上 下
19 / 468

閑話 情熱の赤い花 後編

しおりを挟む
部屋を出て屋敷を肩をいからせて速足で歩くソーアは、徐々に速度を落としたかと思うと、急にその場で立ちすくんだ。それを見ていた使用人がギョッしている。


「やってしまった・・・母上の前で、なんという失態だ!」


ソーアは己の行動を悔いていた。顔を真っ赤にして頭を抱え込んでいるその姿は、先ほど当主であるシーラに面と向かって食って掛かっていた毅然とした彼女の様子とはまるで合致しない。


「だから私は駄目なのだ・・・もう少し冷静になって、感情に任せてはいけないと常々言われ続けていたのに!」


シーラの言い分に腹が立った。領民のために行動し、成果を上げた自分は間違っていない。その思いが強く、ついシーラに反発してしまった。
しかしその怒りもそう長くは持続しない。話し合いが終わって少しずつ冷静さを取り戻してくると、顔から火が出そうなほどに恥ずかしいという感情がこみあげてきた。


「どうして私はこうなんだ・・・」


シーラに対して反発してしまったが、領主としてこの地の平和を治める母のことを尊敬している。
意見が違うということは何度もあったが、それでもいつも最終的にシーラは結果を出してきた。
今回もきっと長い目でみればそうなのだ。馬鹿な自分にはわからないことがあるのだ。だから自分は黙ってシーラの言う通りにするべきなのだ。

前にも同じようなことがあり、そのときに学び、次こそは母を失望させないようにしようと心に誓ったばかりであった。だがまた感情を抑えることができず、反発してしまった。浅慮なことだ。恥じるべきこそだ。


それはわかっているのだがーーー


どうしても腑に落ちないという感情がソーアの心をうごめいていた。
昔のシーラは領民の命と財産を守るために、自分の命を削るかのように激務に当たっていた。海賊の効率的な殲滅のために領民をないがしろにすることなどなかった。
最近のシーラはどこか変わってしまったと思う。

それだけでない。海賊の動きも不自然だった。
特定の大企業の商船は襲わず、他の船だけを襲っている。襲われない商会の船は絶対に襲われない。
ターゲットを選んでいる?どうして?何のために?

もしかしたら、見えないところで海賊と大企業が取引でもしているのかもしれない。
大企業の船が海戦に強い用心棒を雇っていて、リスクが高いから襲わないのかもしれない。
いろいろな可能性を考えて納得させようとしたが、駄目だった。

情報の漏洩から始まる海賊の不自然な動き、そして騎士団への不信感にソーアはずっと悩んでいた。
今日シーラから聞いたことも、その悩みを完全に氷塊してくれるようなものではなかった。

騎士団が大捕り物の作戦を遂行中だった?
騎士団を中から見ていて、そんな動きは微塵も感じなかった。第一本当にそれを完遂するつもりなら、極秘作戦とはいえ遊撃隊の自分が勝手をしないよう、作戦内容を伝えないまでも釘をさす程度のことはするはずだ。
海賊船の規模が規模であるため、本隊に応援を要請して引き継がせてそれは迷惑をかけたかもしれないが、それも彼らの仕事のはずだから、ケチをつけられる謂れは・・・多分ない。

ソーアは自分の頭は良くないと思っている。現場で実戦をするのが向いていて、上に立って戦略を練られるタイプではないと。自分のような人間がいくら悩んだところで、さっぱりわからないようなレベルの計画が練られているのかもしれない。
だが、動物的勘のようなものが、シーラを含めた騎士団の何かがおかしいと伝えかけていた。


「・・・ふぅ」


心を落ち着け、ソーアはゆっくりと深呼吸をした。
とりあえず今は考えても駄目だ。詰め所でこれからことをゆっくりと考えようーー
そう思って再び歩き出したときだった。


「ソーアではないか!」


男の大きな声が聞こえた。
振り向くとそこにはソーアの父、シオンがそこにいた。


「父上!」


ソーアは歓喜に顔を綻ばせる。


「本邸に顔を出すとは珍しいな」


次期当主として教育の受けている長女を除き、この家の子は今は誰もここ本邸に住んではいなかった。
本邸からそれほど離れてはいないところでそれぞれに居を構えている。それは自立を促すマルセイユ家の方針であった。
ちなみにソーアは戦女神の詰め所の一室を使っている。貴族令嬢として付き合いのある場合のみ、本邸にドレスなど準備をするために戻る生活をしていた。貴族令嬢とは言い難い生活ぶりだが、過去には船で生活をしていたという例もあるらしく、それに比べればとソーアはそこまで自分が変だとは考えてはいなかった。


