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4章 老緑の王は幼子に微笑む

56話 光を背負い闇を見据え (視点変更) ⁑一部修正

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 ミューゼリア達が風森の神殿から帰還すると連絡が届く。
 レンリオス領、霊峰近くの湖の畔。そこに建てられた小さなホテルに、国王オルディエンが来訪する。表にいる従者は1人だが、ホテルを囲うように護衛が待機している。

「旦那様。オルディエン様がいらっしゃいました」

 青銀色の髪をした執事が、アーダイン公爵家当主ヴェンディオスに声を掛ける。彼は目を閉じながらも、眉間に皺をよせている。

「……わかった。入れてくれ」
「かしこまりました」

 入室の許可が下り、執事はオルディエンを部屋へと招き入れる。

「ヴェン。体調はどうだ?」

 シャツにズボンと市民とそう変わらない格好のオルディエンは、親友へ歩み寄る。
 窓辺に置かれたソファに座りながら、ヴェンディオスは答える様に瞼を開け、ため息を着いた。

「良いとは言えないな」

 敬語を使わず、挨拶をしない彼に気にする様子の無いオルディエンは、向かいのソファへと腰を掛ける。
 執事が丸いテーブルに紅茶で満たされたティーカップ2セット置くと、王の連れて来た従者と共に退出をする。

「そうか? 随分と顔色が良くなったじゃないか」

 オルディエンはそう言うと、紅茶を一口飲んだ。

「……そうだな。息をするのが、随分と楽になった」

 ホテルは貸し切りの状態だ。それは彼の愛娘シャーナの避暑の為だけではない。ヴェンディオスの療養のためでもある。彼は赤い毒液を一切服用してはいないが、長年原因不明の体調不良に悩まされていた。

「綺麗な場所だな。静かで、風が心地良い」

 オルディエンは窓から見える湖畔に、目を細める。
 頂上にまだ雪の残る霊峰と目が痛くなる程に鮮やかな青い空。キラキラと太陽の光に湖の水面は輝き、水鳥達が優雅に泳いでいる。

「体調不良の原因をそろそろ教えてはくれないか?」

 ヴェンディオスは、これまでに三人の妻と死別している。
 1番目の妻は、魔術の訓練を無理強いし息子を事故死させた罪悪感から自殺。最も長く連れ添った2番目の妻と長女は、病気により死亡。そして、3番目の妻ファシアは重罪人として死刑。
 不幸が重なり、シャーナもそれに続く寸前だった。
 2番目の妻の病死後、ヴェンディオスは徐々に痩せて行った。当初オルディエンは、妻の死がショックだったのだろうと思い、長い目で見守ろうと考えていた。しかし、一向に彼は体格が元に戻らず、顔色が悪いままだった。
貴族社会は煌びやかに光り輝くが、闇もまた深い。常に虎視眈々と狙われ、弱みを少しでも見せればそれに付け込まれ、まるで虫が集る様に徐々に食われ堕ちて行く。公爵ともなれば、多くの者達から狙われる。そのため、アーダイン公爵家は名医を雇い入れ、体調を徹底的に管理しているはずだった。

「精神の汚染。洗脳、魅了、そう呼べる魔術を掛けられ続けていた」
「禁術の類か」

 魔術大国であるイリシュタリアでは、かつて非合理な魔術が開発されていた。
 相手の事を一身に思う代わりに、それ以外の思考が出来なくなる魅了魔術。精神の崩壊をもたらす洗脳魔術。山一つ破壊できるほどの強力な魔術には、代償として術者の身体が腐敗する。妊婦に特殊な薬品を定期的に飲ませ、膨大な魔力と術に対する耐性を持つ子供を生産する。他にも、様々な非道な開発と研究がされて来た。それは危険地帯発生の約180年前のことである。
 ヴェンディオスの曽祖父は、多額の資金を投じ、開発者たちを拘束及び抹消、それらの術に関する書物をかき集め、燃やし続けた。

「対策は取っていたのだろう」
「私も人間だ。綻びは出る」
「そうだな。すまない」

 オルディエンは素直に謝罪する。

「従者達によって術者を見つけ出され抹殺しても、次が現れ、イタチごっこが続いていた。消耗が激しすぎ、正気を保っているのがやっとだった。種類によっては周囲に影響を及ぼす可能性があり、シャーナ達と距離を置いていた」
「通りで移動が激しかったわけだ」

