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第28話 最前線攻略者たち② ~静かに崩れる舞台裏~
しおりを挟む「属性が逆になってるんだってよ」
「メンドクサ!」
「覚えている内容を脳内変換すりゃいいだけだろ」
「それがメンドイってのよ!」
先駆け、本隊、に続いてダンジョンに入った後詰にも、モンスターの属性変化の知らせが届いた。
後詰は全体で38人。
6人パーティが4。
7人パーティが2だ。
先駆けA班からの一斉送信ではなく、本隊の情報管理を介したものだ。
そのため、タイミングはかなり遅れたものとなっている。
しかも、内容は小出しにされていて『属性が逆に変わっているようだ』、止まりだった。
死者が出たことすら、記されていない。
『緊急の情報は口で言え!』。
そう言っていた者もいたというのに、細切れの短文チャットだ。
だから、それはやむを得なかった。
危機感が伝わらなかったことは、仕方のないことだった。
属性の変化には『何者か』の悪意があるのに、その認識は得られず、共有もされなかった。
『何者か』の関与を予感していれば、これから起きる事は避けられただろうに。
「あれ? メンドイ女どこ行った?」
一報から十数分。
『メンドクサ!』とブー垂れていた女子が姿を消していた。
「サボってんだろ?」
「トイレじゃない?」
「あ、それだ」
「一人で垂れ流してんのね。何人かで行くと埋めなきゃだけど、一人ならやりっぱにするんでしょうよ。あのメンドクサがりは」
「ありそう」
パーティメンバー6人のうちの一人が見えなくなったというのに、後詰C班の者たちの反応は軽いものだった。
事実を言えば、彼等の推測も間違ってはいない。
角を一つ曲がれば袋小路。
そんな横道に走り込んで、用を足そうとしていたところまでは合っていた。
ただ、そこでさらわれていることまでは予想出来ていなかった。
袋小路で装備を外し、用を足そうとしたところを『メガネウロ』に背中を掴まれて運び出されていたのだ。
抵抗しようとはしていた。
ただ、首筋をあの大きな顎で噛まれては、声も上げられず成す術がなかった。
いや、一つ。
できたこともある。
用を足すことはできた。
けれど、それは彼女にとって望まぬ形だった。
意図しない瞬間、意図しない姿勢。
その静かな屈辱は、誰にも気づかれずに過ぎていった。
後詰は主力の後方で、安全を確保することが役目だ。
基本的に彼等の後ろにモンスターはいない。
先駆けと本隊が進み、さらに後詰の6パーティが駆逐した後だからだ。
モンスターのリポップは8時間から24時間。
モンスターの復活は帰りのときまでない。
最後尾の後詰C班の後ろは完全な安全地帯となる。
上の階層から降りてくるモンスターがいなければ。
63階層の戦闘は元サブマスターが片付けた。
そのため、ラスト戦力として待機または移動中だった50階層から62階層までのモンスターは温存された形とになった。
しかも、元サブマスの撃破で、『ダンジョンレベル』が60となり、そのモンスターの再配置が可能ともなっている。
64階層のどこにでも配置できるのだ。
監視ドローンこと通常サイズのトンボモンスターで『探索者』を尾行。
隙を見せたところにモンスターを送り込むことなど雑作もない。
◇
「警戒してなかった、あなたが悪いのよ」
ウィンドウの向こうでは、モンスとしての初仕事を実行中の『雪女』しらゆきが冷たく言葉を吐き捨てている。
『ダンジョンマスター』本人でなくても、許可を与えられたモンスならば『システム』操作ができるだ。
カルマがモンスを製作する間の監視と、隙あらば個別に引き抜きをかけるのが彼女の仕事ととなっている。
引き抜きがしやすいのは、圧倒的に男どもだった。
重装備のタンク以外は、簡単だからだろう。
進行途中で、さっと横道に入って『しよう』とする。
「見苦しいわね!」
苛立たしげに罵り、ウィンドウを指先で叩かれる。
モンスターが配置され、反応する間もなく無力化される。
目を覚ますころには、すでに『巣』の中。
その変化に、しらゆきは冷たく目を細める。
しらゆきは、モンスターに引き抜かれる男子の姿に一瞬だけ、春の日の教室を思い出していた。
でも、その記憶は、氷の中に沈んでいった。
制服の袖を握っていたあの頃の自分が、まだどこかにいる気がした。
「主力だとか、攻略組だとか。イキがっていたのはなんだったのよ!」
情けなさ過ぎる!