「何?シーラに呼ばれたというのか。ソーア、今度は何をやった?」


シオンはソーアが呼びだされたと聞くと、そう訪ねた。ソーアが呼びだされて叱責されることはこれが初めてではない。思えば最初に戦女神を組織し、今のスタイルを確立させたときも小言を言われた。相手が魔物であれ海賊であれ、海戦で生身の人間が海上に浮かんでの戦闘をするだなんて前代未聞であったからだ。

相手が海賊船なら横づけして乗り付けて制圧、あるいては攻撃魔法は魔術砲台を用いての撃沈。これが通常の海戦の在り方だ。だが、ソーアはどうにかもう少し効率的に出来ないかと考えた。そうして思いついて実行したのが戦女神のあのスタイルだ。
それまでの戦闘方法に比べて人命をリスクが高い愚行であるとされていたが、実際には戦女神は華々しく大きな戦果をいくつも上げた。当時は新聞にも乗り、大きな話題になった。

だが、まだこのスタイルが広まってはいない。青の騎士団はおろか、世界の海軍でも「一つのお祭り部隊がまぐれ当たりを成しただけだ」という程度にしか思われていないのだ。

ソーアの部隊に対してシーラは有効性についてはまだ認め切っていないものの、それでも好きなようにせよと最後はソーアの自由とすることを認めた。
だが、シオンの方はソーアのことを褒めたたえた。


「俺は海戦のことはわからんが、成果を上げたのだろう?素晴らしいではないか」


中央の騎士団から入り婿してきた父は、ここマルセイユ領でも陸戦隊として騎士団に所属していた。
とはいってもたまに出る陸上の魔物や族の相手、島そのものをネグラとしている海賊相手の上陸戦時のときしか出番はなく、「青の騎士団」の中でも日陰に位置するところに属していた。
だからなおのこと活躍したソーアのことをシオンは誇りに思っていた。

実際にはショウのに感化されたソーアが思いついたから始まったことなので「何を言われても仕方がないな」程度の覚悟をしていただけに、シオンから褒められたことはソーアにとって嬉しいものだった。





「・・・なるほどな。作戦の足を引っ張る形になってしまったと」


ソーアの話を聞き、シオンは顎に手をあて考える素振りを見せる。


「ふむ、なにやら難しい話だが・・・」


「父上・・・」


「俺がもしソーアの立場でも同じことをしたと思うぞ」


「父上!」


シオンの考え方はシーアのそれとほとんど同じだ。


「ソーアは自分の持つ権限の中で出来る事をやって結果を出しただけだ。責められる謂れなどない。もし計画があってそれに支障をきたしたと言うのなら、それはイレギュラーが起きないよう管理できなかった本隊の手落ちではないか」


シオンの言葉にさっきまで落ち込んでいたソーアの瞳にみるみると活気が満ち溢れてくる。


「大方手柄を立てたソーアに対して本隊の上層部が僻んだだけなのではないか?全く、最近の奴らときたら・・・」


そう言って途中から何かを思い出してぶつぶつというシオンは、ソーアの視線に気づいてハッとなり


「とにかく、領民に犠牲を強いる如何わしい作戦なんぞ捨て置けば良いのだ。目の前にいる敵を潰して領民の平和を守ること以上に我々がやるべきことなぞ無い!」


そう言い切った。
ソーアはパァッと笑顔になる。


「やはり、そうですよね・・・私もそう思います」


シーラに自分が全否定されたような気がしてすっかり気落ちしていたが、シオンの言葉にソーアはどうにか自信を取り戻す。


「我々は我々にしか出来ない、やるべきことをやればいいのだ。それ以上のことを勝手に察して行動をするのは越権行為だ。問題が起きたとて上から具体的指示がなかったのなら責任は上にある。ソーア、お前は気にするな」


「はいっ!」


「私もそう考えて好きにやっているぞ。ハハッ」


シオンはそう言って豪快に笑った。


「・・・何かあったのですか?」


どうにもシオンに上層部不審の気配がするので、気になってソーアは訊ねた。


「いや、まだはっきりしていないことだから、軽々しくこれは口にするものではない」

と、一瞬突っぱねたが


「・・・違うな。いま話さなければならないことか」


何やら考えを変えたようで、話してくれるようになった。


-----


流石にシーラの目と鼻の先である本邸でする話ではないと判断したのか、シオンはソーアを近場のレストランに誘ってそこで話をすることになった。


「こうしてソーアと食事をするのは久しぶりだな」


「そうですね。顔を合わせることも中々ないですからね」


マルセイユ家の家族はそれぞれ仕事や立場もあるので、そうそう顔を合わせることがない。
長女は本邸にいるのでシーラやシオンと顔を合わせることはあるが、次女はマルセイユの別邸に住んでいるものの、今は騎士団の任務により遠くの海を航海中である。長男は公爵家に入り婿で王都に行ったきりだ。
ソーアもそうそう本邸に行くことがないので、シーラやシオンと顔を合わせることがない。
ドライなようではあるが、代々マルセイユの家はこのような感じであったらしいと聞いているのでソーアは特に気にしていない。

