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五章 秋色付く感情は別れを生む
47.逃避のように
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母は、昔から感情的だったのだろうか。
1人部屋に戻されたゼネスは、メネシアの姿を思い浮かべる。
記憶の中にある母は、怒る事はあっても苛烈になる性格では無かった。悪い事や間違いをすれば、優しく諭し、正しさを教えてくれた。思い出の大半を占めるのは、四季折々の花に囲まれた母の笑顔。怒りに任せ、力を振るう姿なんて想像もつかない。
「母上はどうして……」
玉座の間で聞いた時とは違い、ゼネスの今の体調は落ち着いている。
まるで、現実と頭の中のメネシアは、全く違うのだと身体が言っている様だ。
現実。地上に我が子を戻せと激怒する母によって、冬に閉ざされてしまった世界をどうにかしなければならない。
このままでは地上は、多くの犠牲を生みながら氷の世界と変貌してしまう。
それだけは、何としても阻止しなければならない。
自分が地上に戻れば、全てが解決するかもしれない。
一生、母の機嫌を取り続ける役になりさえすれば、
「それは……でも……」
漏れ出す声は苦渋の色が滲み出し、ゼネスは拳を握り締める。
それは神どころか、生きものとして生きてはいない。
なにより二度とシャルシュリアに会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。耐えられるはずが無い。
まだ想いを伝えていない。
焦りばかりが募り、一人の空間が異様に広く感じる。
シャルシュリアに会いたい。
ほんの少し離れただけで、恋しく、思いが募る。
けれど、また行けば心配をかけ、足を引っ張ってしまう。
これ以上、迷惑を掛けたくない。でも、それでもと気持ちが溢れ、息苦しい。
「あぁ、くそ……!」
ゼネスは立ち上がると、客間を飛び出した。
辛い。苦しい。悲しい。恋しい。感情が入り乱れている。
自分の無力さに、息が詰まりそうになる。
だから無理やり身体を動かす。走るためには呼吸をしなければならず、心が苦しくとも新鮮な空気を体内へと取り込む。
館の中を駆け巡り、どうにもならない憤りを発散させる。
現実から目を逸らさない様に、小さな痛みを自分に与える。
一瞬、ふわりと身体が浮いた気がした。
「うわ?!」
走り続けたゼネスは、何かに足を滑らせ転倒する。
「いった……ん? ここは……」
咲き誇る青白く光る花の群生地帯。地面近くに葉を茂らせ、長く伸びた茎の先には、小さくまとまったアガパンサスによく似た花を咲かせている。
いつの間にか、ゼネスは花畑へとやって来ていた。
「さっきの感覚……混沌の神の仕業なのか……?」
転倒した際に全身へ迸った痛みが、巡り巡る思考を根こそぎ奪い取る。
無理やり立ち止まらされたゼネスは、ため息をついた。
遠くから僅かに川のせせらぎが聞こえ、荒れていた心が落ち着きを取り戻させていく。
ゼネスは起き上がらずそのまま大の字に寝ころび、大きく深呼吸した。
地面は冷たく、痛みと共に体の熱は徐々に下がっていく。心臓の音が穏やかになり始め、現実へと引き戻されていく。
このまま冥界の一部になり消えてしまいたい程に、選択枠の無い現実が辛く厳しい。
「そこにいるのは、ゼネスか?」
「へ!?」
シャルシュリアの声が聞こえ、条件反射の様に勢いよくゼネスは起き上がる。
「シャ、シャルシュリア、様!?」
「突然客間を飛び出したと聞いたが、どうしたんだ?」
慌てるゼネスに、シャルシュリアはゆっくりと近づいた。
亡霊の誰かが走り回るゼネスを見て、報告を入れたのだろう。滑稽な姿だっただろうとゼネスは恥ずかしくなる。
「すいません。俺、じっとしていられなくて……」
「状況が状況だ。居ても立ってもいられなくなるのは、仕方ない」
穏やかで静かな声だ。
ゼネスの心は徐々に焦りから解放され、落ち着きを取り戻し始める。
立ち上がったゼネスは、彼の元へと歩み寄る。
「ゼネス。剣の捜索はこちらに任せ、君は地上に戻ってくれ」
「え!? ど、どうして?!」
足を止めたゼネスはその言葉に驚きの声を上げる。
「天神から返事が届いたんだ。下位の神、そしてメネシアを諫める為に協力すると共に、君の後援になってくれるそうだ。これで、地上に戻っても彼女の束縛からは逃れられる」
豊穣の女神であっても、天神の言葉に抗う事は出来ない。
天神の元で暮らせば、母の束縛から解放されや今回の脅迫を受ける様な事態には至らない。
本当に、そうだろうか。
平和に過ごせるだろう。でも、そこにシャルシュリアはいない。会いに行けない。
ずっと間接的に母を抑制する存在として、地上に留まる事に変わりがない。
それは、結局メネシアの出した条件と変わりない。
