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第5話「薬膳の知識と予期せぬ契約」
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アレクセイとの「契約」を結んでから、私の忙しさは倍増した。
料理だけでなく、彼の体調管理全般を任されることになったからだ。
毎朝の検温(おでこを合わせるスタイルを提案したら却下されたので、手首で脈を見ることにした)、食事メニューの作成、そして魔力調整のためのハーブティーの調合。
さらに、本格的な冬に向けて、領内の食料事情の改善にも乗り出すことになった。
「閣下、市場へ買い出しに行きたいのですが」
朝食(フレンチトーストの蜂蜜がけ、薬草サラダ添え)の席で私が提案すると、アレクセイはナイフを止めた。
「市場? 城の備蓄だけでは足りないのか」
「備蓄されているのは保存食ばかりです。新鮮な食材、特に根菜類や特殊な香辛料が必要です。それに、領民たちの暮らしぶりも見ておきたいので」
薬膳には、その土地で採れた旬のものを食べる「身土不二」という考え方がある。
この極寒の地で人々が何を食べて生きているのか、それを知ることが、より効果的な料理を作るヒントになるはずだ。
「……わかった。だが、一人では行かせられん。護衛をつける」
「スノーがいますけど」
足元で肉を貪っていたスノーが「任せろ」とばかりにワンと吠える。
「あんな犬ころ一匹で何ができる。俺が行く」
「えっ、閣下がですか?」
「何か不服か? 領主が領内を視察するのは当然の務めだ」
アレクセイは涼しい顔で言い切ったが、目が泳いでいる。
単についてきたいだけなのがバレバレだ。
私は苦笑しながら了承した。
城下町は、城から馬車で三十分ほどの場所にあった。
雪に埋もれた石造りの家々が並び、通りには厚着をした人々が行き交っている。
活気はあるが、どこか切羽詰まった雰囲気も漂っていた。
食料品店の棚は寂しく、並んでいるのは硬そうな黒パンと、しなびた野菜ばかり。
やはり、この地の冬は過酷だ。
「公爵様だ! 公爵様がいらっしゃったぞ!」
誰かが叫び、通りにざわめきが広がった。
人々は道を開け、深々と頭を下げる。
恐怖というよりは、畏怖の念に近い。
アレクセイは無表情で通り過ぎようとしたが、私は彼の袖を引いた。
「閣下、あのお店を見てみましょう」
私が指差したのは、乾物や香辛料を扱う小さな露店だった。
店主の老婆が、寒さで震えながら店番をしている。
店先に並んでいるのは、見たことのない木の実や乾燥したキノコだ。
「これ、なんですか?」
「ああ、それは『火炎キノコ』の干したものだよ。食べると体がカッカするんだが、苦くてねえ……人気がないんだ」
私はそのキノコを手に取り、匂いを嗅いだ。
独特の刺激臭。これは……唐辛子に近い成分が含まれているかもしれない。
体を温める作用は強力そうだ。
「これ、全部ください。あと、そっちの黒い実も」
「ええっ? 全部かい? お嬢ちゃん、物好きだねえ」
老婆は驚きながらも、嬉しそうに袋詰めをしてくれた。
アレクセイが黙って金貨を一枚置くと、老婆は腰を抜かしそうになった。
「お釣りはいらん。……良い品だ」
アレクセイがボソッと言うと、老婆は涙ぐんで感謝した。
私たちはその後も市場を回り、様々な食材を買い集めた。
地中の深い場所で育つ「氷雪イモ」や、魚の燻製、アザラシの肉など、王都では見かけないものばかりだ。
これらを使えば、レパートリーは無限に広がる。
帰りの馬車の中、私は手に入れた戦利品を並べてホクホク顔をしていた。
「楽しそうだな」
アレクセイが頬杖をついて私を見ている。
「はい! これだけあれば、閣下の冷え性もだいぶ改善できますよ。今夜は火炎キノコを使った激辛……じゃなくて、ピリ辛鍋にしましょう」
「……手加減してくれよ」
彼は呆れたように言ったが、その表情は柔らかかった。
ふと、彼は窓の外に視線を移した。