「……ミューゼリア嬢がいなければ、最悪の結界になっていた」

 眉間に皺をよせ、ヴェンディオスはため息を着いた。

「ファシアが捕らえられて以降は、術者は現れなかったのか?」
「あぁ……作戦が失敗したのだろう」

 毒薬によって貴族を弱らせつつ、魔術の名家であり門番であるアーダイン公爵家を落とそうとしていた。そう現在は推測が成され、犯人を捜索している。

「ミューゼリア嬢に関してだが、公の場を可能な限り離れてもらおうと考えている」
「そうだな。それが一番安全だな」

 2つの大型ダンジョンに行きたいと小さな少女が行った時点で、何かがあると2人は考えていた。シャンティスによって貴族達を大きく揺るがした時よりも、さらに大きな波を生み出す予感があった。

「逆恨みしている奴らは?」
「レンリオス家に滞在する部下たちが全て消した」
「そして、利用しようと企てたものは、学園では子供を使い誘導をしようとしたが……ロレンベルグが芽を潰した、と。彼女が動くとは、驚きだ」

 オルディエンは頬杖をつきながら言う。

「投資の面もあるだろう。ミューゼリア嬢だけでなく、学園には優秀な子供達が集まっている」
「それにしては、規模が大きい。結構な人数だぞ」

 ミューゼリアの周囲にいる生徒の半数以上が買われていた。ロクスウェルと言う天才児が彼女に付きまとっていたお陰で、気づかれる事なく静かに阻止に成功をした。

「もしくは、可愛い孫の願いを叶えたか」
「ラグニールかぁ。なるほど……こわいな」

 レーヴァンスの乳母は、ロレンベルグ当主の娘だ。彼女の話によれば、母に息子を会わせた所、かなりの溺愛っぷりを見せたらしい。厳格な彼女が、とオルディエンはにわかに信じ難く、何を考えているか分からず恐ろしく思う。

「それでミューゼリア嬢は、どう隠す?」
「今後はアンジェラが、彼女の前に立ち隠すそうだ」

 魔物やダンジョンの研究報告を聞く傍らで、アンジェラがミューゼリアを弟子にするとヴェンディオスは聞いていた。

「シング博士か。見る目があるな」

 魔物対策で先代である父の代から関りがあり、オルディエンも納得をする。

「そうだ。マーギリアンのゼノスくんをどう思っているんだ?」

 危険地帯の魔物を外に出さない様に、パシュハラとマーギリアンのそれぞれに関所がある。オルディエンは、将来の侯爵家当主であるゼノスがレンリオス男爵家に向かった、と情報を掴んでいた。

「出来の良いホムンクルス」

 躊躇いなく、あっさりとヴェンディオスは答えた。
 フラスコの中の小人。錬金術によって製造される人工妖精とされる。
ホムンクルスの心臓には、術式が彫り込まれた魔鉱石を使用する。体の材料には動物もしくは魔物の肉と骨粉が使われ、強靭な肉体と力を彼らは持っている。しかし、それを発動させる為に魔鉱石の魔力を大きく消耗する。効率よく使ったとしても、稼働できるのは2年程だ。延命処置も可能だが、それが出来るのは心臓の制作者のみとされる。
 現在の錬金術は、魔道具等の技術部門や工学部門に限定され、生命を作る禁忌は行われてはいないはずだ。

「確証は?」
「心臓が、賢者の石だった。レンリオス卿は石の種類は判別できなかったが、ゼノスくんに力を発動させないために、手合わせの際には加減していた」

 危険地帯の中心にある禁足地では、特殊な魔鉱石が採掘されていた。それは血の様に赤く、どの属性にも変異する万能性から〈賢者の石〉と呼ばれている。しかし本格的に採掘がはじまると、鉱員達の健康被害が頻発した。精神の異常、身体の麻痺、肌の爛れ等、一年も経たないうちに鉱員は倒れて行き、すぐさま坑道は封鎖された。それが約30年前の出来事である。現在は、禁足地で魔物討伐にあたる隊員達に、触れない様に決まりが設けられた。

「レンリオス卿の部下が、ゼノスくんの母を自称するホムンクルスを拘束した。魔力の暴走の予兆があり、相談を受け、囲いの錬金術師に調整をさせたところ、かなり思考の劣化が進んでいた。夫の名前をマーギリアンの〈ギリアン〉と誤認し、ある筈のない思い出を叫び続けていた」

