歓コンパの予定が詰め込まれていた。

頭痛を通り越して目まいがする。真啓はこめかみを押さえて言った。

「……お前、マジでいつか誰かに刺されるよ」
しおりを挟む

処理中です...