「俺はこの土地が嫌いだった。何も育たず、ただ寒くて、死に近い場所だと。だが……お前が来てから、少し変わって見えてきた」
「どう変わったんですか?」
「……悪くない。そう思えるようになった」
彼は照れくさそうに視線を逸らす。
その横顔を見て、私の胸がきゅっと締め付けられた。
この人は、ずっと孤独だったのだ。
強大な力と呪いのせいで、誰にも理解されず、凍りついた城に閉じ込められていた。
私が、彼をそこから連れ出したい。
もっとたくさんの「美味しい」と「楽しい」を教えたい。
「私も、ここが好きです。アレクセイ様がいる場所ですから」
自然と言葉が出た。
アレクセイはこちらを向き、何か言おうとして口を開いたが、その時馬車が大きく揺れた。
スノーが警戒して唸り声を上げる。
「魔物か?」
アレクセイの表情が一瞬で公爵のそれに変わる。
外から、護衛騎士の緊迫した声が聞こえた。
「閣下! アイス・オーガの群れです! 前方から三体!」
アイス・オーガ。
巨体と怪力を持つ、極北の危険な魔物だ。
アレクセイは私を制して立ち上がろうとした。
「ここにいろ。すぐに片付ける」
「待ってください、私も!」
「足手まといだ。出るな」
彼は冷たく言い放ち、馬車を飛び出した。
窓から覗くと、雪原に巨大な白い巨人が三体、咆哮を上げて迫ってきていた。
騎士たちが応戦しているが、オーガの皮膚は硬く、剣が通らない。
そこへ、黒いコートを翻してアレクセイが降り立った。
彼は右手を掲げる。
「凍てつけ」
一言。
それだけで、世界が変わった。
彼の手から放たれた極大の冷気が、暴風となってオーガたちを襲う。
一瞬にして、三体の巨人は氷像へと変わった。
圧倒的な力。
美しく、そして恐ろしい。
これが「氷の公爵」の真の力。
騎士たちが歓声を上げる中、アレクセイは肩で息をしていた。
私は気づいた。
彼が左手を強く握りしめていることに。
呪いの反動だ。
私は馬車を飛び出し、彼のもとへ駆け寄った。
雪に足を取られながら、転ぶようにして彼の元へ。
「アレクセイ様!」
彼は私を見ると、苦しげに顔をしかめた。
「来るなと言っただろう……」
「そんなこと言ってる場合ですか! 手が!」
彼の手は、指先から青白く凍りつき始めていた。
私は迷わずその手を両手で包み込んだ。
冷たい。
でも、私の熱が負けるものか。
私は祈るように魔力を込める。
溶けろ、溶けろ、彼の痛みを全部溶かしてしまえ。
スノーも駆け寄り、アレクセイの足元で体を擦り付けて体温を分け与える。
やがて、氷の侵食が止まった。
アレクセイは膝をつき、私に寄りかかるように倒れ込んだ。
「……無茶苦茶な女だ」
「貴方のパートナーですから」
雪原の真ん中で、私たちは寄り添い合っていた。
遠くで騎士たちが、見ちゃいけないものを見たというように顔を背けているのが見えた。
料理だけでなく、彼の体調管理全般を任されることになったからだ。
毎朝の検温(おでこを合わせるスタイルを提案したら却下されたので、手首で脈を見ることにした)、食事メニューの作成、そして魔力調整のためのハーブティーの調合。
さらに、本格的な冬に向けて、領内の食料事情の改善にも乗り出すことになった。
「閣下、市場へ買い出しに行きたいのですが」
朝食(フレンチトーストの蜂蜜がけ、薬草サラダ添え)の席で私が提案すると、アレクセイはナイフを止めた。
「市場? 城の備蓄だけでは足りないのか」
「備蓄されているのは保存食ばかりです。新鮮な食材、特に根菜類や特殊な香辛料が必要です。それに、領民たちの暮らしぶりも見ておきたいので」
薬膳には、その土地で採れた旬のものを食べる「身土不二」という考え方がある。
この極寒の地で人々が何を食べて生きているのか、それを知ることが、より効果的な料理を作るヒントになるはずだ。
「……わかった。だが、一人では行かせられん。護衛をつける」
「スノーがいますけど」
足元で肉を貪っていたスノーが「任せろ」とばかりにワンと吠える。
「あんな犬ころ一匹で何ができる。俺が行く」
「えっ、閣下がですか?」
「何か不服か? 領主が領内を視察するのは当然の務めだ」
