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全年齢対応・表現マイルドバージョン
第85話 最後の10人 ~リーダーの独白~
しおりを挟む俺は、守るために剣を持ったはずだった。
でも、気づけばその剣は、仲間を切り裂いていた。
あの人たちは、元探索者だった。
俺たちに“夢”を語った。
「犠牲は美しい」「勝利は正義だ」って。
俺は、それを信じた。
だから、カルマを“爆弾”にすることも、正義だと思った。
でも、今思えば、あれは“演出”だったんだ。
俺たちが舞台に立つための、都合のいい脚本だった。
カルマを爆弾にしたのは、俺じゃない。
そう言い切れるか?
サブリーダーを見捨てたのは、俺じゃない。
そう言い切れるか?
一葉だけは守りたかった。
それが、俺の“正しさ”だった。
でも、正しさってなんだ?
誰かを守るために、誰かを犠牲にすることか?
俺は、英雄になりたかった。
でも今、俺は『舞台の上の悪役』だ。
カルマは、それを見抜いていた。
俺は、ただ乗せられていただけだった。
それでも、剣は握っている。
それしか、俺には残っていない。
◆
リーダーの中では、過去の映像がフラッシュバックしていた。
レイドの計画が発表される前日。
生徒指導室に呼ばれて、担当教師と話し合った『あの時』の映像だった。
広くはない部屋。
テーブルとイスしかない。
テーブルの向こうには歴戦の戦士といった風情の二人の大人。
『元探索者』の教師たちだ。
教師A(微笑みながら):「君は、よく頑張ってるね。みんなをまとめて、責任を背負って・・・本当に立派だよ」
リーダー:「でも・・・人を爆弾にするなんて・・・それは・・・」
教師B(穏やかに):「君が決めることじゃないよ。これは『皆のため』の判断なんだ」
教師A:「カルマくんも、きっとわかってる。彼は『支える側』の子だから」
教師B:「それに、彼の魔力は特別だ。君の剣が輝くために、必要なんだよ」
リーダー:「・・・・・・」
教師A(優しく肩に手を置いて):「君が決めたってことにしておこう。その方が、皆も君を信じる」
教師B(微笑みながら):「英雄って、そういうものだよ。誰かの痛みを背負って、前に進む人」
教師A:「さあ、行こう。君の選択が、皆を救うんだ」
教師B:「そして、カルマは『名を残す者』になる。美しいじゃないか」
リーダー:「・・・・・」
(何人かの顔が脳裏をよぎった。)
(笑いかけてくれる顔。ちょっと悲しそうな顔。怒って首を振った顔もある。)
(それでも——。)
リーダー:「・・・わかりました。僕が・・・みんなに伝えます」
◇
そうして『レイド』は始まった。
うまく行ってた。
カルマのために、最高に泣ける演説原稿を何度も書き直してきた。
嚙んだりしないように、暗記するまで読み込んだ。
きれいに終わらせられるはずだったんだ!
リーダーの自分の内面との対話は、まだ続いている。
◇崩壊は止まらない◇
半分になったレイドメンバーは、さらに半分に分かれた。
リーダーと一葉、そして他の三人だ。
床にどっしりと立つひときわ巨大な氷柱を挟んで、距離が置かれた。
リーダーは未だ立て直せずにいて、一葉は怯えている。
三人はリーダーに警戒の目を向けていた。
後ろから忍び寄る影に、気が付いていない。
氷柱の周囲で空気が揺れていた。
下へ下へと下げる冷気。
それが、時折激しく上昇する。
まるで、近くに炎の熱を持った何者かがいるかのように。
「ほつれた糸は燃やされる」
熱を感じない言葉。
「「「っ?」」」
三人が振り返る。
左右の者の肩には手がかかった。
中央の者は妖艶な女の微笑みを見た。
そして、現場は熱くなった。
火柱が三本、立ち上った。
焼け焦げる匂いが、氷の冷気を押しのける。
パチ・・・パチ・・・と、炎が氷を舐める音が響く。
サラは、ただ微笑んでいた。
まるで、これが『当然の結果』であるかのように。
周囲には氷柱。
赤と青のコントラストが美しい。
蒼い氷柱と赤い火柱。
見た目だけは華やいでいる。
残り、二人。
◇
「さ、沙羅?」
炎とともに現れたサラを見て、一葉が声を震わせた。
◇一葉の後悔◇
サラは、炎の中から現れた。
制服は、どこか懐かしい形をしていた。
でも、色が違う。
深紅と黒のグラデーション。
スカートの裾には、焦げ跡のような模様が浮かんでいた。
髪は長く、艶やかで、炎の光を受けて揺れていた。
目は細く、笑っているようで、何も映していない。
一葉は、無意識に共通点を数えていた。
(髪の長さ、同じ)
(制服の形、同じ)
(笑うときの口元、少し似てる)
でも、違う。
この女は、誰かのために笑っていない。
この女は、誰かの痛みを見て、微笑んでいる。
一葉は、震えながら思った。
(私も、あの時・・・カルマの痛みに、目を向けなかった。沙羅から見た『私』も、こうだったのかも?)
