『濁』なる俺は『清』なる幼馴染と決別する

賢者リノア

最悪の切り札

トマスは切り札を持っていた。
最後の最後、これを切るのは本当に後が無い時・・・だが、それがあれば確実に逆転勝利出来る・・・そんなカードをギルドにも内緒で用意していた。


（ゴウキは転送先の牢を抜けだした。この状況になれば、もう仕方がないだろう）


転送の罠でゴウキ達が転送された先は、屋敷から少し離れた古いダンジョンや空き家に設定されており、万が一脱出が出来ても、すぐには自分達のいる場所を把握できないはずだった。それ故にトマス達のいる屋敷に駆け付けるのは、時間がかかる計算になっていた。

ゴウキ達が牢を抜け出したとき、トマスは最後の切り札を切る予定だった。
そのためにはまず、屋敷をただちに離れなければならない。



「ほらリノア。行くよ！」


手錠をかけられ、自由を失ったリノアを力づくで引っ張っていくトマス。
何度か殴打され、ダメージを負ったリノアは強く抵抗することも出来ずになすが儘にされていた。


「・・・！」


だが、目は死んではいなかった。
親の仇でも見るような目で、リノアはトマスを睨み続けている。


「気に入らないねその目・・・まぁ、これが終わったらすぐにその目もどうにかしてみせるけどね」


トマスは不敵に笑うと、一枚のカードを取り出した。
それは一つの魔道具。そのカードを手に取り、決まったワードを唱えることで予め用意されているとある魔道具が時間差で作動するというスイッチのような物である。

トマスの切り札・・・それは、ゴウキの処刑場として用意されたこの屋敷を周辺もろとも巻き込み、大爆発させて消滅させるという大がかりな爆弾の罠だった。
その爆弾の威力たるや、あらゆる魔法障壁をも貫通し、大型の魔物ですら絶命させられるほどのものである。
見た目は家具や石ころなど、あらゆるものに偽装され大きさも大したものではないので、爆弾を仕掛けたトマスにしかそれが爆弾であるとはわからない。
それが至るところに仕掛けられていた。

小さいながらも高威力のこの爆弾も、トマスの発明の中ではこれまた画期的なものだった。
普及すれば暗殺用として世間を騒がすことになるだろう。セントラルギルドとて高価格でトマスから製作法を教えてもらおうと思うはずだ。

だが、トマスはギルドにもこの爆弾の存在は教えていなかった。
ゴウキ殲滅作戦が失敗した場合、トマスは屋敷ごとゴウキを吹き飛ばすつもりだった。そのために切り札の存在はトマス以外の存在に知られてはいけないと考えていた。どこから情報が洩れ、ゴウキを仕留めそこなうかわからないからだ。

爆弾を使用したことにより、ゴウキだけでなくギルドの人間も巻き込まれることになるだろう。
だが、トマスは最悪の場合はそれも仕方がないと思っていた。
ギルドからは追われる身になるだろうが、トマスの才能を買おうとする人間は世界中どこにでもいる。その気になればどうとでも再出発は可能だと考えていた。


「さよなら、セントラルギルド・・・そしてゴウキ」


そしてトマスは、最悪の切り札を今、使おうとしている。