「だから」
「嫌だ!!!」
ゼネスの叫びに、シャルシュリアは驚き言葉を詰まらせる。
1人部屋に戻されたゼネスは、メネシアの姿を思い浮かべる。
記憶の中にある母は、怒る事はあっても苛烈になる性格では無かった。悪い事や間違いをすれば、優しく諭し、正しさを教えてくれた。思い出の大半を占めるのは、四季折々の花に囲まれた母の笑顔。怒りに任せ、力を振るう姿なんて想像もつかない。
「母上はどうして……」
玉座の間で聞いた時とは違い、ゼネスの今の体調は落ち着いている。
まるで、現実と頭の中のメネシアは、全く違うのだと身体が言っている様だ。
現実。地上に我が子を戻せと激怒する母によって、冬に閉ざされてしまった世界をどうにかしなければならない。
このままでは地上は、多くの犠牲を生みながら氷の世界と変貌してしまう。
それだけは、何としても阻止しなければならない。
自分が地上に戻れば、全てが解決するかもしれない。
一生、母の機嫌を取り続ける役になりさえすれば、
「それは……でも……」
漏れ出す声は苦渋の色が滲み出し、ゼネスは拳を握り締める。
それは神どころか、生きものとして生きてはいない。
なにより二度とシャルシュリアに会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。耐えられるはずが無い。
まだ想いを伝えていない。
焦りばかりが募り、一人の空間が異様に広く感じる。
シャルシュリアに会いたい。
ほんの少し離れただけで、恋しく、思いが募る。
けれど、また行けば心配をかけ、足を引っ張ってしまう。
これ以上、迷惑を掛けたくない。でも、それでもと気持ちが溢れ、息苦しい。
「あぁ、くそ……!」
ゼネスは立ち上がると、客間を飛び出した。
辛い。苦しい。悲しい。恋しい。感情が入り乱れている。
自分の無力さに、息が詰まりそうになる。
だから無理やり身体を動かす。走るためには呼吸をしなければならず、心が苦しくとも新鮮な空気を体内へと取り込む。
館の中を駆け巡り、どうにもならない憤りを発散させる。
現実から目を逸らさない様に、小さな痛みを自分に与える。
一瞬、ふわりと身体が浮いた気がした。
「うわ?!」
走り続けたゼネスは、何かに足を滑らせ転倒する。
「いった……ん? ここは……」
咲き誇る青白く光る花の群生地帯。地面近くに葉を茂らせ、長く伸びた茎の先には、小さくまとまったアガパンサスによく似た花を咲かせている。
いつの間にか、ゼネスは花畑へとやって来ていた。
「さっきの感覚……混沌の神の仕業なのか……?」
転倒した際に全身へ迸った痛みが、巡り巡る思考を根こそぎ奪い取る。
無理やり立ち止まらされたゼネスは、ため息をついた。
遠くから僅かに川のせせらぎが聞こえ、荒れていた心が落ち着きを取り戻させていく。
ゼネスは起き上がらずそのまま大の字に寝ころび、大きく深呼吸した。
地面は冷たく、痛みと共に体の熱は徐々に下がっていく。心臓の音が穏やかになり始め、現実へと引き戻されていく。
このまま冥界の一部になり消えてしまいたい程に、選択枠の無い現実が辛く厳しい。
「そこにいるのは、ゼネスか?」
「へ!?」
シャルシュリアの声が聞こえ、条件反射の様に勢いよくゼネスは起き上がる。
「シャ、シャルシュリア、様!?」
「突然客間を飛び出したと聞いたが、どうしたんだ?」
慌てるゼネスに、シャルシュリアはゆっくりと近づいた。
亡霊の誰かが走り回るゼネスを見て、報告を入れたのだろう。滑稽な姿だっただろうとゼネスは恥ずかしくなる。
「すいません。俺、じっとしていられなくて……」
「状況が状況だ。居ても立ってもいられなくなるのは、仕方ない」
穏やかで静かな声だ。
ゼネスの心は徐々に焦りから解放され、落ち着きを取り戻し始める。
立ち上がったゼネスは、彼の元へと歩み寄る。
「ゼネス。剣の捜索はこちらに任せ、君は地上に戻ってくれ」
「え!? ど、どうして?!」
足を止めたゼネスはその言葉に驚きの声を上げる。
「天神から返事が届いたんだ。下位の神、そしてメネシアを諫める為に協力すると共に、君の後援になってくれるそうだ。これで、地上に戻っても彼女の束縛からは逃れられる」
豊穣の女神であっても、天神の言葉に抗う事は出来ない。
天神の元で暮らせば、母の束縛から解放されや今回の脅迫を受ける様な事態には至らない。
本当に、そうだろうか。
平和に過ごせるだろう。でも、そこにシャルシュリアはいない。会いに行けない。
ずっと間接的に母を抑制する存在として、地上に留まる事に変わりがない。
それは、結局メネシアの出した条件と変わりない。
「だから」
「嫌だ!!!」
ゼネスの叫びに、シャルシュリアは驚き言葉を詰まらせる。
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