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4章 老緑の王は幼子に微笑む

55話 達成感の中にある無力感

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「無事でよかった。守るってキミのお父さんと約束したのに、全然できなくてごめんね」

 アンジェラさんは膝を曲げ、座り込む私に謝罪をする。

「ゼノスさんが付いていてくださったし、この通り怪我一つないので大丈夫です」
「気を遣わせて、ごめんね」

 再度謝罪をしたアンジェラさんは、私の右隣と顔を向ける。

「………………ところで、その子は?」
「え? ……あ」

 アンジェラさんが顔を向けた先にはレフィードがいる。

『あ……』

 レフィードと私。お互いが完全に油断していた。ヴァーユイシャとの会話に夢中になっていたから、次の行動をとるのが遅れてしまった。

「そ、その、この子は……」
「もしかして、以前ボクとミューゼリアちゃんが初めて会って、話している時に騒いだ子?」

 即座に状況を飲み込み、理解する頭の回転の良さに、驚かされる。私は思わず無言で何度も頷いた。

『さ、騒いだだと』
「話がややこしくなる前に、すぐに姿を隠しなよ。今なら光の加減でそう見えたって誤魔化せる」

 リュカオンとキサミさんの事を言っているのだろう。リュカオンは混血なので片親から精霊について聞いていそうだが、ヴァーユイシャの事もあるので話を手早く済ませたい。レフィードは少し不貞腐れながらも反論できず、するりと姿を消した。

「なんだか、嫌われてる?」
「えと……少し、不満があるみたいです」

 少し首を傾げたアンジェラさんだが、これ以上は精霊の話を続けずに、ヴァーユイシャの方へ顔を向いた。

「うーん! 存在感があって、素晴らしい!」

 アンジェラさんはまじまじとヴァーユイシャを見ながら、感嘆の言葉を漏らす。精霊も相当珍しいが、魔物とダンジョンを研究する学者としては、こちらの方が興味津々な様子だ。

「現在の竜種の中で最も風属性の魔力を効率よく扱える翼竜。ヴァーユイシャは生まれた時は若草色の羽で覆われているんだ。年を重ねて生え変わりが起こるたびに羽の色の深みが増して、最後には老緑色になる。推定で1,100歳くらいかな? 鼻水も出ていないし、目ヤニも無いし、爪で綺麗で、毛並みは揃っている。ため息が出る位に、素晴らしく健康体だ。でも、疲れ気味?」
『……慧眼ではあるが、うん……髪の奥の目がぎらついておる』

 私に対して解説をしてくれつつ興奮するアンジェラさんは、引き気味のヴァーユイシャの周りをウロウロとしている。

「な、んだよ、あいつ……体力底なしか……?」

 キサミさんが息切れしながら、倒れ込んだ。訓練を受け、実戦もする現役の人をここまで弱らせるなんて一体何があったのだろう。休む間もなく走り続けていたのだろうか。

「リュカ。何かあったの?」

 続いて到着したリュカオンに、私は質問した。どれ程の距離を移動したのか分からないが、2人とも現役の兵士だ。早々に疲れるなんて考え難い。

「3人で迷子になりました」

 軽く息を整えたリュカオンは予想外の答えを言った。

「えっ。私が前に助けてもらった時は、アンジェラさんは一切迷わなかったよ」
「この地に住む力のある妖精が悪戯をして、我々を迷わせていたようです」

 リュカオンは思い出しつつ苦笑をする。

「ここは魔力を持った樹々が多いので、共鳴し合い、方向感覚や認識を狂わされてしまいました。最終的に考えるよりも先に、妖精の反応速度より速く動けば突破できるのでは、と強硬手段を取りました」

「お疲れ様……」

 浄化と会話を邪魔させないために、木精が行ったのは確実ではあるが、三人に対して申し訳なく思った。

「お嬢様。この竜は、一体何者ですか?」

 一定の警戒をしつつも、敵意を現さずにリュカオンはヴァーユイシャを見る。

「風森の神殿を新しく住処にする為に、来たんだって。精霊が共生していて、彼らの力を借りて人間に分かる言葉を伝えているんだよ」
「ああ……シングさんが言っていた精霊憑きですね。迷子になっている間、ダンジョンについて教えていただきました」

 リュカオンはヴァーユイシャをじっと見つめたあと、こちらを向いた。

「どうしたの?」
「いえ。最近は飛竜しか見ていなかったので、懐かしいと思っただけです。失礼しました」

 リュカオンがお母さんと一緒にいた頃や1人になってしまった時には、もっと違う翼竜達を見たのだろうか。ゲームの内容は頭の中に沢山詰まっているが、ミューゼリアの世界は知らないことだらけで、視界はまだまだ狭いと再度感じた。

