3 / 5
3 乱闘
しおりを挟む
「コイツ、ウザくね?」
この一言で、集団の狂気が方向性を得た。
「魔人なんだよな、コイツ。それなら、退治しちまった方がいいんじゃねえの?」
そこここで集まってきた生徒たちが顔を見合わせる。さすがに積極的に賛成する者はすぐには出なかったのだが、どの顔にも「誰かが先陣を切ってくれれば」という卑劣で邪悪な色が浮かんでいる。
ちりちりさ緊張感が醸成される中、陽南子の横顔を見つめていた一人の女生徒がポツリと呟いた。
「そうだよね。魔人が死んだところで誰も困りはしないわよね」
皆が一斉に肩を震わせた。自分の心にあった思いを女生徒がはっきりと口にしたせいである。誰かがそう言ってくれれば、エクスキューズができる。言い出したのは自分じゃない、自分は流されただけだ。そう言い訳できる。
「相手が魔人なら、これって正義の戦いじゃないの?」
「そ、そうだよな。俺たちは魔人と戦うために陽南に来たんだよな」
一人が賛同すると、後は早かった。
「よし」
包囲の輪が縮まる。
陽南子は信じられない思いで詰め寄ってくるクラスメイトたちを見た。
な、何なのよ、これ……
まるっきり常軌を逸している。これまで様々ないじめや迫害に遭ってきた陽南子だったが、ここまで理不尽な言いがかりはさすがに初めてだった。
このままじゃまずい。
そう思ったが、あまりに信じがたい展開に神経が麻痺してしまい、思いが行動に直結しない。
先頭にいた男の手が陽南子に向かって伸びる。
「いやっ!」
恐怖に歪んだ表情で陽南子は身をよじった。
その仕草が生徒たちの嗜虐性を刺激する。
「やっちまえ!」
「いやあっ!」
再び伸ばされた手を振り払う。
しかし、数が違いすぎた。あっという間に陽南子は引き倒され、自由を奪われてしまう。
「死ねよ、魔人!」
正面で振りかぶられた拳に、陽南子はきつく目を閉じた。衝撃を覚悟して、歯を食い縛る。
だが、衝撃は来なかった。突然響いた怒号がその場の全員を硬直させたのだ。
「やかましい!」
それは強烈な声だった。空気をビリビリと震わす、腹の底まで届く威圧感を伴った声。
思わず陽南子は身をすくめた。
全員が声のした方に顔を向けた。そこにいたのは、甲板の上で昼寝をしていた男だった。
「てめえらうるせえぞ。寝てらんねえじゃねえか」
それほど体格的に優れているというわけではなかったが、男は妙な迫力をその身に纏っていた。
「耳障りなんだよ。散れ」
吐き捨てるような言葉。
「ま、魔人がいるんだぞ」
「それがどうした?」
「え?」
男のあっさりした言葉に、誰もが言葉を失った。
「ぎゃあぎゃあうるせえから聞こえてたがよ、それが何だってんだ」
「何言ってるのよ、あなた」
かみついたのは、最初に口火をきった女生徒だった。
「自分で何言ってるかわかってるの? 魔人なのよ」
「だから、それがどうしたって言ってんだろが」
「話にならないわね。あなた、バカ?」
「やかましい。ガタガタぬかすんなら、俺が相手になるぞ」
男の尊大とも言える態度が、他の生徒たちに火をつけた。陽南に来るのだから、皆それなりに自分の腕には自信を持っている。高圧的な態度を取られれば反発するのは当然だった。
「何だよ。魔人の味方するってことは、こいつも魔人か」
「こいつからやっちまおうぜ」
「おら、死ねや」
たちまち大乱闘になった。
この一言で、集団の狂気が方向性を得た。
「魔人なんだよな、コイツ。それなら、退治しちまった方がいいんじゃねえの?」
そこここで集まってきた生徒たちが顔を見合わせる。さすがに積極的に賛成する者はすぐには出なかったのだが、どの顔にも「誰かが先陣を切ってくれれば」という卑劣で邪悪な色が浮かんでいる。
ちりちりさ緊張感が醸成される中、陽南子の横顔を見つめていた一人の女生徒がポツリと呟いた。
「そうだよね。魔人が死んだところで誰も困りはしないわよね」
皆が一斉に肩を震わせた。自分の心にあった思いを女生徒がはっきりと口にしたせいである。誰かがそう言ってくれれば、エクスキューズができる。言い出したのは自分じゃない、自分は流されただけだ。そう言い訳できる。
「相手が魔人なら、これって正義の戦いじゃないの?」
「そ、そうだよな。俺たちは魔人と戦うために陽南に来たんだよな」
一人が賛同すると、後は早かった。
「よし」
包囲の輪が縮まる。
陽南子は信じられない思いで詰め寄ってくるクラスメイトたちを見た。
な、何なのよ、これ……
まるっきり常軌を逸している。これまで様々ないじめや迫害に遭ってきた陽南子だったが、ここまで理不尽な言いがかりはさすがに初めてだった。
このままじゃまずい。
そう思ったが、あまりに信じがたい展開に神経が麻痺してしまい、思いが行動に直結しない。
先頭にいた男の手が陽南子に向かって伸びる。
「いやっ!」
恐怖に歪んだ表情で陽南子は身をよじった。
その仕草が生徒たちの嗜虐性を刺激する。
「やっちまえ!」
「いやあっ!」
再び伸ばされた手を振り払う。
しかし、数が違いすぎた。あっという間に陽南子は引き倒され、自由を奪われてしまう。
「死ねよ、魔人!」
正面で振りかぶられた拳に、陽南子はきつく目を閉じた。衝撃を覚悟して、歯を食い縛る。
だが、衝撃は来なかった。突然響いた怒号がその場の全員を硬直させたのだ。
「やかましい!」
それは強烈な声だった。空気をビリビリと震わす、腹の底まで届く威圧感を伴った声。
思わず陽南子は身をすくめた。
全員が声のした方に顔を向けた。そこにいたのは、甲板の上で昼寝をしていた男だった。
「てめえらうるせえぞ。寝てらんねえじゃねえか」
それほど体格的に優れているというわけではなかったが、男は妙な迫力をその身に纏っていた。
「耳障りなんだよ。散れ」
吐き捨てるような言葉。
「ま、魔人がいるんだぞ」
「それがどうした?」
「え?」
男のあっさりした言葉に、誰もが言葉を失った。
「ぎゃあぎゃあうるせえから聞こえてたがよ、それが何だってんだ」
「何言ってるのよ、あなた」
かみついたのは、最初に口火をきった女生徒だった。
「自分で何言ってるかわかってるの? 魔人なのよ」
「だから、それがどうしたって言ってんだろが」
「話にならないわね。あなた、バカ?」
「やかましい。ガタガタぬかすんなら、俺が相手になるぞ」
男の尊大とも言える態度が、他の生徒たちに火をつけた。陽南に来るのだから、皆それなりに自分の腕には自信を持っている。高圧的な態度を取られれば反発するのは当然だった。
「何だよ。魔人の味方するってことは、こいつも魔人か」
「こいつからやっちまおうぜ」
「おら、死ねや」
たちまち大乱闘になった。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる