天国に一番遠い島

オフィス景

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3 乱闘

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「コイツ、ウザくね?」

この一言で、集団の狂気が方向性を得た。

「魔人なんだよな、コイツ。それなら、退治しちまった方がいいんじゃねえの?」

そこここで集まってきた生徒たちが顔を見合わせる。さすがに積極的に賛成する者はすぐには出なかったのだが、どの顔にも「誰かが先陣を切ってくれれば」という卑劣で邪悪な色が浮かんでいる。

ちりちりさ緊張感が醸成される中、陽南子の横顔を見つめていた一人の女生徒がポツリと呟いた。

「そうだよね。魔人が死んだところで誰も困りはしないわよね」

皆が一斉に肩を震わせた。自分の心にあった思いを女生徒がはっきりと口にしたせいである。誰かがそう言ってくれれば、エクスキューズができる。言い出したのは自分じゃない、自分は流されただけだ。そう言い訳できる。

「相手が魔人なら、これって正義の戦いじゃないの?」

「そ、そうだよな。俺たちは魔人と戦うために陽南に来たんだよな」

一人が賛同すると、後は早かった。

「よし」

包囲の輪が縮まる。

陽南子は信じられない思いで詰め寄ってくるクラスメイトたちを見た。

な、何なのよ、これ……

まるっきり常軌を逸している。これまで様々ないじめや迫害に遭ってきた陽南子だったが、ここまで理不尽な言いがかりはさすがに初めてだった。

このままじゃまずい。

そう思ったが、あまりに信じがたい展開に神経が麻痺してしまい、思いが行動に直結しない。

先頭にいた男の手が陽南子に向かって伸びる。

「いやっ!」

恐怖に歪んだ表情で陽南子は身をよじった。

その仕草が生徒たちの嗜虐性を刺激する。

「やっちまえ!」

「いやあっ!」

再び伸ばされた手を振り払う。

しかし、数が違いすぎた。あっという間に陽南子は引き倒され、自由を奪われてしまう。

「死ねよ、魔人!」

正面で振りかぶられた拳に、陽南子はきつく目を閉じた。衝撃を覚悟して、歯を食い縛る。

だが、衝撃は来なかった。突然響いた怒号がその場の全員を硬直させたのだ。

「やかましい!」

それは強烈な声だった。空気をビリビリと震わす、腹の底まで届く威圧感を伴った声。

思わず陽南子は身をすくめた。

全員が声のした方に顔を向けた。そこにいたのは、甲板の上で昼寝をしていた男だった。

「てめえらうるせえぞ。寝てらんねえじゃねえか」

それほど体格的に優れているというわけではなかったが、男は妙な迫力をその身に纏っていた。

「耳障りなんだよ。散れ」

吐き捨てるような言葉。

「ま、魔人がいるんだぞ」

「それがどうした?」

「え?」

男のあっさりした言葉に、誰もが言葉を失った。

「ぎゃあぎゃあうるせえから聞こえてたがよ、それが何だってんだ」

「何言ってるのよ、あなた」

かみついたのは、最初に口火をきった女生徒だった。

「自分で何言ってるかわかってるの?   魔人なのよ」

「だから、それがどうしたって言ってんだろが」

「話にならないわね。あなた、バカ?」

「やかましい。ガタガタぬかすんなら、俺が相手になるぞ」

男の尊大とも言える態度が、他の生徒たちに火をつけた。陽南に来るのだから、皆それなりに自分の腕には自信を持っている。高圧的な態度を取られれば反発するのは当然だった。

「何だよ。魔人の味方するってことは、こいつも魔人か」

「こいつからやっちまおうぜ」

「おら、死ねや」

たちまち大乱闘になった。

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