そんなわけで久しぶりに対面したソーアの父シオンであるが、食事中も彼の口からは騎士団の上層部への批判が飛びまくった。

陸で麻薬絡みの犯罪者を捕らえたが、管轄である自分達には「この犯罪者は海賊と繋がりがある可能性がある」とだけ言われ、海軍に強引に身柄を引っ張られてしまうことが多いのだという。
中には一度捕らえて海軍に引っ張られたはずの犯罪者が、再びシオン達陸軍に捕まったということもあるようだ。そのたびにどういうことかと事情を聞くと「手違いがあった」「証拠不十分で釈放された」など適当にあしらわれたのだという。

このマルセイユの領地において、陸軍は海軍よりも立場が弱い。陸の犯罪者を巡ったトラブルについてはいかに滅茶苦茶な論法でも強く逆らうこともできずに歯がゆい思いをし続けたのだという。


「なので最近は死罪に相当する犯罪の容疑者、かつ犯行の明らかな者については、その場で斬り殺すようにしている。海軍に引き渡したら勝手に釈放されてしまうからな」


運ばれた肉料理を食べながらそう言うシオンの言葉に、ソーアは驚いた。


「それは・・・問題にならないのですか?」

ならないわけがない。


「誰もかれもこちらに抵抗してきたので、やむなく斬ったことにしてある。これで問題はない」


「それは・・・」


陸軍と海軍の衝突になるのでは・・・と、言葉が出ないでいたソーアだったが


「冗談だ」


と、笑ってシオンは言った。だが


「しかし、このまま続けばそれも冗談ではなくなる」


と、一瞬で顔を顰めてそう続けた。


「俺はな。海軍が特定の海賊と癒着していると考えている」

「なっ!」


シオンの言葉にソーアは驚愕した。
癒着の疑惑に驚いたのではない。ソーアもその可能性を考えたことがあったからだ。


「これまで海軍に強引に引っ張られた犯罪者は、いずれもワスプ海賊団の関係者である可能性が高いのだ。そこ以外の犯罪者には海軍も口を出してはこない」

「ワスプ海賊団・・・!」


それはソーアが今日拿捕したばかりの海賊が属していた海賊団の名前だった。
巧妙に哨戒をかいくぐり、領民の船を襲っていた連中である。

陸の犯罪者ですら野放しにしておきながら、大捕り物の作戦で泳がせているだなんて無理がある。
やはり本隊は・・・青の騎士団は海賊と取引をしているのではないかとソーアは考えた。


「まだ確信のない話だ。だが、そう仮定すれば説明のつくことばかりなのも事実だ。もし仮定が現実のものだったとして、誰がどこまで関与しているのか、それを考えると・・・」


ここでシオンは口を噤んだ。
もし関与が騎士団の一部幹部連中に留まっていなければ、最終的には海軍・・・青の騎士団の最高司令官シーラ・マルセイユが関与しているという可能性がある。
最悪の事態となれば、シオンは自分の妻と対峙することになるのだ。ソーアとて、自分の母に弓を引かねばならぬことになる。
ソーアはグッと拳を握りしめた。その拳は震えていた。


「繰り返すが、まだ仮定の話だ」


シオンはソーアを落ち着かせようとそう言った。
だが、その後に食べた料理の味はソーアは全く覚えていなかった。





-----


ソーアはシオンと別れて帰宅の途につきながら、これからのことを考えていた。
自分はどうするべきなのだろう、と。

父シオンは母シーラとの対決も辞さない考えで、今後も調査を続けると最後にソーアに言った。立場の弱い陸軍のシオンからすると、時間のかかることになるだろう。
だが、時間がかかろうと、相手が妻であろうと、己の正義に立ちはだかるならば戦う。シオンはそういう人間だった。

ソーアは少し迷っていた。
騎士団の腐敗が現実で、それを告発したとしたら、もしシーラの関与が無かったとしても騎士団は大混乱に陥る。
それは秩序の崩壊を引き起こすかもしれない・・・内乱になる可能性もある。ひいては国を揺るがす大騒動になるかもしれない。
それならば総合的に見た場合、シーラのようなをしたほうが結果的には良いのか?

ソーアは悩んだ。
こんなとき、ならどうするだろう?と考えた。


「話をしたい・・・」


無性にに会いたくなった。




「冤罪」の20日前のことであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺の消えた世界で生きる・・・・・大切な君へ。

BL / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:14

手乗りドラゴンと行く追放公爵令息の冒険譚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,029pt お気に入り:2,507

お正月

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:3

青春

青春 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:0

あなたの事は記憶に御座いません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:132,416pt お気に入り:2,204

ホラー短編集

ホラー / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:0

処理中です...