(あの時、沙羅は言った。「本当に、これでいいのかしら?」と)
(私は、その言葉を弱気だと思って無視をした。)
(その結果が今の状況なのだとしたら・・・)
(沙羅が次に焼くのは『私』なのかもしれない)
「さ、沙羅・・・?」
一葉は、炎をまとって登場した『サラ』を『沙羅』だと認識した。
サラは他の妖怪たちと比べると、外見の変容度が低い。
一目で『素材』を特定できたのだ。
「65階層ぶりね。あなたたちに置き去りにされて以来の再会よね?」
まるで、さっき喫茶店でお茶して以来よねっていうような気軽さだった。
「お、置き去りにだなんて、わ、私たちは・・・」
置き去りという言葉の重さ、それを笑顔で、ありふれた挨拶のように言われる。
一葉は、言葉と表情の選択に戸惑いを隠せない。
だいいち、私と沙羅とは、敵対しかけていたはず。
まずは『レイド優先』。
それで無理やり先送りにしていただけで、感情はくすぶったままだった。
「言い訳はどうでもいいの。どちらにしろ、結果は変わらなかっただろうし」
「言い訳だなんて! ・・・え? け、結果?」
「ええ。もう、あなたたち二人だけよ。レイドは全滅ね」
「なっ?!」
一葉が息を吞んでふらついた。
否定の言葉は出なかった。
ひよりとフラノ、そしてサラの顔に目を向けて無言だ。
それぞれの『素』が『誰』なのか、わかる。
だから、否定の言葉は出なかった。
「あそこで『前進』を選んでくれてよかったよ。間引く手間が格段に減ったからね」
カルマが朗らかに感謝を伝える。
「よ、よかった・・・って」
自分の選択が、裏目に出ていることが重くのしかかる。
たとえば、『前進』ではなく『後退』を選んでいれば?
たとえば、『沙羅』との議論で対立ではなく融和を選んでいたら?
たとえば・・・カルマとの別れ際、自分から『エリクサー』を手渡していたら?
何かが変わっていたのではないか?
カルマは本気で感謝していた。
あそこでばらけていなければ、この場に十数人が到達していた可能性がある。
そうなっていれば、もっと苦労しただろうと思われるからだ。
それがわかる。
わかってしまう。
「あ、あんた・・・」
私の選択が・・・誰かの命を削ってた。
それを、カルマは『助かった』って言っている。
一葉は、言葉を失った。
その場に立っているだけで、罪の重さに押し潰されそうだった。
リーダーは、その姿を見ていた。
そして、自分の中の『演説』が、もう誰にも届かないことを悟った。
夢を現実が塗りつぶしている。
名前だけの『英雄』となるはずだったカルマは生きていて目の前にいる。
何より、実質的な『英雄』として凱旋するはずだった自分は打ちひしがれている。
もう、何もかもが届かない。
(ああ、そうか。現実的じゃないから、あの原稿は書けなかったんだ)
何度書き直してもしっくりこなくて、頭を悩ませたことが思い出される。
事実ではなく、虚言だったから。
真実ではなく、ただの願望・・・野望だったからなのだ。
元が歪んでいるものを、どうにかまっすぐにしようとしていた。
『徒労』とは、こういう時に使うのか・・・。
英雄になれると思ってた。
犠牲の上に雄々しく立ち上がる『英雄』。
だけど・・・。
リーダーは、わずかに口を歪めた。
思い出す。
『犠牲を出させない、傷だらけの英雄』。
それこそが、真に彼が夢見ていた『英雄像』だったと。
夢を諦めた『大人』の言葉に耳を傾けすぎたのだ。
でも、それを認めるわけにはいかない!
◇レイドの終焉◇
「お、おまえ! な、仲間を?!」
殺したのか?!
そう責めたいのだろうか?
ようやく、自我を取り戻して、再起動できた。
『再起動することにした』リーダーが声を荒げた。
「先に殺しにかかったのは、そっちだろ? 人を爆弾として使っておいて、被害者ぶるのはやめてくれ」
カルマは小さく首を振って拒絶した。
「ふ、復讐だとでもいうつもりか?!」
「それ以外あるか?」
『ダンジョンマスター』としての職務というのもあるが、カルマにとってメインはやはり『復讐』ということになる。
「た、多数の必要は・・・」
「少数の必要に勝る? その言葉、オレも好きだからよく知ってるけど、無断で切り捨てられる身としては、頷けないよね。正直、他人の命なんていくつあっても気にならないよ」
おまえらだって、そうだろう?