「ゼノスくんの父はセシウスのはずだ。亡くなる前に会った事もあるが……」

 ドアのノックをする音が聞こえてくる。

「お話し中に申し訳ありません。至急お渡ししたい手紙があります」

 執事が小さくドアを開け、2人に声を掛ける。

「わかった。入ってくれ」

 会話を遮る程となれば、重要な内容が書かれた手紙であるのが明白であり、ヴェンディオスは入るように言った。
 執事と共に入室したのは、シャーナの友人である令嬢マリリアであった。その小さな手の中には、やや分厚い手紙が握られている。
 彼女の年の離れた2番目の兄は、パシュハラ辺境伯の側近を務めている。最愛の妹へ送ると装い手紙を送り、依頼したのだ。そしてマリリアはそれを引き受け、シャーナの元へ行く傍らで、ヴェンディオスへ手紙を持って来た。

「我らが太陽。イリシュタリア国王陛下に挨拶を申し上げます」

 扉の前で執事から知らされていたマリリアは、動揺することなくオルディエンへと挨拶をする。

「よく来たね。アーダイン公に用事かな?」
「はい。パシュハラ卿より、お手紙をお持ちしました」
「これは、私が読んでも問題はないかい?」
「はい。御二人にこそ、読んで欲しい内容だと私宛の手紙に書かれていました」

 マリリアはオルディエンへ手紙を渡すと、深々と頭を下げて執事と共に速やかに退出した。

「先に読ませてもらうぞ」
「かまわない」

 オルディエンは手紙の封を開け、20枚以上ある便箋を取り出す。その1枚目から3枚目となる便箋は、他とは違い握り締めたような皺があり、彼は目をひそめた。
 2年前に兄の死をきっかけに当主となったパシュハラ辺境伯ワーグス・リンデア・パシュハラ。
 現在、パシュハラの本家の血を受け継いでいるのは彼と息子、娘の3人のみ。彼の手によって、当主一家は秘密裏に殺された。狂った挙句の殺戮ではない。
〈彼らは死をもって償う必要があった。しかし、その理由を明かすには時間が掛かる〉その様にオルディエンの元へワーグスから密書が送られて来た。当主となった日、オルディエンの元へ挨拶へとやって来た彼の目は、宝を守る竜そのものであった。
 読み進めている途中で、オルディエンは頭を抱えた。

「何が書いてあるんだ?」
「……ヴェン。今回の〈赤い〉存在に関する事件は、かなり根深いぞ」

 ヴェンディオスは3枚分の便箋を受け取り、眉間に皺を寄せた。
 一文目を読まずとも、その異様さが分かる。黒いインクの字は癖と言い難い程に歪み、訳すかのように赤いインクで従者がその上から字を書いている。

〈可能であれば、陛下にこの手紙を渡していただきたい。赤い存在への対策を取るには、多くの人々の協力必要だ。私が信頼に足る人間であると知ってもらう為に、パシュハラとマーギリアンの真実について記す〉
 魔術の暗い過去を封じるアーダイン公爵家にだからこそ、明け渡せる真実が書かれている。

〈錬金術の名家であるマーギリアンは、すでに壊滅している。
 原因は、28年前〈賢者の石〉で作られた大鷲の像よって一族の精神が徐々に狂い、殺し合いを行ったからだ。
 それは、賢者の石の独占及び錬金術の発展を目指した先代辺境伯と本家一同の画策である。
 私には錬金術の才能が無く、一切知識を得る機会が無く知らされてはいなかった。自分の居場所を探すように外に出た私は、レンリオス領で討伐隊に入隊をした。危険地帯から国を守るパシュハラの役に立とうと考え始め、旧友デュアス殿が男爵と継承を期に除隊し、故郷へと戻った。再会を喜んだが、酒に酔った愚かな兄がマーギリアン壊滅を自慢げに語り始めた。
 マーギリアン侯爵家の屋敷は、錬金術の研究所となった。彼らの遺体は、ホムンクルス製造に関わる人間の情報材料となった。国の目から隠れる為、侯爵家は健在とみせかけるよう一族の複写体を定期的に製造し、屋敷を管理させた。しかし、保管されていた遺体の劣化に伴い、複写体の完成度は落ちて行き、寿命はもって1年であった。
 2年前に製造されたゼノス・マーギリアンは、その中でも外見は高い完成度であった。しかし一族特有の属性の適性が火と土である筈が風しかなかった。また記憶の操作を行っても強い自我を残していた為、失敗作と見なされた。
 私は一族の中ではホムンクルスの処分係となり果て、無垢な子供であるゼノスを危険地帯の砦へ保護した。だが帰巣本能が組み込まれていたゼノスは屋敷に戻ってしまい、処分予定の女型ホムンクルスが妄想に囚われ、追尾が開始されてしまった。
 一族の者達から非難を受け、ゼノスを目の前で殺すよう命令された。
 私はマーギリアン一同への報いと、ホムンクルス達への償いとして、彼らを殺した〉
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