アレクセイは涼しい顔で言い切ったが、目が泳いでいる。
単についてきたいだけなのがバレバレだ。
私は苦笑しながら了承した。
城下町は、城から馬車で三十分ほどの場所にあった。
雪に埋もれた石造りの家々が並び、通りには厚着をした人々が行き交っている。
活気はあるが、どこか切羽詰まった雰囲気も漂っていた。
食料品店の棚は寂しく、並んでいるのは硬そうな黒パンと、しなびた野菜ばかり。
やはり、この地の冬は過酷だ。
「公爵様だ! 公爵様がいらっしゃったぞ!」
誰かが叫び、通りにざわめきが広がった。
人々は道を開け、深々と頭を下げる。
恐怖というよりは、畏怖の念に近い。
アレクセイは無表情で通り過ぎようとしたが、私は彼の袖を引いた。
「閣下、あのお店を見てみましょう」
私が指差したのは、乾物や香辛料を扱う小さな露店だった。
店主の老婆が、寒さで震えながら店番をしている。
店先に並んでいるのは、見たことのない木の実や乾燥したキノコだ。
「これ、なんですか?」
「ああ、それは『火炎キノコ』の干したものだよ。食べると体がカッカするんだが、苦くてねえ……人気がないんだ」
私はそのキノコを手に取り、匂いを嗅いだ。
独特の刺激臭。これは……唐辛子に近い成分が含まれているかもしれない。
体を温める作用は強力そうだ。
「これ、全部ください。あと、そっちの黒い実も」
「ええっ? 全部かい? お嬢ちゃん、物好きだねえ」
老婆は驚きながらも、嬉しそうに袋詰めをしてくれた。
アレクセイが黙って金貨を一枚置くと、老婆は腰を抜かしそうになった。
「お釣りはいらん。……良い品だ」
アレクセイがボソッと言うと、老婆は涙ぐんで感謝した。
私たちはその後も市場を回り、様々な食材を買い集めた。
地中の深い場所で育つ「氷雪イモ」や、魚の燻製、アザラシの肉など、王都では見かけないものばかりだ。
これらを使えば、レパートリーは無限に広がる。
帰りの馬車の中、私は手に入れた戦利品を並べてホクホク顔をしていた。
「楽しそうだな」
アレクセイが頬杖をついて私を見ている。
「はい! これだけあれば、閣下の冷え性もだいぶ改善できますよ。今夜は火炎キノコを使った激辛……じゃなくて、ピリ辛鍋にしましょう」
「……手加減してくれよ」
彼は呆れたように言ったが、その表情は柔らかかった。
ふと、彼は窓の外に視線を移した。
「俺はこの土地が嫌いだった。何も育たず、ただ寒くて、死に近い場所だと。だが……お前が来てから、少し変わって見えてきた」
「どう変わったんですか?」
「……悪くない。そう思えるようになった」
彼は照れくさそうに視線を逸らす。
その横顔を見て、私の胸がきゅっと締め付けられた。
この人は、ずっと孤独だったのだ。
強大な力と呪いのせいで、誰にも理解されず、凍りついた城に閉じ込められていた。
私が、彼をそこから連れ出したい。
もっとたくさんの「美味しい」と「楽しい」を教えたい。
「私も、ここが好きです。アレクセイ様がいる場所ですから」
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アレクセイはこちらを向き、何か言おうとして口を開いたが、その時馬車が大きく揺れた。
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「魔物か?」
アレクセイの表情が一瞬で公爵のそれに変わる。
外から、護衛騎士の緊迫した声が聞こえた。
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アイス・オーガ。
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アレクセイは私を制して立ち上がろうとした。
「ここにいろ。すぐに片付ける」
「待ってください、私も!」
「足手まといだ。出るな」
彼は冷たく言い放ち、馬車を飛び出した。
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