カルマの瞳は揺るがない。
自分を捨てて、学校の仲間達のために働いてきた。
罵倒されようと、役立たずと罵られようと、だ。
それに対しての『礼』が、爆弾にすること。
これでは、受け入れようなんてない。
もしかしたら、事前に説明されて頭を下げられていたら、納得してしまえたかもしれない。
でも、何の相談もなく死を強制されたのだ。
恨むなというほうが無理だろう。
せめてあの時、魔力の返還に乗せて誰か一人でいい。
「ごめんね」「ありがとう」「さようなら」
どれか一言でも言葉をくれていたら。
カルマは『復讐』はせず、単に『ダンジョンマスター』として、このダンジョンに君臨する存在となっていたかもしれない。
誰の命も奪わず、ただ追い返すだけの『ダンジョン経営者』になれたかもしれない。
でも、その可能性を、彼らが否定した。
『復讐』は、カルマが自ら望んでのことではない。
『彼ら』の選択に、真摯に向き合えば、その答えしか出ないだけだ。
あの時、誰かが名前を呼んでくれていたら・・・。
そして、その可能性は確かにあったはずだった。
カルマの脳裏に『妖怪』たちの姿が思い浮かぶ。
彼女たちなら、たとえ素直な表現ではなかったとしても、なにか言葉をかけられたはずだった。
だけど、彼女たちの選択は『沈黙』だった。
カルマは、ふと目を伏せた。
妖怪たちの姿が脳裏をよぎる。
『沈黙』。
あれは拒絶じゃないと、信じたかった。
でも、信じる理由が、もうなかった。
いや、それは——『終わってから』だ。
カルマは顔を上げ、リーダーたちに向き直る。
その瞳には、まだ『終わらせる覚悟』が宿っていた。
「クソが!」
議論は平行線。
リーダーは実力行使に出た。
抜いたままの剣を手に、カルマへ躍りかかろうとする。
「いいのかな? 一人にして?」
一葉に視線を向けるカルマ。
「?!」
慌てて制動をかけるリーダー。
振り向いた目が、一葉のそれと合う。
一葉の瞳が揺れる。
まるで、自分が『人質』になったことを理解したかのように。
そして、リーダーは気付いた。
一葉ににじり寄る影の存在に。
おかしな仮面で顔を隠した影。
64階層で見たダンジョンの『サブマスター』だった。
「させるかぁっ!」
全力で戻る。
果せるかな、リーダーは間に合った。
一葉は無事だ。
その代わりに倒れ伏したのは・・・。
「『真梨華』?!」
仮面が外れたその顔は・・・。
『レイド』サブリーダーだ。
「あーあ。昔の女を殺して、新しい女に乗り換えか? ヒドイな」
「お、おまえぇぇ! おまえが仕組んだのか?!」
「まぁ、そうだな。でも、本人の希望でもある」
全体の段取りはカルマが書いた。
しかし、サブリーダーに一葉を狙わせたのは、本人の強い希望があってのことだ。
「一葉、大丈夫か?!」
負傷していないか?!
リーダーが抱きしめるようにして、その華奢な体を支えた。
「え、ええ。平気よ」
言葉は返した。
だが、一葉の心は千々に千切れている。
守られたはずなのに、なぜこんなに痛いの・・・?
私が壊したのは、誰だったんだろう。
ふと、視線が真梨華に向いた。
「ッ?!」
視線が合った。
そして、『支え』は破壊された。
「裏切者」
『レイドサブリーダー』が、片手剣を握りしめ、見上げていた。
その視線が見ていたのは・・・リーダーだった。
◆
【「一葉をどうしたかったの?」
「とりあえず、八つ裂きかな?」
「!? ・・・そう。なら、それは私にやらせてちょうだい。チャンスを作ってくれれば、私がっ・・・」
殺す!
触れられそうな殺気が迸った。
「わかった。一葉を殺す役は君にあげるよ」
契約が、成立した。】
契約が成立したあの時、カルマはこう続けていた。
「チャンスは二度ある。君の体には傷を修復してくれる存在を仕込んである。リーダーなり一葉なりにやられても、すぐに死ぬことはない」、と。
『再生虫』の妖怪版、『妖霊虫』を潜り込ませてあるのだ。
死体となっても魂を体にとどめておく働きがある。
もちろん、妖怪化まではしない。
それはカルマとシステムの協力が必要だった。
それでも、一度死んだくらいでは死なないことになる。
簡単に言えば、『死んだ後にもう一息動けるようにする』虫ということだ。
そして、ついでながら人間のまま『ダンジョンのサブマスター』にも指名してある。
『ダンジョンマスター』に人間がなれるのだ。
『サブマスター』に就けるのにも制限はなかった。
その階級に合わせて、いくつかの称号とスキルも保持している。
心臓が止まっていても、そこからさらに動くくらいは可能だった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
『真梨華』が狂乱した叫びをあげて襲い掛かる。
リーダーと一葉、もちろんサブリーダーも含めて、命を失うのに時間はかからなかった。
残り、0人。
「そして、誰もいなくなった、と」
『全校生参加の最下層攻略レイド』は、ここに失敗した。
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