「ゼノスくん。お嬢様を守っていただき……」

 リュカオンが途中で言うのを止め、ポケットからハンカチを取り出した。
 どうしたのだろうとゼノスさんを見ると、私も慌ててハンカチを取り出す。

「鼻血が出ているぞ」
「えっ……?」

 鼻血が上唇まで垂れて来ていたにも関わらず、気づかなかったと言うようにゼノスさんは目を丸くする。

「すいません……」
「鼻を抑えて、ゆっくり座ろう」

 リュカオンからハンカチを受け取ろうとしたゼノスさんだが、突然胸を押さえ、崩れ落ちる様に座り込んだ。鼻から血が大量に流れ、地面に落ちた。

「ゼノス!?」

 呼吸がようやく整ったキサミさんは、すぐさまゼノスさんの傍に駆け寄った。

「あ……だ……だい、じょうぶ、です」
「大丈夫なわけないだろ!」

 ゼノスさんは何とか声を絞り出すが、呼吸が浅く激しく、油汗を掻き顔が真っ青だ。キサミさんはリュカオンからハンカチを貰い、ゼノスさんの花を抑えつつかれの身体を支える。
 体力や魔力の消耗はしていると思うが、ここまで容態が急変するなんて本でも読んだことが無い。

「羽、一枚貰える?」 
『うむ。それが最善だ』

 冷静なアンジェラさんはヴァーユイシャに承諾を貰い、老緑色の羽を一枚抜いて、こちらに持って来た。羽には強い魔力が宿っているが、包み込むような柔らかく優しい雰囲気を身に纏っている。

「2人しかいない時に、戦闘があった?」

 アンジェラさんは羽をゼノスさんの額に軽く押し当てる。

「は、はい……シュクラジャが解放してくれた後、皆のところへ戻ろうと歩いていた時に突然襲われて、逃げる道中でゼノスさんが守ってくれました」

 黒い泥の化け物の話を濁しつつ、説明をした。アンジェラさんなら本当の事を言っても信じてくれそうだが、説明するには時間が足りない。

「彼、魔力を酷使し過ぎたみたいだ。特に自己で治癒の魔術もやっていたせいで、かなり体に負担が掛っている」
「はぁ!? おまえ、あれ程やるなって言っただろ」

 キサミさんは声を少し荒げたが、心底心配しているのが伝わって来る。
 ゲーム上のゼノスさんには、固有スキルとして自己治癒があった。魔術とは違う侯爵の血統だけが使える秘術だと説明書きがされていた。そのお陰で、ステータスポイントの振り方によっては剣士だけでなく盾役を兼任できる頼もしいキャラだった。 
 こんな副作用が出るなんて思いもしなかった。

「ミューゼリアちゃんのせいじゃないよ。大丈夫。大丈夫」
「で、でも」
「だいじょーぶ!」

 アンジェラさんにそう言われ、ゼノスさんを見ると徐々に呼吸が整い始めている。羽の魔力が補ってくれているのだろう。しばらくすると鼻血が止まり、顔色も大分良くなった。

「うん。安定してきたね。リュカオン、ボクの鞄の中から寝袋を取り出してくれる? 大き目だから担架に出来るんだ」
「わかりました」

 リュカオンは指示通り、アンジェラさんの背負っているリュックの中から丸められた寝袋を取り出す。

「あとは、丁度良い長い棒が……」

 その瞬間、上空から二本の真っ直ぐに伸びた木の棒が落下し、地面に突き刺さった。落下地点は少し離れた場所だったので怪我人はいないが、皆驚いて呆然とした。

「……妖精の仕業、ですね?」

 リュカオンは寝袋を抱えながら、恐る恐る近寄り、二本の棒を地面から引き抜いた。
 結構に、木精は大雑把な所があるようだ。

「う、うん……ありがたく使わせてもらって、ゼノスくんを連れて帰ろうか」

 手製の担架にゼノスさんを乗せしっかりと固定させると、キサミさんとリュカオンが運び、私はアンジェラさんに背負ってもらう事になった。何度か立とうと試みたが、全身に上手く力が入らなかった。

『木精が道を作ってくれたようだ。魔物達は大人しくなっている。このまま寄り道をせず、帰りなさい』
「はい。ありがとうございました」

 アンジェラさんに背負われながら、私はヴァーユイシャに礼を言う。

『こちらこそ。また、話をしようじゃないか』

 ヴァーユイシャは微笑み、アンジェラさん達と軽く別れの挨拶をした後、再び眠りについた。
 アンジェラ達は、ゼノスさんを安全な場所で休ませる為に出来るだけ早く、しかし焦らずにバンガローの立ち並ぶダンジョンの入口へと急いだ。
 本物らしき妖精に出会えた。ヴァーユイシャを助けられた。浄化が出来た。4つの大型ダンジョンの崩壊の仕組みと守る方法が分かった。千年樹の杖をゲットした。レフィードの記憶について真実が分かった。良い事ばかりだが、 ゼノスさんに無理をさせてしまった。
 あの場ではどうしようもなかったが、無力感がある。
 ちょっとの戦闘力も無く、一回の浄化で使い果たす魔力量しかない。改めて、私は弱いと思った。現実味を帯びつつある6年後を見据えても、改善させなければならない。
 まず、お父様が言っていた通りに戦闘技術を学ぼう。
 それから、まじゅつを………


「おやすみ。ミューゼリアちゃん」
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