引抜きを行うたび、しらゆきは嫌悪を剥き出しにするのだった。
「見なきゃいいのに」
何度かの悪態につい反応したカルマが呆れていた。
角度を変えるとか、方法はいくらでもあるだろうに。
それでも、しらゆきは毎回状況を丁寧に確認してから行動を起こしていた。
冷静な判断の裏に、どこか未練のようなものが滲んでいた。
大人になることへの興味。
それは、もう届かない願いだったのかもしれない。
◇
「おい」
「これは・・・」
「さすがに・・・ねぇ?」
マズいことになっているのではないか?
後詰C班の者たちが、そう気が付いたのは、いなくなって戻らないものが三名を超えてからだった。
「おそっ!」な話だが、それだけ平和だったのである。
モンスターとの遭遇が0だった。
当然だろう。
モンスターは今、ダンジョンの所定の位置で徘徊する待ち伏せではなく、能動的に獲物を襲う遊撃に転化しているのだから。
変化したのは魔法の属性ばかりではない。
そして、その狙いは本隊。
後詰にかまってくれるモンスターはいないのだ。
だからだろう。
「迷子とか、やめてくれよ」
「高校生にもなって」
「ダンジョンとはいえ、恥ずかしいわよね」
この期に及んで、まだのんきだった。
「探さないとダメか?」
「戻る?」
立ち止まり、顔を見合わせた・・・ドゴン!
その男女二人が消えた。
いや、いなくなった。
通路の後ろから転がってきた焦げ茶色の球に押し込まれて一緒に転がっていったのだ。
残った一人は、慌てた様子で全力走のフンコロガシさんたちによって、巻き込まれ路上に一人寝かしつけられた。
あとの処理は『メガネウロ』さんたちが運び出すのにお任せだ。
そうして、後詰C班は全員が姿を消した。
主力に数えられていながら、重要視されることの無い裏方たちの崩壊が始まる。
◇
後詰のパーティが一つ消えた。
その事実は誰にも知られぬままとなっている。
レイドリーダーに定時連絡の必要性が認知されていなかったからだ。
問題があれば言ってくるだろ程度の考えだった。
連絡する間もなく全滅することは想定していない。
スマホがあり、ダンジョン内でも使用できる。
いつでも繋がっている感覚の弊害というべきだろう。
自分が持つスマホの通信状態が悪ければ、危機感を持つこともあったかもしれない。
だが、感度は良好。
先駆けからは思わぬ損害の報告もあったが、後詰からは異常の報告がない。
ゆえに、問題はないという認識だ。
そして、後詰C班は最後尾。
居なくなっても、すぐには影響が出ない。
だから、誰にも気づかれないままだった。
◇
「順調だな! これなら、すぐに終わるさ!」
英雄になる日も近いぞ!
後詰B班のリーダーは、お気楽な様子で断言した。
昨日の探索時から目星をつけていた広めの空間でのことだ。
少し早めの昼休憩に入っている。
63階層出発時、留守役の料理スキル持ちたちが渡してくれたものが拡げられている。
腹持ちもよく各種パフもつく、おにぎりやサンドイッチだ。
「ダンジョン探索はピクニックだっのか?!」
誰かが定番のギャグを言い、儀礼的な笑い声が広がる。
この空間には通路が2本繋がっている。
東と南だ。
どちらも長い直線の通路で、モンスターの接近に気が付きやすい。
安全な場所と考えた理由だ。
その判断は間違っていない。
ダンジョン内でこれほど条件のいい休憩スペースはそうそう見つけられないだろう。
だから間違っていない。
今回は相手が悪すぎた。
直線通路の先にある通路から入ってきたモノが、急加速して突っ込んで来るなんて予測不能なことだった。
モンスターの出現は予想していても、直径2メートルの球が・・・質量のある物体が通路の幅ギリギリで転がって来る予想は無理だったのだ。
突然のことで見張りは役に立たず、モンスター用の簡易結界は一瞬で粉々になった。
「にげ——!」
逃げろ!
