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39 迷える子羊

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「心から尊敬するわ。これ、アリサさんが自分で考えたんでしょ」

 大事そうにティラミスを食べながら、フローリアはアリサを絶賛した。

「たまたま思いついただけだから……」

 アリサの表情には戸惑いがある。恋敵と目していた相手の思わぬフランクさに距離感を測りかねているのが正直なところであった。

「謙遜しなくてもいいわよ。凡人にはそのたまたまがないんだから」

 そこまで言われて悪い気がするわけがない。アリサがフローリアに抱いていた隔意はきれいさっぱり消え去る結果になった。

 そうして意気投合した二人は、ガールズトークに花を咲かせ始めた。お互いの生活環境がまったく違っているために、お互いの話が新鮮で聞くのも喋るのも楽しいらしい。

「仲良きことは善きことかな」

 呟いて、ケントは席を外すことにした。何となく話を聞いていない方がいいような気がしたのだ。

 外に出たところで、ケントはひとつ大きく深呼吸した。

「で、どうするんだ?」

 一緒に外に出てきたラリーが訊いた。

「何が?」

「何がじゃねえよ。どっちを選ぶんだよ?」

「……」

 訊かれたくないことを訊かれて、ケントは苦虫を噛み潰した。

「迷う気持ちはわからんでもないが、対外的なことを考えれば、自ずと答えは決まってくるよな」

「……」

 ケントは二匹目の苦虫を噛み潰した。

 普通に考えれば、結婚相手として妥当なのはフローリアである。二人が結ばれれば、グリーンヒル王国とハルファ帝国の結びつきも強まる。そしてそれは世界平和にもつながる話である。

 更に、ケント個人としてもフローリアのことは好ましい相手ーーと言うよりも自分にはもったいないくらいだと思っている。

 ただ、だからと言ってアリサを簡単に切ることはできなかった。

 あれだけ真っ直ぐに想いを向けてくれる女の子を無下にするのは、ケントには難しかった。

 アルミナに婚約破棄され、人間不信になりそうだったのを救ってくれたのは、アリサが自分に向けてくれた好意だと思っている。それがなければ、その後のフローリアとの交流もなかったかもしれないのだ。

 そんな恩人とでも言うべきアリサを、大人の事情を理由に切り捨てるのはどうしても納得できずにいるのである。

 アリサをフることがあるとすれば、それは大人の事情ではなく、自分の意思でフローリアを選ぶ時だが、現状二人の間に甲乙つけることはできなかった。

「どうにもならないんなら、早めに引導渡してやるのが親切ってもんだと思うぞ」

「……」

 ラリーの言うことはわかる。だが、わかるのと実行することの間には大きな溝があった。

 ケントの悩みは深かった。


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