そう言おうとしたリーダーは声を詰まらせた。
通路の一方から来る危険ではなかった。
2本の通路で同時にだった。
逃げ道はすでにない。
「こ、攻撃だ! 壊せ!」
自身も剣を握って立ちながら叫ぶ。
判断は迅速だった。
メンバーの反応も悪くない。
カルマをして、「悪くない」。
そう認めるしかないくらいには見事だった。
ムダだったけれど。
炎の槍も、氷の矢も、土の壁も。
迫りくる球を破壊することはおろか、止めることもできなかった。
むしろ、球の攻撃力を上げただけ。
土の壁を取り込み、炎を纏った球が魔法使いたちにのしかかる。
一方で、闘気を奮った近接職と盾を構えたタンクも球によって押し込まれた。
二つの球はほとんど同時にB班に到達。
ぶつかり合い、衝撃で砕け散った。
中心にいた者たちが無事で済むはずはなく、あとには立つ者の一人もない静寂が訪れた。
一分後。
きれいなシンクロで球を操ったフンコロガシさんたちがやってきて、崩れてしまったものを再び球に成形しようとする。
「ふっざけんなっ!」
そこへ、剣が突き出された。
額に傷を負い、赤い筋が頬を伝わらせたリーダーが、ガクガクブルブルと足を震える足で立ち上がる。
突き出された剣がフンコロガシさんの腹部を刺し通した。
糞球を形作るため、後ろ足で立っていたのだ。
腹部は動きを制限されないよう、柔らかい部分もある。
そこを狙った一撃だった。
◇
「フンコロガシさーん!」
たまたま見ていたカルマが叫んだ。
直近の戦闘では要だった、頼れるナイスガイが初めて失われようとしている。
「往生際が悪いな、こいつ!」
ウィンドウ越しに睨みつける。
「ああ。城野敦君か」
見知った顔だった。
すれ違うたびに腹パンされていた相手だ。
毎度のことなので、いやでも顔が焼き付いている。
「フンコロガシさん、ガンバレ!」
声援を送った。
◇
カルマの声が届いたわけでもあるまいが、フンコロガシさんは頑強だった。
突き立てられた剣をものともせず前進。
鉤のついた前脚で、応戦した。
見る見るうちに城野敦君の装備は崩れ、制服も裂けていった。
傷が増えていくのがわかる。
れど、彼は立ち続けた。
だが、フンコロガシさんの奮戦もそこまで。
フンコロガシさんの目の輝きが失せ、前のめりに倒れる。
ずんぐりとした巨体が静かに覆いかぶさり、戦いの終わりを告げた。
あとには、モンスターの遺骸と『甲虫の甲殻』。
そして、赤く染まった城野敦君が、かすかに息をしていた。
『運悪く』死ねなかったようだ。
◇
「英雄になるには、少しばかり運が足りなかったようだね」
憐れむようにカルマが呟く。
その手が歪んだ口元を抑えていた。
舞台の幕はもう閉じていた。
誰も拍手を送る者はいない。
◇
その向こうでは、もう一人。
名の知れぬ魔職女子があがいている。
フンコロガシさんが近づいてくるのを見て、咄嗟に火炎系の魔法を打ち出していたのだ。
反射的な行動だっただろう。
もう少し考える余裕があれば、回復を優先させたはずだ。
行動の選択を間違えている。
魔法の属性の選択も誤りだった。
フンコロガシさんは砂漠の虫。
熱に強い。
その特性はモンスターにも受け継がれている。
彼女からすれば、『属性の逆転』情報が頭にあったからの行動だったのだろうが、残念!
フンコロガシさんは60階層より下のモンスター。
属性が変化していない。
ダメージを与えることはできなかった。
「あっ」
その代わり、思い切り気を惹いた。
糞球の成形に集中していたフンコロガシさんが、成形を中止して女子に目を向けた。
ガシ!
四本の脚で逃げ道を塞がれ、彼女は身動きが取れなくなった。
「くっ・・・!」
苦しげな声が漏れ、装備が軋む音が響く。
軋む音に紛れて、彼女の足元に力の抜けた気配が広がった。
呼吸は浅く、意識はまばらになっていく。
フンコロガシさんが前脚を引き寄せる。
そのたびに、彼女の体は揺れ、抵抗の力が徐々に失われた。
呼吸が難しくなり、起伏のあった感情が平らに伸されていく。
そして・・・限界だった。
彼女の体から、最後の力が静かに抜けていった。
反応が無くなった彼女に興味を失くしたらしいフンコロガシさんが、彼女を放り出す。
彼女の体は、無造作に壁際へ寄せられた。
壁に赤く線を引きながら床に落ちた彼女。
それでもその胸は、わずかに上下していた。
『メガネウロ』が、すかさず拾い上げて運び出す。
城野敦君や幸か不幸か、最初の衝撃で気を失ったままの者たちも同様だ。
後詰B班は、静かに舞台袖へとはけていった。
本人たちには不本意だっただろうが、少しばかり役者不足だったようだ。
彼らは、スポットライトの届かない場所で、静かに幕を閉じた。
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